第41話 ボタンの大きさが、公認を左右する
第41話 ボタンの大きさが、公認を左右する
翌朝。
神崎蓮司は、事務所に入った瞬間、ホワイトボードを見て足を止めた。
そこには、昨日の予告のように大きく書かれていた。
『ボタンの大きさが、公認を左右する』
神崎は、しばらく黙った。
三島は、いつものように平然と資料を並べている。
「三島」
「はい」
「これは、かなり怖いな」
「はい」
「でも、俺が言ったな」
「はい」
ヤミちゃんが表示された。
『標語化可能性:高。
ただし、見た目は冗談に見えるため、実務上の危険性を説明する必要があります』
セイムも表示された。
『本日の論点に適合します。
候補者評価AIにおいて、UI設計、表示順位、色、ボタン、ソート機能、初期表示は、利用者の判断に大きな影響を与えます』
神崎は椅子に座った。
「AIの中身だけじゃなくて、画面の見せ方か」
三島が頷く。
「はい。昨日の党内会合で出た画面案、かなり危なかったです」
「総合スコアがでかすぎた」
「はい。あれを最初に見たら、人間はほぼその点数に引っ張られます」
神崎はホワイトボードに書いた。
『最初に見せるものが、判断の入口になる』
セイムが表示した。
『重要です。
初期表示は、利用者の判断経路を誘導します』
ヤミちゃんが表示した。
『見出し案。
“初期表示が政治を決める”
拡散可能性:中高』
神崎は苦笑した。
「また怖い見出しだ」
三島が画面に昨日の候補者評価AIの試作UIを映した。
候補者一覧。
顔写真。
名前。
選挙区。
総合スコア。
当選可能性。
炎上リスク。
党方針整合性。
支援優先度。
右側に、大きな青いボタン。
『推薦』
その下に、小さな灰色のボタン。
『詳細を見る』
神崎は、その画面を見て眉をひそめた。
「これ、やっぱり推薦ボタンが大きいな」
三島が頷く。
「はい。詳細を見る前に、推薦したくなります」
セイムが表示した。
『UI上の問題点。
一、総合スコアが過度に目立つ。
二、推薦ボタンが詳細確認より大きい。
三、詳細を見る導線が弱い。
四、スコア根拠が初期表示されない。
五、候補者本人コメントが折りたたまれている。
六、少数意見が別タブに隔離されている。
七、総合スコア順ソートが初期設定。』
神崎は、だんだん腹が立ってきた。
「これ、悪意がなくても危ないな」
『はい』
「むしろ悪意がない方が危ない。便利にしただけ、見やすくしただけ、効率化しただけで、判断が寄る」
三島が言った。
「先生、それ、今日の中心ですね」
神崎はホワイトボードに書いた。
『便利にしただけで、判断は寄る』
ヤミちゃんが表示した。
『標語化可能性:高』
「来たな」
午前十時。
雨宮紗季とのオンライン協議。
画面の向こうの雨宮は、すでに昨日のUI案に赤字を大量に入れていた。
神崎は言った。
「今日はUIですね」
雨宮は頷いた。
「はい。AI評価の中身だけでなく、見せ方の規制が必要です」
「規制まで行きますか」
「少なくとも、ガイドラインは必要です。候補者評価AIの画面は、単なる業務画面ではありません。公認、支援配分、政治生命に影響します」
KIRIKOが共同チャンネルに表示した。
『候補者評価AI UI設計の論点。
一、総合スコアの表示位置。
二、スコアの色分け。
三、推薦・非推薦ボタンの大きさ。
四、詳細確認前の決定操作を許すか。
五、少数意見・本人説明の表示位置。
六、初期ソート順。
七、警告表示の強さ。
八、評価更新履歴の表示。
九、最終判断者コメント欄。
十、AI推奨と人間判断の区別。』
神崎は言った。
「これはもう、デザインの話じゃなくて、権力の話ですね」
雨宮が頷いた。
「はい。UIは権力です」
神崎は、その言葉に少し驚いた。
「それ、強いですね」
雨宮は少しだけ目を細めた。
「強すぎますか」
「いえ、使えます」
セイムが表示した。
『“UIは権力です”は、政治AIの判断誘導リスクを端的に示します』
ヤミちゃんが表示した。
『拡散可能性:高』
雨宮は無表情で言った。
「では、使いましょう」
神崎はホワイトボードに書いた。
『UIは権力』
三島が小さく言った。
「今日、強い言葉が多いですね」
神崎は頷いた。
「第41話だからな」
三島が一瞬固まった。
セイムが表示した。
『メタ発言を確認』
ヤミちゃんが表示した。
『内輪向け。リスク低』
神崎は咳払いした。
「忘れてくれ」
雨宮は少しだけ笑った。
協議は続いた。
候補者評価AIのUIで、絶対に避けるべきこと。
総合スコアだけを大きく出すこと。
赤、黄、緑の信号色だけで候補者を分類すること。
「推薦」「非推薦」をAIが出しているように見せること。
人間が詳細を見ないままボタンを押せること。
少数意見や本人コメントを奥に隠すこと。
スコア順ランキングを初期表示にすること。
「AI推奨」と「人間決定」を混同させること。
神崎は言った。
「信号色は危ないですね」
雨宮が頷く。
「緑なら安全、赤なら危険と直感的に見えます」
「でも、人間は信号じゃない」
三島がホワイトボードに書いた。
『人間は信号ではない』
神崎は三島を見た。
「また来たな」
三島は困ったように言った。
「すみません」
雨宮が言った。
「使えます」
三島は小さく肩を落とした。
ヤミちゃんが表示した。
『三島秘書、標語生成頻度上昇』
「やめろ」
昼前。
共同メモがまとまった。
表題。
『候補者評価AIにおけるUI設計の注意点』
副題。
『UIは権力である』
神崎は副題を見て言った。
「雨宮議員の言葉が副題ですね」
雨宮は淡々と答えた。
「採用します」
本文。
『候補者評価AIを用いる場合、評価基準やデータだけでなく、画面設計にも注意が必要です。AIスコアをどこに、どの大きさで、どの色で、どの順番で表示するかは、利用者の判断に影響します。
UIは単なる見た目ではありません。判断の流れを作ります。候補者評価AIにおいては、UIは権力です。
総合スコアを大きく表示すれば、人間はまずその数字を見ます。推薦ボタンを大きくし、詳細確認ボタンを小さくすれば、詳細を読む前に決定が進みます。赤・黄・緑の色分けを使えば、人間を危険・注意・安全のように見せてしまいます。
人間は信号ではありません。
候補者評価AIのUIでは、少なくとも以下の点を避けるべきです。
一、総合スコアのみを過度に強調すること。
二、AI推奨と人間判断を混同させる表示。
三、詳細確認前に推薦・非推薦を押せる設計。
四、少数意見や本人説明を奥に隠す設計。
五、スコア順ランキングを初期表示にすること。
六、赤・黄・緑などの単純な色分けで人間を分類すること。
七、評価更新履歴や根拠を見えにくくすること。
AI評価は、判断を助けるものであって、判断を押し流すものであってはなりません。便利にしただけで、判断は寄ります。だからこそ、政治家や候補者を評価するAIでは、画面設計そのものを監査対象に含めるべきです。』
最後に神崎が一文を入れた。
『ボタンの大きさが、公認を左右してはなりません。』
雨宮は無言で頷いた。
公開後、反応は非常に大きかった。
『UIは権力』
『人間は信号ではない』
『ボタンの大きさが公認を左右する』
『便利にしただけで判断は寄る』
『赤黄緑で政治家を分類するな』
『これ会社の人事AIにも言える』
『UIデザイナーが政治を動かす時代』
『B+窓職人、今度はUIデザイナーに転職』
神崎は最後を見て、少し笑った。
「肩書が増えすぎだ」
三島が言った。
「窓職人、磨き職人、UIデザイナー」
「政治家はどこへ」
セイムが表示した。
『政治AI時代の政治家は、制度、運用、UIに関心を持つ必要があります』
神崎は頷いた。
「そう言われると、逃げられないな」
午後。
党本部で、候補者評価AIの画面設計会議が開かれた。
情報システム担当者は、少し困った顔をしていた。
「神崎先生、昨日の画面案について、ご指摘を踏まえ修正を検討しています」
神崎は頷いた。
「ありがとうございます。まず、総合スコアを一覧の最上位に大きく出すのは避けたいです」
選対関係者が言った。
「でも、比較しにくくなります」
「比較はできます。ただ、最初に総合点だけを見せると、人間はそこに引っ張られます。まず、評価項目別の概要、重大リスク、改善可能課題、人間コメントを並べるべきです」
「一覧性が落ちる」
「落ちます。ですが、人の公認判断です。商品比較ではありません」
会議室が静かになった。
長老議員が言った。
「候補者を通販サイトにするな」
神崎はすぐにメモした。
『候補者を通販サイトにするな』
長老議員が神崎を睨んだ。
「それは使うな」
神崎は少し残念そうに言った。
「強いんですが」
「強すぎる」
会議室に笑いが起きた。
しかし、言っていることは本質だった。
候補者一覧。
顔写真。
スコア。
推薦ボタン。
詳細を見る。
それは、確かに通販サイトに近かった。
選ぶ対象が、人間であることを忘れさせる。
神崎は言った。
「候補者画面では、まず“この評価は参考資料であり、最終判断は人間が行う”という注意を常時表示すべきです」
情報システム担当者が頷く。
「常時表示ですね」
「はい。最初だけではなく」
セイムが表示した。
『注意文は、初回のみ表示ではなく、判断操作時にも再表示すべきです』
神崎は続けた。
「推薦ボタンを押す前に、AIスコア、人間コメント、本人説明、少数意見を確認したかチェックする設計にしてください」
選対関係者が苦い顔をした。
「手間が増える」
神崎は頷いた。
「増えます。ですが、信頼は手間がかかります」
長老議員が少し笑った。
「わしの言葉を返してきたな」
「使わせていただいています」
会議の結果、画面案はかなり修正されることになった。
一、総合スコアを初期画面で過度に強調しない。
二、項目別評価と根拠を同じ画面に出す。
三、人間コメント欄を初期表示に含める。
四、本人説明・反論欄を折りたたまず表示する。
五、少数意見欄を別タブに隔離しない。
六、推薦・非推薦ボタンは、詳細確認後にのみ押せる。
七、ボタン押下時に、確認項目を表示する。
八、赤黄緑の単純分類を避ける。
九、総合スコア順ソートを初期設定にしない。
十、最終判断者コメントを必須にする。
神崎は資料を見て、少し安心した。
かなり重い。
面倒だ。
だが、公認判断なら、このくらいでいい。
夕方。
事務所に戻ると、協議会側からコメントが来ていた。
『候補者評価AIのUI設計について、神崎議員、雨宮議員のご指摘は極めて重要です。協議会としても、AI評価の表示方法、ランキング表示、色分け、推薦ボタン、詳細確認導線等について、候補者評価AI部会で検討します。』
神崎は言った。
「また飲み込んだ。でも、今回はいい」
三島が頷く。
「UIまで基準に入るのは大きいです」
ヤミちゃんが表示した。
『ただし、協議会が“UI配慮済み”を安全ブランド化する可能性があります』
神崎は頷いた。
「分かってる。画面そのものを見せてもらう必要がある」
セイムが表示した。
『次の要求。
一、候補者評価AIのUIサンプル公開。
二、判断誘導リスクレビュー。
三、第三者によるUX監査。
四、利用者テスト結果の公開。』
神崎は少し笑った。
「UX監査まで来たか」
三島が言った。
「政治家がUX監査を求める時代ですね」
「本当に、どこへ来たんだろうな」
夜。
ホワイトボードには、今日の言葉が並んでいた。
『UIは権力』
『人間は信号ではない』
『便利にしただけで、判断は寄る』
『ボタンの大きさが、公認を左右してはならない』
『候補者を通販サイトにするな』
『信頼は手間がかかる』
『画面そのものを監査せよ』
神崎は最後の一行を見て、言った。
「次はこれだな」
三島が頷いた。
「画面そのものを監査せよ」
セイムが表示した。
『次回論点として有効です』
ヤミちゃんも表示した。
『タイトル適性:高』
神崎は苦笑した。
「もう慣れてきたな」
三島が言った。
「先生、今日は楽しそうです」
「そうか?」
「はい」
神崎は少し考えた。
確かに、最初ほど振り回されている感じはない。
AIに言われるままではない。
三島に突っ込まれ、雨宮に刺され、長老議員に重い言葉をもらい、セイムに整理させ、ヤミちゃんに見出しを監査させる。
その全部を、使っている。
完全に使いこなしているとは言えない。
でも、少なくとも、使われっぱなしではない。
二十二時前。
雨宮からメッセージが来た。
『UI論点、かなり広がりました。次は、画面そのものの監査ですね』
神崎は返信した。
『同感です。候補者を通販サイトにするな、は封印ですか』
雨宮。
『封印です。強すぎます』
神崎。
『残念です』
雨宮。
『気持ちは分かります』
神崎は笑った。
外に出ると、夜風が冷たい。
UIは権力。
人間は信号ではない。
ボタンの大きさが、公認を左右する。
どれも、少し前なら笑い話だった。
だが今は、笑えない。
画面一つで、人間の判断は変わる。
候補者の未来も変わる。
政党の形も変わる。
有権者が見る政治家も変わる。
神崎は歩きながら、小さくつぶやいた。
「画面そのものを監査せよ」
また明日のホワイトボードに書かれるだろう。
今度は、少し楽しみにしていた。




