1537年。7月4週目。一色家が八郎の傘下へ。
七月四週目。
丹後。
一色家では。
重い空気の中、評定が続いていた。
「……これで、丹後の三分の二ほどが八郎方へ入ったか」
「左様でございます」
戦って奪われた土地ばかりではない。
国人が自ら八郎側へ入った。
村が八郎方との取引を望んだ。
商人も。
少しずつ八郎商会との取引を増やしている。
残った一色家だけが。
取り残されつつあった。
「さて」
一色家の当主がため息をつく。
「どうしたものか」
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そこへ。
八郎からの使者がやってきた。
「八郎様より、お話を預かっております」
「申せ」
「一色家の領地は、そのまま安堵いたします」
一色家の者たちが顔を上げた。
「そのまま?」
「はい」
城も。
家臣も。
領地も。
「別に隠居していただく必要もございません」
「……それで八郎殿の傘下へ入れと?」
「左様でございます」
使者は続ける。
「入っていただいた後は、借財の整理も行います」
「借財?」
「農民の借金。侍方の借金。城の普請や戦で出来た借金。商人へ出した
証文や手形なども含めてでございます」
帳面を確認し。
払えるものは払う。
整理すべきものは整理する。
「その上で、一色家には引き続き丹後を治めていただければと」
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一色家の家臣が聞いた。
「つまり、一色家を取り潰すつもりはないと?」
「ございません」
「人質は?」
「必要ならば話はいたしますが、八郎様はそれを第一には考えておられません」
「では何を求めておられる」
使者は少し考えてから答えた。
「大きな戦を勝手に起こさぬこと」
「ほう」
「八郎家全体に関わる戦については、先に相談していただくこと」
「他には?」
「決めた税を納めていただくこと。帳面を出していただくこと。そして必要な時には、
出来る範囲でお力を貸していただくこと」
「……それだけか」
「概ねは」
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当主が苦笑する。
「七歳の子供に頭を下げろという話かと思うておったが」
使者も笑った。
「七歳児に頭を下げる、と考えれば難しゅうございましょうな」
「そうであろう」
「ですが」
使者は穏やかに言った。
「九州、四国、中国の広い範囲をまとめ、さらに播磨まで治めた八郎様のところへ入る、
とお考えください」
部屋が静かになった。
確かに。
もう八郎は。
ただの七歳ではない。
その背後には。
何万もの兵。
何十もの町。
大きな港。
八郎商会。
そして。
莫大な交易の銭がある。
「入った後、庇護していただけるのなら」
一色家の家臣が言った。
「こちらも、やるべきことはやりましょう」
「それで結構でございます」
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使者はさらに話を続ける。
「八郎様は、そもそも大きな戦をあまり望んでおられません」
「領地は欲しくないのか?」
「取れるものは取りたい、と仰せです」
「欲しいのではないか」
部屋に小さな笑いが起きる。
「ただ」
使者も笑った。
「城一つ、土地一つを取ったところで、得られる銭など高が知れているとも仰せです」
「……なるほど」
「ですので、八郎家には八郎商会がございます」
領地から税を取るだけではない。
船を動かす。
商品を売る。
港を作る。
旅人を運ぶ。
宿を作る。
町を育てる。
「交易で利益を出し、その銭をまた町や道へ戻しております」
当主が頷いた。
「領地そのものより、その土地に住む人と銭の流れを見るということか」
「そのように考えていただければ」
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「一色家は丹後を治める」
「はい」
「八郎商会は商いを広げる」
「はい」
「互いの領分を荒らさぬ限り、共存できると?」
「八郎様は、そのつもりでございます」
一色家の者たちは顔を見合わせた。
「新しい統治の形なのかもしれぬな」
誰かが呟く。
城を奪う。
当主を殺す。
家臣を追放する。
そうやって土地を取るのが戦だった。
だが。
八郎は違う。
家は残す。
借金を整理する。
商売を増やす。
そして。
大きな枠の中へ入れる。
◇
「ただし」
一色家の当主が地図を見た。
「ここから東は、そう簡単にはいかぬぞ」
「丹波でございますか」
「うむ」
丹波には。
波多野をはじめとする有力国人がいる。
さらに。
その後ろには細川晴元がいる。
「山城へ近づけば、なおさらややこしい」
「承知しております」
「ではどうする?」
「急ぎません」
使者は即答した。
「なびいていただけるところを、一つずつ拾います」
「攻めぬのか」
「大きな戦を仕掛ける時は、八郎様へ伺いを立てる必要がございます」
別働隊が勝手に戦を広げることはない。
「我らの仕事は、戦を起こすことではございません」
「では?」
「話をして」
使者は地図を指す。
「入ってくれるところを探すことです」
◇
そして。
指は丹後の東へ動いた。
「ただ」
「何だ?」
「港は欲しいので」
指先が若狭へ止まる。
「若狭の方へ行く可能性はございます」
「小浜か」
「左様でございます」
「丹波ではなく?」
「丹波が固いなら、別に丹波から行く必要もございませんので」
一色家の家臣が思わず笑った。
「なるほど」
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こうして。
七月四週目。
一色家は。
領地を安堵されることを条件に。
八郎家への緩やかな臣従を受け入れる方向へ動き始めた。
すべてを奪われるわけではない。
すべてを従わせられるわけでもない。
守るところは守る。
貸す力は貸す。
商いは商い。
領地は領地。
「よう出来ておりますな」
一色家の家臣が感心したように言う。
「役目が、きちんと分かれておる」
使者は笑った。
「八郎様お一人で全部やったら、回りませんから」
城を治める者。
兵を動かす者。
商いをする者。
町を作る者。
そして。
それらを帳面の上でつなぐ八郎。
丹後まで広がった八郎家は。
領土を増やすだけではなく。
少しずつ。
違う形の支配を作り始めていた。




