2-7 FACE ①
七、FACE
二〇×一年 十二月 二十五日 土曜日
七時二十分。
「それで?」
隣で化粧していたアオイが、鏡越しにヒカルを見ている。
「……なにが?」
歯ブラシを咥えたままヒカルが返すと、アオイは呆れたような顔を見せた。分かっている癖にと、彼女の目はヒカルを咎めている。
ブラシで仕上げのパウダーを頬や額に乗せると、アオイはメイク道具を片付けて前髪を直した。
その間ヒカルは歯を磨いていたが、姉の出発時刻が近づいていることは分かっていたので、やがて観念したように口を開く。
「ちょっと前に喧嘩したけど、でも、もうそれは大丈夫だから」
結局、ヒカルはリリカに理由を説明することは出来なかったが、リリカもヒカルに理由を尋ねることはしなくなった。
今日までに二人は何度も顔を合わせているが、普段通りに過ごせている。ただ、クリスマスという単語を見たり聞いたりした時にだけ、彼らの間には気まずい空気が流れたのだった。
ここしばらく、アオイはそんな二人を見守ってきた。一度だけヒカルに理由を尋ねようとしたことがあったが、それは淡路に止められている。見守るのも愛だなんだとそれらしいことを言われ、アオイは珍しく淡路に同意したのだ。
ヒカルも、十六歳。自分の気持ちは、自分で伝える歳だ。
「今日は、帰りが遅くなるかも。ヒカルも出かけるんでしょう? 人出も多いし、酔っ払いとかも居ると思うから、あまり遅くならないようにしてね。戸締り、忘れないで」
「うん。アオ姉も、気を付けて。心配だよ」
ヒカルの言葉が嬉しくなり、アオイは彼の右肩に頭を寄せて甘えた。家族の存在が、自分を支えてくれている。
「大丈夫、任せといて。絶対、帰ってくるからね」
アオイが自分に言い聞かせるように言ったその言葉に、ヒカルは頷いて応えた。そしてヒカル自身も、同じ言葉を心の中で強く誓った。謎の女とキツネを狩り、必ず家に戻るのだ。
玄関のドアが開く音がして、淡路の声が聞こえる。アオイを迎えに来たのだ。
ヒカルは急いで口をすすぎ、アオイはリップやピアスのチェックをして、二人はリビングに向かう。
淡路はソファーに腰かけて、アオイのことを待っていた。
「おはようございます。私服も綺麗ですね」
「そういうのは要らないから。ねえ、無線、受け取ってる?」
アオイと淡路が仕事の打合せをしているのを遠くに聞きながら、ヒカルはキッチンへ向かう。
アオイは起床後に手早く朝食を済ませていて、淡路は先ほど来たばかり。リリカは、今朝は東條家に来ていない。これが一人きりの食事だということに気付くと、ヒカルは途端に用意するのが面倒になってしまった。
冷蔵庫から取り出した牛乳を口へ流し込むと、それだけで朝食を終えたような気分になる。胃になにも入れないよりはマシだと、ヒカルは自分に言い聞かせた。
そうこうしているうちにアオイの出発の時間になり、ヒカルは玄関先へ二人を見送りに出た。
二人は珍しく私服姿で、事前に仕事だと知らされていなければ、クリスマスデートへ出かける恋人同士に見えたかもしれない。
玄関の扉から二人を見送った後、ヒカルの家の隣のドアが開いた音がした。ヒカルが開いたままのドアを閉められずにいると、その前をリリカが通りかかる。
リリカはヒカルに挨拶を交わして、友達と出かけるのだと言った。
お気に入りのコートやブーツで着飾ったリリカを見て、ヒカルはそれに何かコメントしようとしたが、直ぐにそれは余計なことだろうと思い直す。
ヒカルが「いってらっしゃい」と笑顔で言うと、少し間を置いて、リリカが返事をした。彼女は顔を見せずに、速足で去っていく。
ドアを閉じた後も、ヒカルは暫くドアの前を動けずにいた。クリスマスの朝に一人きりでいることは初めてだと気付いて、ヒカルは寂しさを覚えていた。




