1533年4月。4月1回目の市。今後半年で家が大きく変わります。今3000石を束ねています。殿様がすねていますwww
四月初めの市の日。
朝。
八郎の家では、いつも通り家族そろって飯を食べていた。
最近は家の中も変わった。
朝から誰かが来る。
帳面を見る。
仕入れを確認する。
雇っている者への指示を出す。
昔なら父が全部見ていたことを、今は家族全員で回している。
そんな中。
八郎が味噌汁を飲みながら、ぽつりと言った。
「皆様」
「ん?」
一郎兄が顔を上げる。
「どうした八郎」
「半年後、この家でこうして飯を食べていない可能性があります」
全員の箸が止まった。
「……」
母が眉を寄せる。
「朝から何言うてんの?」
「いや、大事な話です」
「三歳児の朝の話じゃないわ」
父が苦笑する。
「何があった?」
八郎は父を見る。
「あれ?」
「何や」
「父上、お話しましたっけ?」
「何を」
「隣の庄屋衆が私の下に入る話です」
静寂。
「……」
母がゆっくり父を見る。
「あなた?」
「……」
父が目をそらす。
「いや」
「聞いてませんけど」
「あー……」
「あなた?」
「忘れてた」
「忘れる話!?」
母の声が裏返った。
「違うんや」
父は慌てる。
「色々ありすぎてな」
「隣の庄屋衆ですよ?」
「分かっとる」
「つまり?」
母が八郎を見る。
「今、私が見ているのは三千石分になります」
「……」
「三千?」
「はい」
兄たちまで固まる。
二郎兄が呟いた。
「三歳児が三千石……」
「言葉がおかしい」
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八郎は続けた。
「それで、この前殿様に四千五百文納めに行きました」
「ああ」
「そこで少し気になることがありまして」
「何や?」
「殿様、かなり不機嫌でした」
父の表情が変わる。
「やっぱりか」
「はい」
「私も三歳児らしく」
「……」
「母上の布団で寝ていますとか言って、少し場を和ませようとしたんですけど」
兄たちが笑う。
「それ言ったんか」
「はい」
「本当ですし」
母が笑う。
「そこだけは年相応やね」
「家臣の方々は笑ってくれました」
「ならええやん」
「でも」
八郎は首を振った。
「殿様は笑ってませんでした」
空気が変わる。
「むしろ……」
「むしろ?」
「拗ねてました」
「拗ねる?」
「はい」
「みんな八郎、八郎と言う」
「わしが役立たずみたいだ、と」
父がため息をついた。
「……まずいな」
「はい」
「今、私の周りの空気は良すぎます」
八郎は言う。
「庄屋衆」
「商人衆」
「寺」
「神社」
「市」
「全部、良い方向に回っています」
父は頷く。
「そうやな」
「でも」
「殿様の周りだけ悪い」
沈黙。
「この差は危ないです」
一郎兄が眉を寄せる。
「危ないって?」
「人は銭だけでは動きません」
「……」
「でも、希望がある方には寄ります」
「今、それが私側に寄りすぎています」
母が困った顔をする。
「ほんまに三歳?」
「三歳です」
「ほんま?」
「夜は母上の布団です」
「そこはかわいい」
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八郎はさらに言う。
「おそらく今月」
「まだあります」
「何が」
「もう一つ庄屋衆が来る可能性があります」
父が顔を上げる。
「もう一つ?」
「はい」
「隣が動いたなら、見ているところがあります」
「……」
「そして話が転がれば」
八郎は指を三本出した。
「あと三つ来ます」
沈黙。
「三つ?」
「はい」
二郎兄が計算する。
「待て」
「一つ千五百石として……」
「三つ増えたら」
「七千五百石?」
「はい」
母が頭を抱えた。
「もう意味分からへん」
父も苦笑するしかない。
「怖いのはな」
「はい?」
「これが子供の夢物語じゃないところや」
「……」
「実際に借金消してる」
「市作ってる」
「商人動かしてる」
「だからあり得る」
母が父を見る。
「あなた」
「何や」
「三歳児に何させてるの」
「違うんや」
父は必死に言う。
「八郎が動くというより」
「周りが勝手に動くんや」
「気づいたら増えてるんや」
・・・・・・・・・・・・・・・・・
八郎は最後に言った。
「なので皆様」
「はいはい、今度は何」
「気をつけてください」
「?」
「もし殿様が変な気を起こす可能性も、ゼロではありません」
全員黙る。
そして。
一郎兄が吹き出した。
「お前」
「はい?」
「朝飯の締め方それか」
「?」
「今日は市やぞ」
「はい」
「普通、頑張ろうとかやろ」
父も笑った。
「謀反注意で出発する三歳児がおるか」
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そして市。
相変わらずだった。
「八郎様!」
「八郎様、先日はありがとうございました」
「次の神社市よろしくお願いします」
次々頭を下げられる。
母は慌てる。
「あの」
「はい?」
「うちの子、三歳ですよ?」
商人は笑う。
「お母様」
「はい」
「三歳でも恩人は恩人です」
「……」
「いやいやいや」
母は混乱する。
「どうなってるの」
父は笑うしかなかった。
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夜。
帳面。
売上。
仕入れ。
返済。
人件費。
数字を書き込む。
八郎は筆を置いた。
「順調ですね」
父は帳面を見る。
「順調すぎるんや」
「?」
「それが怖い」
外ではまだ、八郎を訪ねる者の声がする。
四月。
八郎の商いは、もう飯屋ではなくなっていた。
領地そのものを動かす仕組みに変わり始めていた。




