1537年8月1週目。八郎、食開発部隊を作る。
八月一週目。
姫路。
三郎が思ったより長く姫路に滞在してくれている。
それなら。
八郎には、やっておきたいことがあった。
「三郎兄さん」
「なんや」
「料理作りましょう」
「急やな」
「今、姫路めちゃめちゃ食材あるでしょう」
小麦。
卵。
魚。
海老。
鶏。
野菜。
味噌。
蜂蜜。
少量ではあるが砂糖も入ってくる。
「せっかく八つも大きい町育ててるんですから、食べるもんも考えたいんですよ」
「また八つ全部でやるんか」
「全部同じでなくてもええですけどね」
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八郎が考えているのは。
高級料理ではなかった。
「八郎商会って、偉い人が食べるもん作りたいわけちゃうんですよ」
「ほう」
「僕ら、もともと農民でしょう」
「そうやな」
「そういう人が町来て、ちょっと銭払って食べて」
旨い。
また食べたい。
そう思えるもの。
「それを増やしたいんです」
甘味。
大衆飯。
屋台。
持って歩けるもの。
「案、いくつかあるんですよ」
「嫌な予感するな」
「なんでですか」
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八郎は紙を出した。
丸を二つ描く。
「まずこれ」
「なんや、その丸」
「小麦粉と卵混ぜて」
「うむ」
「砂糖ちょっと。それから蜂蜜」
「甘そうやな」
「水で固さ整えて、鉄板で丸く焼くんですよ」
一枚焼く。
ひっくり返す。
もう一枚焼く。
「それだけでも旨そうでしょう?」
「まあな」
「で」
二枚の丸の間に。
黒い塊を描く。
「ここに餡子」
三郎が絵を見る。
「挟むんか」
「そうです」
「……旨そうやな」
「でしょう?」
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「名前どうする?」
「それは後です」
「まだ増えるんか」
「次は甘くないやつです」
今度は。
砂糖と蜂蜜を抜く。
小麦粉。
卵。
水。
「少しゆるくして焼いて」
その上に。
ごぼう。
葱。
海老。
魚。
鶏肉。
「細かくした具を乗せるんです」
「全部か?」
「別々でもええです」
そして。
龍野で作らせようとしている味噌だれ。
「これ塗って食べたら、屋台飯になると思うんですよ」
三郎が腕を組む。
「飯代わりになるな」
「若い人には特にええでしょう」
肉入り。
魚入り。
野菜入り。
値段を変える。
「銭ない人は野菜。ちょっと持ってる人は魚。給金入った日は肉」
「なるほどな」
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「それから饅頭」
「それはあるな」
「そうなんですよ」
既にあるなら。
少し変えればいい。
「餡子包んで蒸すでしょう?」
「うむ」
「じゃあ、中身を肉にしたら?」
「肉?」
「細かく刻んで、野菜と混ぜて」
味噌。
塩。
薬味。
「それ包んで蒸すんですよ」
蒸籠を開ければ。
白い湯気。
「温泉街でこれ売ったら良くないです?」
三郎が笑った。
「道後で食わせる気か」
「有馬取れたら有馬でも」
「もう取った後の話しとるやんけ」
「想像はただですよ」
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八郎はさらに続ける。
「肉饅頭は味噌だれ付けてもええですよね」
「そのまま味ついとらんのか」
「中にも付けますけど、外からも欲しい人おるでしょう」
味噌だれ。
山葵。
辛みのある薬味。
「味変できたら楽しいでしょう」
「味変?」
「……味変えるいうことです」
「最初からそう言え」
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三郎が呆れながら言う。
「お前、ほんま色んなところで案出すな」
「逆なんですよ」
「何が」
「思いつきすぎて困ってるんです」
町。
旅。
宿。
鉱山。
道。
船。
料理。
「やりたいこと山ほどあるんですよ」
「七歳の悩みちゃうぞ」
「僕もそう思います」
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ただ。
三郎も料理の案そのものには興味を持った。
「旨いかどうかは作らんと分からん」
「そうなんですよ」
「でも、よその店にない名物になるんはええな」
「そこです」
既にある物には。
相場がある。
米一杯。
魚一匹。
饅頭一個。
だいたい値段が決まっている。
「でも新しい食べ物って、最初値段ないでしょう?」
三郎が頷く。
「こっちで値ぇ付けられるな」
「そうです」
高すぎれば売れない。
安すぎれば儲からない。
「でも一回売れて、その値段でみんな買い始めたら、それが相場になるでしょう」
「作れるんがうちだけなら、なおさらやな」
「物珍しさでも最初はええんですよ」
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「あと」
八郎は蕎麦粉を指した。
「これです」
「そばがき?」
「はい」
湯で練って。
団子のようにして食べる。
「これ、うどんみたいになりません?」
「ならんやろ」
「そこを考えるんですよ」
蕎麦だけでは。
切れる。
まとまりにくい。
「小麦粉混ぜたら、つながりません?」
「どれぐらい?」
「それを調べるんです」
半分。
三割。
二割。
「蕎麦の味残しながら、細長くできたら面白いでしょう」
三郎が少し考える。
「そばがきより食いやすくなるかもしれんな」
「そうでしょう?」
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「これは研究ですね」
「研究いうほど大層なもんか」
「何回も作って失敗するんやから一緒ですよ」
粉の割合。
水の量。
練る時間。
切る太さ。
茹で方。
「料理人に何回も試してもらいましょう」
そして。
完成したら。
まず大きな町で試食してもらう。
「食べてくださいって配るんですよ」
「ただで?」
「最初だけ」
旨い。
また食べたい。
いくらなら買う。
「そこ聞けばええでしょう」
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八郎は手を叩いた。
「決めました」
「何を?」
「食開発部隊作りましょう」
「……部隊?」
「三郎兄さん、頭お願いします」
「なんで俺や」
「飯詳しいでしょう」
「お前が一番喋っとるやないか」
「僕、他にもあるんですよ」
三郎が深いため息をつく。
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「あと味付けですね」
「まだあるんか」
「大事ですって」
薄味なら。
魚や野菜そのものの味が分かる。
だが。
少し質の落ちる食材でも。
「濃い味噌だれで食べたら、普通に旨かったりするでしょう」
「まあな」
「全部高級な魚使う必要ないんですよ」
安い魚。
端肉。
形の悪い野菜。
それでも。
切って。
焼いて。
濃いめの味をつければ。
「ちゃんと飯になります」
三郎が笑った。
「農民の飯を旨くする、いう最初の話に戻ったな」
「そうですよ」
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高級料理を作るのではない。
毎日でも。
たまの楽しみでも。
町へ来た者が。
「これ旨いな」
と言えるものを増やす。
八月一週目。
姫路で。
八郎商会の新しい仕事が一つ増えた。
名付けて。
食開発部隊。
「まず、何から作る?」
三郎が聞く。
八郎は紙に描いた。
二枚の丸い焼き物を指した。
「甘いやつからいきましょう」
「名前は?」
「……それも考えなあかんですね」
「仕事増えとるやないか」
姫路の台所から。
八大都市へ広がるかもしれない。
新しい味作りが。
こうして始まった。




