1537年。11月1週目。八郎商会の丁稚にはならん。
十一月一週目。
京都郊外。
八郎家から届くはずだった。
米。
味噌。
布。
その一部を。
三好方へ横流しした商人。
当然。
店の者たちにも。
話は広がっていた。
「旦那」
「何や」
「これ」
「まずいんちゃいます?」
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若い手代が。
丸八の印が入った。
荷札を見せる。
「八郎商会から」
「京都の村へ届けるように」
「預かったもんでしょう?」
「そうや」
「それを」
「三好方へ売ったんですよね?」
「そうや」
「……あかんでしょう」
旦那は。
少し笑った。
「そら」
「不義理やな」
「分かってるんですか?」
「分かっとる」
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「なら何で」
「やったんです?」
「商売やからや」
八郎商会の荷を。
言われた場所まで。
ただ運ぶ。
もちろん。
手間賃は。
出る。
「悪い仕事ちゃう」
「なら」
「そのままやったら」
「ええやないですか」
「それだけやったら」
旦那は。
若い手代を見る。
「わし」
「八郎商会の支店と」
「何が違うんや?」
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「支店?」
「そうや」
決められたものを。
決められたところへ。
決められた値で。
運ぶ。
「そら」
「飯は食える」
「安定もする」
「八郎商会の看板も」
「強い」
「でもな」
旦那は。
机を。
指で軽く叩いた。
「わし」
「そのために」
「店構えたんちゃうねん」
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今。
京都郊外は。
物が足りない。
兵がいる。
徴発もある。
道も。
安定しない。
なら。
米一俵でも。
高く売れる。
「需要が多くて」
「物がない」
「そら値ぇ上がるやろ」
「でも」
「八郎商会は」
一定の相場を。
作ろうとする。
あまりに。
高ければ。
別の土地から。
物を運んでくる。
逆に。
安すぎれば。
買い上げる。
「市場を」
「安定させよる」
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「住民からしたら」
「そらありがたいで」
米が。
突然。
三倍。
四倍に。
ならない。
生活しやすい。
「でも」
「商人からしたら?」
飢えている場所へ。
米を持っていき。
高く売る。
余っている土地では。
安く買う。
「そこに」
「儲けがあるやろ」
手代が。
少し顔をしかめる。
「買い叩くってことです?」
「言い方悪いな」
「でも」
「そういうことでしょう」
「そういう時もある」
・・・・・・・・・・・・・・
「わしは」
「八郎様が嫌いやない」
旦那は。
意外なことを言った。
「むしろ」
「大したもんやと思ってる」
九州。
四国。
中国地方。
播磨。
摂津。
和泉。
そこまで。
広大な土地で。
商いを。
回している。
「でもな」
「全部」
「八郎商会になったら」
「面白ないやろ」
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「面白いとか」
「そんな問題です?」
「商人には」
「大事な問題や」
自分で。
荷を見つける。
自分で。
値を決める。
相手と。
値切り合う。
失敗する。
時には。
大儲けする。
「そういう」
「継ぎ目を」
「見つけんのが」
「商人ちゃうんか」
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「八郎商会の下におったら」
その。
継ぎ目が。
減る。
「値段決めてもらって」
「売る場所決めてもらって」
「運ぶもんまで決めてもろて」
「それで」
「何十年もやったら」
自分で。
商売を。
考えられない者が。
出来上がる。
「丁稚や」
「でも」
「旦那も昔は丁稚やったでしょう?」
「そういう意味の」
「丁稚ちゃう」
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「看板の下でしか」
「商売できん者や」
八郎商会が。
永遠に。
続くとは。
誰にも。
言えない。
「大きい商会ほど」
「崩れる時は」
「一気やぞ」
「八郎商会が?」
「例えばの話や」
八郎が。
死ぬかもしれない。
内紛が。
起きるかもしれない。
大きな戦で。
負けるかもしれない。
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「その時」
「丸八の看板でしか」
「商売したことない奴」
「どうなる?」
「別の商売するんちゃいます?」
「できるんか?」
値切る。
仕入れる。
騙されない。
相手を見る。
危険を取る。
損切りする。
「そういうこと」
「全部忘れた商人が」
「一人で立てるか?」
「……」
手代は。
黙った。
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「せやから」
旦那は。
三好方へ。
荷を売った。
困っている。
だから。
高く買う。
「そこに」
「商いがあった」
「でも」
「八郎商会を」
「裏切ったんですよ?」
「そうや」
「罰せられるかもしれませんよ」
「そら」
「受けるしかない」
旦那は。
妙に。
あっさり言った。
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「不義理したんは」
「わしや」
「逃げる気はない」
「そこまでして?」
「わしは」
旦那が。
少し笑った。
「商人として」
「死にたいんや」
「……」
「誰かの」
「看板の下で」
「言われたもん運んで」
「はいはい言うて」
「それで終わるより」
「まだええ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
若い手代は。
頭を掻いた。
「何や」
「分かったような」
「分からんような」
「簡単や」
「何です?」
「わしは」
「八郎商会の丁稚には」
「なりたない」
「……」
「それだけや」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「でも」
手代は。
少し考えてから言った。
「八郎商会だけで」
「日の本全部の商い」
「やってるわけちゃいますよね」
「当たり前や」
「なら」
「別に普通に商売したら」
「ええんちゃいます?」
「そうや」
「せやから」
「やっとる」
「横流しまで?」
「そこは」
「わしもやりすぎたかもしれんな」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
旦那は。
少しだけ。
苦笑した。
「八郎商会は」
「でかい」
「今は勢いもある」
「それは認める」
「でも」
誰も。
逆らわなくなったら。
それは。
商売なのか。
「一人ぐらい」
「噛みつく奴」
「おってもええやろ」
手代は。
また。
首を傾げた。
「何か」
「旦那」
「意地張ってません?」
「商人なんて」
「意地張らんかったら」
「どこで張るねん」
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店の外では。
京都へ。
人と物が。
慌ただしく。
行き交っている。
八郎商会。
細川。
三好。
幕府。
それぞれが。
物資を。
集めている。
「まあ」
手代は。
丸八の荷札を見る。
「言わんとしてることは」
「ちょっと分かりますわ」
「そうか」
「でも」
「やっぱり」
「八郎商会に怒られると思いますよ」
「そらそうやろな」
「怖ないんです?」
「怖いで」
「なら何で」
「商人やからや」
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十一月一週目。
八郎家が。
巨大になればなるほど。
その傘に。
入りたい者が増える。
一方で。
その傘の下では。
自分の商売が。
小さくなる。
そう感じる者も。
当然。
現れ始めていた。
豊かになることと。
自由に儲けること。
安定することと。
一商人として。
勝負すること。
それは。
必ずしも。
同じではない。
「旦那」
「何や?」
「ほんま」
「面倒くさい人ですね」
「それぐらいで」
「商人はちょうどええんや」
手代は。
まだ。
納得しきれない顔で。
それでも。
少しだけ。
旦那の言いたいことを。
分かり始めていた。




