第5話 鎖鳴る戦場
グルルルルル……
低く地鳴りのような唸り声が、結界の空気を震わせた。
氷縛龍が、黄金色の瞳で残った者たちを一人ひとり舐めるように見回す。
カイガス
「…主を失ったな…理性の枷が外れるぞ?」
ハルゼン
「…鎖は外れてねぇがな…」
クローリス
「…もしかしてぇ〜面白い事言ったとか思ってるぅ〜?」
ハルゼン
「…そう言うテメェこそ、まだ顔が赤いままだぜ?前々から若いたぁ思ってたが、ついに赤ちゃんにでも退化したか?」
クローリス
「赤ちゃん可愛いじゃぁ〜ん。おっさんよりはマシだよぉ〜。最近、頭皮の荒野化…進んでるんじゃなぁ〜い?」
ハルゼン
「むしり取ってやろうかぁ…?」
カイガス
「そもそも、既に髪が無い吾輩にも飛び火しているのだが…」
トール
「…ふふ…素晴らしい日光の反射率ですよ?カイガス殿。ほっ…誇って下さい…フフフッ。」
カイガス
「……ふむ、悪い気はせんな。」
ユウリ
「皆さん……えらい余裕かましてはりますなぁ?
ほな、そろそろ“あの子”の相手に集中しましょ?」
その声に全員の視線が再び氷縛龍へと向けられる。黄金の瞳が細まり、低い唸り声が戦場に満ちていた。
グルァァァアアアアッッ!!!
氷縛龍ヴリザードが再び咆哮を放つ。
次の瞬間、四肢に繋がれた鎖がギシギシと軋み──長く伸びたそれが、鞭のようにしなって地面を抉りながら襲いかかる。
ズガァンッ!! バキバキバキッ!!
カイガス
「来るぞッ!!」
鎖はただの鉄の枷ではない。氷の魔力を帯び、当たれば凍結と衝撃が同時に襲う。
ひと振りごとに周囲の床石が粉砕され、凍りついた破片が弾丸のように飛び散った。
ハルゼン
「チッ…射程、さっきより伸びてやがる!
それに…いくつも枝分かれしてっから、どっかがしなると、その反動で…遅れながら別の所がしなる…何段攻撃だぁ〜?こりゃあ…」
クローリス
「ずっるぅ〜い!!」
トール
「その上…暴れるほどに鎖の“しなり”が増していますねぇ。足場も制限されそうですし…」
カイガス
「これは…掴むのは無理そうだな…触った側から凍るぞ?」
ユウリ
「さて……どう料理しまひょ? 分かりやすぅ“核”でもあれば楽なんやけど。」
「それで、勇者さん方は…どうやって倒した言われてますの?」
トール
「言い伝えでは…賢者が氷を魔術で相殺し、教皇が味方にバフを配り、戦士が両翼を断絶、最後に勇者が首を落としたとか。
最初は苦戦していたものの…途中からは一方的だった様です。」
ハルゼン
「だが、こいつは鎖があるぜ?本物とは違うんだろ?なら、弱点も違うかも知れねぇぞ?」
クローリス
「どうせ倒すんだしぃ〜全部壊しちゃえば良いんじゃなぁ〜い?例えば、鎖とか邪魔だしぃ〜先に壊しておくとかさぁ〜。」
トール
「それも良いですが…少し怖いですね。」
カイガス
「どうしてだ?」
トール
「鎖を壊すと言うことは…氷縛龍が解き放たれるという事になります。
つまり、自由に動き回れる訳で…非常に厄介な事になる可能性が…」
カイガス
「それは…考えるだけで最悪であるな…」
ユウリ
「とりあえず…あの吐息は封じんとなぁ〜? あんなもん、まともに喰ろうたら一巻の終いやわ。
鎖は…せやねぇ、影響の少なそうなもんから順ぅに壊していったらええんとちゃう?」
トール
「挙動を見る…という事ですか。…なるほど、それなら暴れやすさは変わらず、脅威を減らせるかもしれません。
その影響が少なそうな箇所と言えば…あの枝分かれしている部分ですかね?」
太い鎖に繋がった無数の細い鎖の方を見やる…
クローリス
「アレを全部壊せば良いんだねぇ〜?」
ハルゼン
「それなら話は早ぇ…行くぜっ!!」
ダンッ!
ハルゼンが大剣を大きく広げ、強く地面を蹴りながら、規則正しい動きを見せる。
ハルゼン
「士剣・参承!《燕影》!!」
ヒュンッ……ザザザザンッッ!!!
燕がすれ違う一瞬の影の様に、通り過ぎた場にあった無数の細い鎖だけが、無駄の無い動きで瞬きの間に斬り刻まれた。
ユウリ
「……まぁ! まるで天風家のお方みたいな早さやないですか。うち、今ちょっと鳥肌立ちましたえ。」
トール
「…基礎技のはずなんですがねぇ〜。相変わらずの練度だ。」
シュウ〜………
斬られたはずの鎖が…音を立てて再び繋がっていく。
ハルゼン
「あ?直ってやがる…。マジかよ…」
氷縛龍
「グルルルル……」
ニヤッと笑いながら、氷縛龍が低く唸る。
トール
「これは…どうしましょう?」
クローリス
「再生速いねぇ〜これじゃあ順に壊してくってのも無理だねぇ〜。」
カイガス
「ふむ……」
カイガスはゆっくりと、氷縛龍の方を眺める…
シュンッ……
クローリス
「んぅ〜?どうしたのぉ〜カイガスぅ〜…あれ?」
気づけば、そこにカイガスの姿は無い。
風が鳴った瞬間には、もう氷縛龍の懐だった。
カイガス
「烈……牙……《烈牙砕》!!!」
ズガァァァアアンッッッ!!!!
氷縛龍
「………ッ!?」
カイガスは氷縛龍の左前脚に振りかぶった大技を喰らわせる!
氷縛龍
「ゴァァァァアッッ!!!」
ブゥンッ!!
氷縛龍は攻撃された左前脚を横に薙ぎ、それをカイガスは指の隙間を通る事で躱わす。
スタッ……!
カイガス
「むむむ…効かぬか…。これでも、かなりの力を込めたのだがな…」
トール
「貴方…見た目に反する速さですよね…どれだけの魔力使って強化してるんです…?」
カイガス
「…何を言っておるのだ?吾輩は最初から魔力など使っておらん。正々堂々の戦いが好き故な。」
クローリス(ぼそっと)
「…ゴリラ……」
ハルゼン
「…ゴリラかよテメェ…俺でも簡単な強化魔術ぐれぇ使ってるんだが…」
ユウリ
「……まぁ! まるで羅刹家の“鬼”さんみたいな膂力やないですか。
そら氷の龍さんも、びっくりしてはりますわぁ〜。」
ユウリの発言から、皆が氷縛龍の方を見ると…カイガスの姿をその眼で深く捉えていた…
氷縛龍
「……………」
トール
「カイガス殿への警戒が一層強まった様ですね…」
カイガス
「ガッハッハ!!それは光栄だな…敵と認めてくれた様だ…。心が弾むなぁ〜…」
ハルゼン
「こりゃあ…負けてらんねぇな…ぜってぇ…俺を忘れられなくさせてやるぜ!」
クローリス
「なぁ〜にぃ〜?急に告白ぅ〜?ごっめぇ〜ん!錆びたおっさんはごめんだよぉ〜。」
ハルゼン
「テメェに言ったんじゃねぇよっ!こっちこそ、乳クセェガキはお断りだぜっ!!」
「もうちょい歳食って、ナイスバディなお姉ぇさんになってから出直して来い!!」
ユウリ
「あらまぁ、ナイスボディなお姉ぇさん言うたら…うちかて負けてへん思いますけど?」
ハルゼン
「黙ってろ年増狐!!!」
ゴンッッ!!
ユウリ
「……どの口が言うてますのや? シワの数やったら、うちよりハルゼンはんの方が上どすえ?」
ハルゼン
「俺ぁ〜まだ、36だっつの!!ギリおっさんじゃねぇ!!!」
クローリス(小声)
「…もう立派なおっさんだよぉ〜」
トール
「はいはい、みなさん。無駄な時間を使ってないで…さっさと対策、考えましょう?」
カイガス
「こればかりはドブネズミの言う通りだな。細い鎖は再生される…となれば、太い鎖もそうであろう?
そして、吾輩の攻撃でも、奴に傷一つもつけれなんだ。どうやって崩す?」
ハルゼン
「とりあえず、何が効いて、何が効かねぇのか…試してみりゃ良いだろ?
テメェの技は物理だったから…今度は魔術で攻めてみようぜ?氷だから…順当にいけば炎だな。」
クローリス
「でも、ボク…炎は使えないよ?得意なのが水、次点で地。弱くても良いなら、風くらいかなぁ〜」
ハルゼン
「ちっ…使えねぇな。」
クローリス
「ちょっとぉ〜。これでも凄いことなんだよぉ〜?基本、まともに扱える属性は一人一つ!二つでも名が知れ渡るくらいなのに!ボクは三つだよ??みっつ!!」
ユウリ(鉄扇をふわりと仰ぎながら)
「……その氷、うちなら、どうにか出来る思いますえ。」
トール
「なるほど…そういえば妖術使いでしたね…貴方。」
クローリス
「それじゃあ〜さっさとやっちゃおぅ〜?しびれ…切らしてそうだよぉ〜」
氷縛龍
「……グルルルル…」
カイガス
「とりあえず、ノリで行ってみるかっ!!」
トール
「そうですね。考えても答えが出ないなら、一旦ぶつかってみるのが吉ですか。」
全員が、氷縛龍へ向けて構えを取る。
ダァンッッ!!!
カイガスとハルゼンは、各々左右に分かれて壁際を伝って距離を縮めていく。
その後を追う様にして、ユウリとトールが正面から、クローリスは空を飛び回って接近を図る。
氷縛龍
「グルゥァァアア""!!!!」
大きな音を立てて、氷縛龍の動きに合わせて無数の鎖が暴れ回る。
ガァンッゴォンッ…
ハルゼン
「受け流すだけでも…かなり疲れる…なっ!!」
ガァァンッッ!!!
氷縛龍
「コォォォオオオ………」
トール
「ブレス、来ますよっ!」
クローリス
「さぁ〜せなぁ〜いよぉ〜〜!
──《フォートレス・バスティオン》!!!」
ドンッ!!!
氷縛龍の顎下の地面から、巨大な土壁が生成され…氷縛龍の口を強引に閉じさせた。
カイガス
「でかしたぁっ!…《穿通牙》!!」
左前脚の、先程と全く同じ位置に内側まで伝う攻撃を入れる!
ドゥゥウンッッ!!!!
その音と共に、氷縛龍の左前脚に細かなヒビが大量に入る。
カイガス
「効いてるなぁ!内側は盲点かぁ!?」
カイガス
「ダメ押しだぁ!
──《牙衝裂波》ぁ!!!」
バババァンッッ!!!
数多の打撃が列を成し、氷縛龍の左前脚にあたり、ヒビが大きく広がる事で、音を立てて崩壊する。
そのうち、一つはあらぬ方向へと飛び、一番上にあった一本の鎖に当たる事で霧散した。
ダンッ…
ハルゼン
「…士剣・漆承《雷断》!!!」
高所からの落下を利用して、雷の様な軌道を描き、氷縛龍の使えない右翼を切り落とす…!
ハルゼン
「はっ!面で叩くのがダメなら、線で斬るのが効くよなぁ!続けぇ!!」
トール
「言われなくてもっ!《白刃閃》!!」
シュンシュンシュンッッッ!!!
右後脚を、閃光の様な速度で貫いた。
ユウリ
「ほな…舞ろてもらいましょか。《妖炎舞》!」
狐火がひらひらと舞い、周囲を包む。
クローリス
「ひっろげちゃうよぉ〜!
──《ウィンド・リレー》ぇ〜!!」
小さな風が…狐火を一層燃え広がらせる。
氷縛龍
「…グラララァァアッッッ!!!!」
バァァァンッッ!!
氷縛龍は大きな咆哮を上げ、衝撃波を出すと共に傷口を再生させる。
スッ……ザザッ…!
カイガス
「…やはり、本体も再生持ちか…」
トール
「ですが、攻撃が通ることは確認できました。」
ユウリ
「なんなら、うちの火ぃもちゃんと通じとるようですなぁ〜。」
再生した肉体の周りを、未だに紫の炎が、氷を溶かし続けている。
クローリス
「でもどうやって倒すのぉ〜ふっとぉ〜い鎖もきっちゃダメなんでしょぉ〜?」
トール
「…どうしたものですかねぇ〜」
皆がその場で考え込む動作をするが、ハルゼンだけはジーっと氷縛龍を見ていた。
ハルゼン
「なぁ…ちぃ〜と直感なんだがよ?」
トール
「どうしましたか?ハルゼン殿。」
ハルゼン
「さっき、俺らが奴の体を損傷させてアイツが再生する瞬間によ…一瞬、太い鎖が淡く光ってたんだわ…」
カイガス
「光る…?確かに妙だが、それがどうしたのだ?」
ハルゼン
「俺らよ?最初、"鎖から龍が解き放たれる事”を恐れてたろ?」
クローリス
「…そりゃあ、暴れ回られたら困るしぃ〜」
ハルゼン
「あれ、逆なんじゃねぇか? むしろ、鎖からエネルギーを供給してるって方が、しっくり来るぜ?」
トール
「……なぜそう思うのです?」
ハルゼン
「さっきも俺が細い鎖斬ったらよ、すぐ再生しただろ?“再生する”ってことは、あれが無いと困るってこった。
細い鎖でそれなら…太い鎖を全部ぶった斬っちまえば……再生、止まるんじゃねぇのか?」
ユウリ
「なるほど…せやったら、鎖は足枷やのうて、命綱って訳やねぇ?」
トール
「…召喚者が“粗悪品”と評した理由が見えてきましたよ。
動きを縛られながら、その鎖に生命を委ねる……臍の緒を切られた途端に死ぬ胎児のようなものです。
生命として、"欠陥品"と言わざるを得ませんね。」
クローリス
「じゃあ〜、ふっとぉ〜い鎖を斬れば良いんだねぇ〜?でもぉ〜強度とか分かるのぉ〜?」
カイガス
「それについてだが先程、わざと一撃分を上の最も太い鎖に入れてみたのだが、まったく手応えがなかったな。おそらくだが、今、我々が行った技では傷一つつかんだろう。」
ハルゼン
「それ、俺ならどうにか出来るぜ?…ほらよっ!」
ガッ…ガッ…ガシャァンッ!
ハルゼンの手にしていた大剣が、音を立てて変形する。
トール
「斧ですか…
なるほど、うってつけだ。」
カイガス
「…だが、鎖を狙うと気付けば、奴も必ず守りに回るぞ?」
トール
「ならば我々は、その守りをこじ開ける役を担いましょう。ハルゼン殿は一撃に全てを賭けて下さい。」
ユウリ
「せやったら、うちが狐火で目ぇくらまししたるわ。クローリスは拡散から壊せれば太い鎖を破壊、トールは牽制…カイガスは正面押さえや。」
一同
「おっけぇ〜い。/おう!/はい。」
ハルゼン
「《瞬脚》っ!」
タタッ……
一瞬で長距離を移動する。
氷縛龍
「…………グルルル……」
黄金の瞳が、その太い鎖の上に立つハルゼンをじっと見据えていた。
ハルゼン
「おっと…バレたか? 上等だ…テメェの命綱、へし折ってやるよ。」
氷縛龍が、やれるものならやってみろ…と言わんばかりに口角を動かしていた。
氷縛龍を縛る無数の鎖。
その再生と供給の仕組みが暴かれた時、“粗悪品”と呼ばれた理由もまた明らかとなる。
命綱を断たれた災厄は、果たしてどのような末路を迎えるのか。
そしてその頃、皇都の別の場所では──静かに別の戦いが動き始めていた。
──次回、『断鎖連華』




