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ゲノム・レプリカ  作者: 伊都川ハヤト
Human after all

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2-6 Tell me ⑥



 向島がアオイに送った資料を確認しながら、淡路は車で東條家へと向かっていた。


 資料は、アオイが展開を躊躇うのも無理はない内容だった。しかし、すんなり持ち出せたことを考えると、アオイは敢えて確認させたのかもしれない。


 向島によれば、キツネと謎の女との会話の一部が判明したというのだ。そこには、「核」や「神」といったワードがちりばめられていた。中には、「神になる」などという信じがたいセリフもある。


 ハンター同士が繋がっているかは不明だが、謎の女とその他のハンターという対立構造が出来上がっている以上は、やはりアナザーを狩る以外にも何らかの共通する目的があるのではないだろうか。


 淡路はふと、自身が単独で追っている「エコール」と呼ばれる計画のことを思い出す。アオイに副業呼ばわりされているそれは、いつも一定のところで情報が途絶えてしまい、未だ全容が見えていない。


 現時点で分かっているのは、かつてエコールと呼ばれる施設で、大規模な人体実験が行われていたということ。そしてその施設が、十一年前の大地震に何らか関わっているのではないかということだ。


 エコール計画とアナザー。淡路には、その二つに繋がりがある様に思えているのである。


 マンションの地下駐車場に車を停めて階段を上がった所で、淡路の目が一際目立つ容姿の少女を捉えた。リリカだ。


 リリカは上着の上から小さなポーチを下げた姿で、ポケットに両手を入れ、トボトボと歩いている。

 淡路はその様子を一目見て、リリカがヒカルと喧嘩したのだと察した。


 放っておこうとも思ったが、やはり思い直して、淡路はリリカに声を掛ける。アオイが大切にしているものは、それが何であれ自分にとっても保護の対象だと考えたのだ。


 リリカは、近所のコンビニまで行くのだと答えた。マンションの中にもコンビニはあるのだが、別の店が良いのだという。


「あっちのコンビニで、限定のフルーツティーが発売したの。飲みたいなって」


「じゃあ、僕も行っていいかな。美味しいなら、アオイさんのお土産にするよ」


 リリカは、勿論だと笑顔を見せた。


 歩き始めて直ぐに、リリカが堪えられなくなった様子で吹き出した。


「ごめんなさい。だって、淡路さんは、アオ姉の事が本当に好きなんだなって思ったの」


「そうだね。大好きだよ」


「どんな所が好きになったの? 職場で知り合ったんでしょ?」


 淡路がアオイの事を付け回していたことを、リリカは知らない。


 そうだなと少し考えて、淡路は普段のように偽らずに、思い浮かんだことを素直に伝えてみることにした。


「アオイさんはね、凄く人間っぽいなって、思ったんだよ」


 リリカが目を丸くして、それからまた声を上げて笑った。


「変なの。アオ姉は人間じゃない」


「そうだね。でも自分にはないものだから、それが凄く眩しくみえたんだ」


 リリカは不思議そうな顔で、淡路の事を見上げている。


「リリカちゃんは、お洋服やカバンや靴が好きで、沢山持っているよね? それを、毎日一つずつ捨てていくって、想像できるかな。毎日毎日、持ち物を捨てて、減らしていく。それを、最後までずっと繰り返していく」


「最後までって、最後の一つになるまで? 最後の一つも捨てちゃうの?」


「そう。そうしたら、空っぽになるよね? 今度はそこに、どんどん別のものを詰め込んでいくんだ。空っぽにして、詰め込んで。また空っぽにして、詰め込んで。何度も何度も繰り返す。……僕は、ずっとそういうことをしてきた」


 そうして出来上がったのが今の自分なのだと、淡路は心の中で吐き捨てた。


 今の自分になる前は、別の名前と人生とがあったはずだ。その前にも、その前にも存在していたはずだが、淡路には今の自分以外の事は殆ど思い出せなくなっている。忘却することもまた、仕事の一部だからだ。


「アオイさんは、外では完璧な人間みたいに見えるよね。でも家ではずっとゴロゴロしてるし、よく泣くし、直ぐ怒る。だらしなかったり、めんどくさがりだったり、狡かったり。そういう全部が、好きなんだ」


 淡路の言葉を聞いた後、リリカは暫く無言だった。淡路の話の全てを飲み込んだ訳ではなかったが、何か思いを巡らせるように彼女は目を伏せていた。


「いいな、アオ姉。愛されてる」


 その一言で、淡路には二人の喧嘩の原因が分かるような気がした。


「ヒカル君が、好きって言ってくれないのかな?」


 敢えて少し揶揄う様に尋ねると、リリカが顔を赤くして、少し顔をムッとさせた。それは本心からでなく、怒っているとアピールしているだけだ。


「後夜祭に、誘ってくれたの。それまでそんな素振りもなかったのに、急に。……ヒカルは、いつもそう。好きとか嫌いとか言わないけど、私のこと好きみたいに……」


 自分で話しているうちに恥ずかしくなったのか、リリカの顔はさらに赤くなっていた。


「本当は、別に、ハッキリしないのが嫌なんじゃないの。そういう性格だって、もう知ってるし。……でも隠し事してるのに、してないって言ったから! 昨日だって、離れて座るし。ヒカル、私のこと避けてる」


 そうだろうかと淡路は疑問に思ったが、リリカは確信している様子だ。普段なら隣に座る筈なのに、不自然に後ろに座ったとリリカは言う。


 ヒカルは自分の事が嫌になったのだと、リリカがぼそりと呟いた。


 リリカが足を止めたので、淡路も同じように道端で立ち止まる。


 今にも泣き出しそうな少女を前に困っていると、淡路の視界にこの状況を打破することの出来る人物が映り込んだ。


「そうだったら、あんな顔して探しにこないと思うよ」


 トントンと肩を叩いてリリカを振り返らせると、淡路はヒカルに気付かれる前にそっとその場を離れた。


 リリカを見つけるなり遠くから駆け寄ってきたヒカルは、上着はおろか靴下も履いておらず、足元はサンダルだった。


「……家に行ったら、居なかったから」


 そう言ったヒカルはリリカから目を逸らしていたが、息は上がっていて、鼻も赤くなっている。


 淡路には、リリカの表情は見えなかった。それでも大丈夫だろうと判断して、彼は二人の視界を避けてマンションへと向かう。


 自分らしくないことをしているという自覚はあったが、淡路はそれを受け入れ始めていた。


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