第一話 裏切りの十二層
ダンジョン第十二層は、薄暗い霧が漂う不気味な場所だった。視界は悪く、足元の岩は湿って滑りやすい。そんな中で、俺たちのパーティは強敵《深層喰らい》に追い詰められていた。巨大な触手を持つ異形の魔物で、通常なら中層に現れるはずのない危険度Aの存在だ。なぜこんな場所にいるのかは分からない。ただ、今は生き残ることだけを考えるしかなかった。
俺の名はロウ。時空魔法使い――の、はずだった。本来なら空間を操り、時を歪め、戦況を一変させる力を持つ系統のはずだ。だが俺が使えるのは、ただひとつ。荷物を異空間に収納する《保管》の魔法だけ。それ以外の時空魔法は、どれだけ練習しても発動しなかった。
「ロウ、囮になれ。前に出ろ」
「収納しかできない時空魔法使いなんだから、それくらい役に立てよ」
リーダーのダルトが怒鳴り、魔法使いのリーネが冷たく言い放つ。時空魔法使いなのに、戦闘に使えるのは荷物整理だけ。パーティの誰もが、俺をそういう扱いをしていた。だが、仲間の視線に押されるように前へ出た。判断が正しかったかどうかは分からない。ただ、仲間を信じていたからこそ、迷わず動いた。
次の瞬間、巨大な触手が俺の胸を貫いた。焼けるような痛みが走り、息が詰まる。視界が揺れ、膝が崩れた。
「ぐっ……」
血が溢れ、体温が急速に奪われていく。背後から仲間の声が聞こえた。
「よし、今のうちに逃げるぞ」
「ロウはもう無理だろ。収納しかできない奴なんて替えがきくしな」
足音が遠ざかっていく。誰も振り返らない。俺は、戦えない時空魔法使い。役に立たない、死んでも困らない存在。そんなふうに扱われていたことは、薄々気づいていた。それでも、ここまで露骨に捨てられるとは思っていなかった。
意識が薄れ、暗闇が迫る。死が近いことを本能が告げていた。そのとき、胸の奥――魔力の流れる場所が、かすかに震えた。カチリと何かが噐み合う音がする。体内から淡い光が漏れ出し、俺の身体を包み込んだ。
「……なんだ……?」
光は温かく、痛みが少しずつ薄れていく。今まで“収納するだけ”だった俺の時空魔法が、初めて違う形を取ろうとしていた。視界の端に、淡く輝く座標のようなものが浮かび上がる。
時空魔法本来の力――《空間操作》が覚醒しかけているのだと、直感で理解した。
「これ……俺の魔法、なのか」
浮かび上がった光の座標が勝手に動き出し、俺と触手の間に薄い空間の歪みを作った。迫る触手の軌道がわずかにズレ、致命の一撃が逸れる。さらに歪みの一部が脈動し、傷口の周囲の時間がほんの少しだけ緩やかに流れ始めた。出血が緩み、痛みが和らいでいく。
俺は震える手で胸に触れた。今までただの倉庫番だと思っていた力が、まるで意思を持つように俺を助けている。
「……俺は、捨てられたのか」
胸の奥が熱くなる。悔しさ、怒り、悲しみ、裏切られた痛み。それらが混ざり合い、心の底で何かが燃え上がる。だが、ひとつだけ確かなことがあった。
「生きて……見返してやる」
ゆっくりと立ち上がる。まだ足は震えている。それでも、もう倒れない。収納しかできない時空魔法使いのまま死ぬつもりはない。目の前に浮かぶ淡い光の座標がいくつも並び、まるで「これからお前が使う力だ」と告げているようだった。
「……行くぞ。俺の、時空魔法」
俺の声に応えるように、胸の奥の魔力が低く脈動した。ここからが、俺の冒険の始まりだ。そして、荷物持ち同然だった時空魔法使いの反撃が始まる。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
今回、設定を「荷物持ち」から「時空魔法使い(だけど収納しかできない)」に変更してみました。本来なら空間操作や時間制御までできるはずの魔法が、なぜか収納だけしか発動しない――という縛りを入れることで、覚醒後のギャップをもっと出せたらいいなと思っています。
ロウの《保管》の魔法が、この後どう育っていくか。次話以降でゆっくり描いていく予定です。空間の歪みを使った回避、時間操作による傷の治癒など、伏線っぽいものもいくつか仕込んでみました。
ダルトやリーネとの再会も、もちろん予定しています。見返してやる、と言った以上、ちゃんと回収するつもりです。
続きが気になった方は、ぜひ次話もお付き合いください。感想・ブックマークなどいただけると非常に励みになります!
それでは、第2話でお会いしましょう。




