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1535年十月三週目 困りごとと、面白いこと。目安箱を2種類改善案と面白企画枠。採用されたら1000文!

 肥前巡回の準備を進めていた日の夕餉。

 八郎は飯を食べながら、ふと思いついたように口を開いた。

「目安箱、二つに分けません?」

「二つ?」

 兄たちが箸を止める。

「一つは『困っていること』です」

 今回の巡回では、八郎商会の悪いところを積極的に探すことになっている。

 年貢の二重取り。

 帳面の漏れ。

 仕入れ担当と商人の癒着。

 横流し。

 仕事をさぼる者。

 店の中で色恋沙汰を起こして、働く者同士の仲が悪くなっている。

「そういうのを、まずこっちから書いて見せるんです」

「どういうことや?」

「例えば『年貢を二重に取らないよう確認役を置いています』とか、『市の銭と帳面を

 別の人に扱わせます』とか」

 今、八郎領で何が問題になっていて、それをどう直そうとしているのか。

 それを箇条書きにして各市へ張り出す。

「それを見てもらって、『うちの村でもあります』とか、『他にもこんなんあるぞ』って

 目安箱へ入れてもらうんです」

「領民に監査させるんか」

「半分そうですね」

 八郎は平然とうなずいた。

「僕らだけで全部見るなんて無理でしょう」

 そして、役に立つ指摘なら褒美を出す。

「千文ぐらい差し上げましょう」

「悪いところを告げたら褒美?」

「はい」

「密告だらけにならんか?」

「そこは確認しますよ」

 嫌いな相手を陥れるための話なのか。

 本当に問題があるのか。

「調べて本当で、直す役に立ったら、その方のお名前も出していいなら『何村の誰々さん発案』って

 発表します」

「名誉にもなるわけか」

「そうです」

 さらに八郎は続けた。

「面白い人だったら、一度話を聞いてみたいです」

「面白い?」

「現場の問題を見つけるのが上手い人ですよ」

 希望するなら、八郎領を巡回し、市や村を見る役として雇ってもいい。

「また仕事作るんか」

「必要な仕事でしょう」

 兄たちが苦笑する。

「でも、もう一つの目安箱の方が楽しいですよ」

「何を書くんや?」

「『こんなことやってほしい』です」

 今、八郎領では相撲大会、弓大会、鳥獣狩り、料理対決、お楽しみ袋などが広がっている。

 しかし地域によっては全く浸透していないものもある。

「なので、今やっている催しを一覧にしてですね」

 相撲。

 弓。

 料理。

 話芸。

 くじ引き。

 狩り。

「やってほしいものに丸をつけてもらいましょう」

「丸?」

「一人一つでも二つでも、決めておけば数えられるでしょう」

 どの催しを望んでいる者が多いのか。

 百人中五十人が相撲なら、相撲大会を増やせばいい。

 料理が多ければ料理大会。

「こっちが勝手に『皆これ好きやろ』って決めるより、聞いた方が早いです」

「なるほどな」

「それ以外にも、『こんなん面白いぞ』って案があれば書いてもらいます」

 それも採用されれば千文。

 さらに良い案なら本人を呼び、詳しく話してもらう。

「自分で大会を開きたい人なら、任せてもええですね」

「領民に催しを作らせるんか」

「その方がいっぱい出てくるでしょう」

 そして八郎は少し考えた。

「そろそろ文化の方もやりたいんですよね」

「文化?」

「絵とか」

 絵の上手い者を集めて競わせる。

 囲碁。

 将棋。

 歌。

 踊り。

 物語。

 話の上手い者。

「強い人、上手い人がいるなら大会にしたらいいでしょう」

「また大会か」

「分かりやすいですから」

「八郎は何でも競わせるな」

 笑いが起こった。

「でも領地が急に広がりすぎたんです」

 八郎は少し真面目な顔になった。

 本拠では当たり前でも、肥前では知られていない。

 薩摩で流行っていても、土佐には届いていない。

「だから『大会やってほしい』でもいいし、『この遊び面白い』でもいいから、

 全部目安箱に入れてもらいましょう」

「誰が読むんや?」

「まず係の人」

 内容ごとに仕分けする。

 困りごと。

 不正。

 催し。

 商売。

 衣食住。

 文化。

 その中から重要なものを八郎まで上げる。

「全部お前まで持ってくるんか」

「全部じゃないですよ」

「でも結局、下から全部吸い上げる仕組みやな」

「それでいいんです」

 八郎は笑った。

「僕が考えられることなんて限界ありますから」

 どんな服が欲しいのか。

 どんな飯が食べたいのか。

 どんな祭りが楽しいのか。

 どこが不便なのか。

「そこに住んでる人に聞くのが一番早いでしょう」

 夏姫が八郎を見た。

「旦那様、ご自分でずれておられると思っているのですか?」

「ずれてますよ」

 あっさり認めた。

「僕ら、ちょっと銭持ちになりすぎました」

「ちょっと?」

「それに偉くなりすぎました」

 今では八郎が村へ行けば、庄屋も国人も皆頭を下げる。

「そうなると、『八郎様、これ困ってます』って言いにくくなるでしょう」

「確かに」

「だったら、言いやすい仕組みを作るしかないです」

 八郎は飯を一口食べた。

「僕らがずれるのは仕方ないです。でも、ずれたまま走ったら駄目でしょう」

「その修正が目安箱か」

「はい」

 困っていること。

 面白いこと。

 二つとも下から拾う。

「悪いところは直す。良い案は広げる。面白い人がいたら雇う」

「結局、人まで拾うんやな」

「人が一番大事ですからね」

 兄たちは顔を見合わせた。

「ほんま、何でも商会の仕組みにするな」

「僕一人で考えるより、その方が絶対面白いですよ」

 こうして肥前巡回を前に、八郎領では新しい二つの目安箱が置かれることになった。

 一つは、暮らしの不満を拾う箱。

 もう一つは、これからの暮らしを面白くする箱。

 八郎自身もまだ知らない次の商売や文化が、その小さな箱の中から生まれようとしていたのであった。

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