第53話 ヴァイレン領へ
ヴァイレン領への道のりは、これまでの旅とは、明らかに雰囲気が違った。北に向かうにつれ、風が冷たくなり、空の色も、どこか重く感じられる。
「エリアスさん、貴族連合のことを、以前から知っていましたか」
道中、俺は、隣を歩くエリアスに尋ねた。
「少しだけ、ですね」エリアスが、慎重な様子で答えた。「冒険者として活動していた頃、彼らの名前を、何度か耳にしたことがあります。ただ、こんなに大きな組織だとは、正直、思っていませんでした」
「研究施設まで、持っているとは……」
「ええ。それだけ、時空の力に対する、執着が強いということでしょう」
座標点を使い、これまで通過した場所を中継しながら、少しずつ、北へ距離を縮めていく。完全に見知らぬ土地への直接移動は、まだ難しいが、中継点を増やすことで、効率的に移動できるようになっていた。
「荷物持ちだった頃には、こんな移動方法、想像もしていませんでしたね」
「本当に、様々な面で、成長されましたね」エリアスが、感心したように言った。
ヴァイレン領の手前、一日の距離ほどのところにある、小さな宿場町に到着した頃には、すでに夕暮れになっていた。
「今夜は、ここで宿を取りましょう」
宿の食堂で、夕食を取りながら、俺たちは、明日からの行動について、話し合った。
「ヴァイレン領に入る際、俺たちの素性は、隠した方がいいですか」
「その方が、無難でしょう」エリアスが、慎重に答えた。「ギルドの冒険者だと分かれば、すぐに、警戒される可能性があります」
「どんな身分で、動きますか」
「商人、というのは、どうでしょう。荷物持ちだった経験が、ここで役に立つかもしれません」
俺は、思わず笑ってしまった。
「なるほど、確かに、荷物の扱いには、慣れていますから」
「それと、ロウ様の《保管》の力は、外から見えないようにした方がいいですね。できるだけ、普通の商人に見せる必要があります」
翌朝、俺たちは、商人らしい服装に着替え、ヴァイレン領への道を進んだ。領地の入口には、衛兵が立っており、簡単な身分確認が行われた。
「どこから来た」
「南の街から、薬草の商いで、参りました」エリアスが、慣れた様子で答えた。
「荷物を、見せろ」
「もちろんです」
俺が、《保管》から、事前に用意しておいた薬草を、自然な動きで取り出す。衛兵が、中身を確認し、特に怪しまずに、通過を許可した。
「通れ」
「ありがとうございます」
ヴァイレン領に入ると、見た目は、普通の貴族領と、大きく変わらない風景が広がっていた。整備された街道、立派な建物、行き交う人々――しかし、どこか、空気が張り詰めているような、奇妙な感覚があった。
「……何か、感じます」俺は、小声でエリアスに伝えた。
「私も、同じです」エリアスが、周囲を、さりげなく確認しながら言った。「衛兵の数が、多すぎる。普通の貴族領なら、これほど、警備は厳重にしない」
「研究施設の場所は、どの辺りだと、思いますか」
「おそらく、中心部――領主の屋敷の、さらに奥に、あるのではないでしょうか」
街の中を、商人を装いながら、さりげなく情報収集を進める。市場で、地元の人々と話したり、宿で耳をそばだてたりしながら、少しずつ、内部の情報を集めていった。
ある老人から、気になる話を聞いた。
「最近、この領地に、外から連れてこられた者が、何人もいるらしいぞ。特殊な力を持つ者だと、噂で聞いた」
「特殊な力を持つ者……」
「どこに、連れて行かれるんですか」俺は、さりげなく尋ねた。
「領主の屋敷の、奥の方らしい。だが、そこには、普通の者は、近づけないようになっているんだ」
「そうですか。ありがとうございます」
老人と別れてから、エリアスに、小声で伝えた。
「既に、他の特殊な力を持つ者が、捕らえられている可能性があります」
エリアスの表情が、険しくなった。
「淡殿や凪殿のような存在が、他にも……」
「急いで、詳細を確認する必要がありますね」
夜、宿の部屋で、俺はガレンへの報告をまとめた。これ以上の情報を得るには、屋敷の奥へ、さらに深く入り込む必要がある。
「明日は、もう少し、奥まで確認してみましょう」
エリアスが、真剣な表情で頷いた。
「ただし、無理は禁物です。いざとなれば、すぐに撤退しましょう」
「分かりました」
夜のヴァイレン領は、静かだったが、どこか不穏な空気を、纏っていた。捕らえられた存在が、屋敷の奥に、いるかもしれない――その事実が、俺の胸の中で、重く響いていた。
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