魅了《カリスマ》
「ああ、白い」
そんな言葉が口から漏れた。視界が霞み、意識がはっきりしなくなっていく。眼前の世界から輪郭が消えて万物が溶け合い、だんだんと色を失っていくのが分かった。その様子はまるで雪景色のようで、死を目前にしているというのに、美しいという思いが脳裏に浮かんだ。
舗装などされていない剥き出しの地面が、俺の体温を奪っていく。この世界に俺一人だけしか居ないと錯覚する程の静寂が辺りを支配しているため、自分の心音がだんだんと弱くなっていくことがはっきりと分かる。それは、自らの絶命のカウントダウンのようだった。
自らの死期を容易に予測できるほど死が近くなっても、俺の中に恐怖という感情は生まれなかった。死への恐怖より生きる執念。この世界で戦闘を経験してから俺の中に生まれた狂気じみた信念が俺を突き動かしている。
生きること、それへの妄執。だが、現実は人の信念よりも何百倍も悪意のあるものである。人の決意など歯牙にもかけず、一瞬で挫いていく。そして、それに抗う事は確実に不可能。世界は、無邪気に悪意の牙を剥く。
俺は、意識がなくなるその瞬間まで生への渇望を胸に抱いていた。
ーーー
「おはようございます」
目覚め。二度と訪れることがないと思っていたそれは、今、確かに訪れた。それ自体は喜ばしい事だ。俺のただ一つの、見苦しいほどに泥臭い欲望が叶ったということだからである。
ただ、一つだけ疑問点があった。今しがた俺に起床の挨拶を行い、寝床に転がっている俺を覗き込むように見ている人物。おそらくこの場所の主である者。この人が誰なのか、それがさっぱりわからないのだ。
異世界で新しくできた知り合いでないことだけは確かだ。何故なら新しい知り合いができていないから。であるならあちらが一方的にこちらを知っているだけかとも考えるが、『悪役』のせいで人に悪感情を抱かせてしまう今の俺を、そんな希薄な付き合いのものが助けるとも思えない。
であるならば、本当に誰だという話になるのだが、その問いに明確な答えを返せるのであれば先程のような思考を巡らせたりはしない。
ではこの場合の最適解とは何か。分かりきっている。お前は誰だ?と聞くのだ。それしか方法はない。だが、それができる人間、初対面のものに話しかけられる者は陰キャなどにはならない。よって今、ここは誰も発言しない、とても気まずい空気の流れる場と化した。
俺は、こいつ何で喋らねぇんだよ、というあまりにも他責思考の考えを巡らせながら、ひたすら相手が口を開くのを待ち続けていた。
「お、おはようございます…で、どなたでしょうか?」
先に折れたのは俺の方だった。陰キャというのは会話は苦手だが、沈黙も苦手という特性を持っている。こんな空気、俺に耐えれるはずがないのだ。いや、他の陰キャはどうか知らないし、もしかしたら俺だけかもしれないが。
男は、俺から発言をしたことが嬉しかったのか、安堵したような笑みを浮かべて質問に答え出した。
「お初にお目にかかります。私は、ジン・フェリスタークと申します。気軽にジン、とお呼び下さい」
彼にいろいろと聞きたいことはある。だが今は現状把握が最優先だ。
「えっと…ここはどこなのでしょうか。ジンさんがこの場所に連れてきてくださったのですか?」
俺の問いかけに対し、彼は丁寧に答えていく。
「私が部下と共にここまで運ばせて頂きました。「入り口」近くに倒れていらっしゃったので」
「入り口」というのはよく分からないが、倒れていたことははっきりと思い出せる。追放された後、金すら持たされなかったので飯さえ食えず、さらに人目のないところを目指してただひたすら歩き続けたため、力尽きて行き倒れたのだ。
馬鹿だと思われるかもしれないが、俺は歩き続ける必要があった。クラスメイトと絶対に顔を合わせたくなかったのだ。彼らと会ったら最悪切り捨てられる可能性もある。それだけ『悪役』の効果は大きかった。
だから、万が一にも同級生と顔を合わせないよう、裏通りばかりを歩いていたのだ。まぁ、表通りを歩いていたってきっといつかは行き倒れていたであろうから、早いか遅いかだけの違いだったのかもしれないけど。
「ここは、「裏町」。罪人や悪人として名が売れ、「表」にいられなくなったものや、生きていくための資格を失った人々。また、「表」から篩い落とされた人々。果ては自ら落ちることを選んだ者まで。そんな者達が集う、皇都の陰です」
スラム的な場所だろうか。そう言われて見ると、この部屋の宝石で作られている照明や、歴史を感じる家具類は、相手を格式で殴るためのものに感じられる。
彼からも、今まで感じたことのない独特の雰囲気がにじみ出ているように思われた。なんというか、普通に生きていたら、出会わないであろう人種。笑顔の裏に凄みを感じさせる、そんな人。
「と、まぁこのくらいはご存知でしょう。その覇気、ただならぬものを感じます。今まで「表」で生きて来られたたわけではないでしょうから」
何だかとてつもない誤解が生じているような気がする。否定の声を上げようとするが、ジンと発言のタイミングが被ってしまい、結果押し黙る事になる。
「さぞ名のある方とお見受けします。私にあなた様の名を教えていただけませんでしょうか」
恭しい態度でそう言われ、俺は今まで彼に名乗っていなかったことに気づいた。恩人に対して名前を告げないというのは流石に良くないだろう。
「東 航だ。航と呼んでくれ。あと、俺はここに来たのは完全に初めてだ」
俺の答えは完全に想定外であったようで、彼は一瞬表情を崩した。だが、すぐに取り繕った笑みを浮かべ直す。
「そうですか。失礼いたしました」
彼が明らかに納得していないように感じるのは気のせいであろうか。なんか一人で考え込んでいるし、少し恐ろしく感じてしまう。
「ですが、何かしら壮絶な体験をしたでしょう?恐ろしい程猛々しく、人を惹きつけるような気品を纏ってらっしゃいます」
そんなはずは無い。ずっと疑問に思っていたが、彼に『悪役覇気』のヘイト効果が効いているとは思えない。全くこちらに敵意を見せる様子がない。
それどころか、無駄に好印象を与えている気がする。そう、まるで彼を魅了したかのように。
そこまで考えて、俺は一つの考えに至った。あまりにもご都合主義で甘い考えだが、俺はその考えにすがりたいと思った。そうでもないと希望がどこにもないではないか。
一定条件を満たしている人間には、『悪役覇気』は魅了として作用するのではないか、という。
ちょっと中途半端なところで終わってしまいました。
明日はいつもより多めに投稿するつもりですので見ていただけると幸いです。




