↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1025/1034

1537年。11月1週目。八郎商会の丁稚にはならん。

十一月一週目。

 京都郊外。

 八郎家から届くはずだった。

 米。

 味噌。

 布。

 その一部を。

 三好方へ横流しした商人。

 当然。

 店の者たちにも。

 話は広がっていた。

「旦那」

「何や」

「これ」

「まずいんちゃいます?」

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 若い手代が。

 丸八の印が入った。

 荷札を見せる。

「八郎商会から」

「京都の村へ届けるように」

「預かったもんでしょう?」

「そうや」

「それを」

「三好方へ売ったんですよね?」

「そうや」

「……あかんでしょう」

 旦那は。

 少し笑った。

「そら」

「不義理やな」

「分かってるんですか?」

「分かっとる」

・・・・・・・・・・・・・・・・

「なら何で」

「やったんです?」

「商売やからや」

 八郎商会の荷を。

 言われた場所まで。

 ただ運ぶ。

 もちろん。

 手間賃は。

 出る。

「悪い仕事ちゃう」

「なら」

「そのままやったら」

「ええやないですか」

「それだけやったら」

 旦那は。

 若い手代を見る。

「わし」

「八郎商会の支店と」

「何が違うんや?」

・・・・・・・・・・・・・・・・・

「支店?」

「そうや」

 決められたものを。

 決められたところへ。

 決められた値で。

 運ぶ。

「そら」

「飯は食える」

「安定もする」

「八郎商会の看板も」

「強い」

「でもな」

 旦那は。

 机を。

 指で軽く叩いた。

「わし」

「そのために」

「店構えたんちゃうねん」

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 今。

 京都郊外は。

 物が足りない。

 兵がいる。

 徴発もある。

 道も。

 安定しない。

 なら。

 米一俵でも。

 高く売れる。

「需要が多くて」

「物がない」

「そら値ぇ上がるやろ」

「でも」

「八郎商会は」

 一定の相場を。

 作ろうとする。

 あまりに。

 高ければ。

 別の土地から。

 物を運んでくる。

 逆に。

 安すぎれば。

 買い上げる。

「市場を」

「安定させよる」

・・・・・・・・・・・・・・・・

「住民からしたら」

「そらありがたいで」

 米が。

 突然。

 三倍。

 四倍に。

 ならない。

 生活しやすい。

「でも」

「商人からしたら?」

 飢えている場所へ。

 米を持っていき。

 高く売る。

 余っている土地では。

 安く買う。

「そこに」

「儲けがあるやろ」

 手代が。

 少し顔をしかめる。

「買い叩くってことです?」

「言い方悪いな」

「でも」

「そういうことでしょう」

「そういう時もある」

・・・・・・・・・・・・・・

「わしは」

「八郎様が嫌いやない」

 旦那は。

 意外なことを言った。

「むしろ」

「大したもんやと思ってる」

 九州。

 四国。

 中国地方。

 播磨。

 摂津。

 和泉。

 そこまで。

 広大な土地で。

 商いを。

 回している。

「でもな」

「全部」

「八郎商会になったら」

「面白ないやろ」

・・・・・・・・・・・・・・・・

「面白いとか」

「そんな問題です?」

「商人には」

「大事な問題や」

 自分で。

 荷を見つける。

 自分で。

 値を決める。

 相手と。

 値切り合う。

 失敗する。

 時には。

 大儲けする。

「そういう」

「継ぎ目を」

「見つけんのが」

「商人ちゃうんか」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「八郎商会の下におったら」

 その。

 継ぎ目が。

 減る。

「値段決めてもらって」

「売る場所決めてもらって」

「運ぶもんまで決めてもろて」

「それで」

「何十年もやったら」

 自分で。

 商売を。

 考えられない者が。

 出来上がる。

「丁稚や」

「でも」

「旦那も昔は丁稚やったでしょう?」

「そういう意味の」

「丁稚ちゃう」

・・・・・・・・・・・・・・・・

「看板の下でしか」

「商売できん者や」

 八郎商会が。

 永遠に。

 続くとは。

 誰にも。

 言えない。

「大きい商会ほど」

「崩れる時は」

「一気やぞ」

「八郎商会が?」

「例えばの話や」

 八郎が。

 死ぬかもしれない。

 内紛が。

 起きるかもしれない。

 大きな戦で。

 負けるかもしれない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「その時」

「丸八の看板でしか」

「商売したことない奴」

「どうなる?」

「別の商売するんちゃいます?」

「できるんか?」

 値切る。

 仕入れる。

 騙されない。

 相手を見る。

 危険を取る。

 損切りする。

「そういうこと」

「全部忘れた商人が」

「一人で立てるか?」

「……」

 手代は。

 黙った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「せやから」

 旦那は。

 三好方へ。

 荷を売った。

 困っている。

 だから。

 高く買う。

「そこに」

「商いがあった」

「でも」

「八郎商会を」

「裏切ったんですよ?」

「そうや」

「罰せられるかもしれませんよ」

「そら」

「受けるしかない」

 旦那は。

 妙に。

 あっさり言った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「不義理したんは」

「わしや」

「逃げる気はない」

「そこまでして?」

「わしは」

 旦那が。

 少し笑った。

「商人として」

「死にたいんや」

「……」

「誰かの」

「看板の下で」

「言われたもん運んで」

「はいはい言うて」

「それで終わるより」

「まだええ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 若い手代は。

 頭を掻いた。

「何や」

「分かったような」

「分からんような」

「簡単や」

「何です?」

「わしは」

「八郎商会の丁稚には」

「なりたない」

「……」

「それだけや」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「でも」

 手代は。

 少し考えてから言った。

「八郎商会だけで」

「日の本全部の商い」

「やってるわけちゃいますよね」

「当たり前や」

「なら」

「別に普通に商売したら」

「ええんちゃいます?」

「そうや」

「せやから」

「やっとる」

「横流しまで?」

「そこは」

「わしもやりすぎたかもしれんな」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 旦那は。

 少しだけ。

 苦笑した。

「八郎商会は」

「でかい」

「今は勢いもある」

「それは認める」

「でも」

 誰も。

 逆らわなくなったら。

 それは。

 商売なのか。

「一人ぐらい」

「噛みつく奴」

「おってもええやろ」

 手代は。

 また。

 首を傾げた。

「何か」

「旦那」

「意地張ってません?」

「商人なんて」

「意地張らんかったら」

「どこで張るねん」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 店の外では。

 京都へ。

 人と物が。

 慌ただしく。

 行き交っている。

 八郎商会。

 細川。

 三好。

 幕府。

 それぞれが。

 物資を。

 集めている。

「まあ」

 手代は。

 丸八の荷札を見る。

「言わんとしてることは」

「ちょっと分かりますわ」

「そうか」

「でも」

「やっぱり」

「八郎商会に怒られると思いますよ」

「そらそうやろな」

「怖ないんです?」

「怖いで」

「なら何で」

「商人やからや」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 十一月一週目。

 八郎家が。

 巨大になればなるほど。

 その傘に。

 入りたい者が増える。

 一方で。

 その傘の下では。

 自分の商売が。

 小さくなる。

 そう感じる者も。

 当然。

 現れ始めていた。

 豊かになることと。

 自由に儲けること。

 安定することと。

 一商人として。

 勝負すること。

 それは。

 必ずしも。

 同じではない。

「旦那」

「何や?」

「ほんま」

「面倒くさい人ですね」

「それぐらいで」

「商人はちょうどええんや」

 手代は。

 まだ。

 納得しきれない顔で。

 それでも。

 少しだけ。

 旦那の言いたいことを。

 分かり始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。