2-4 何もかも ②
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「それじゃあ、職員室を見てくるからね」
「はい。じゃあ戻ってくるまで、ここに居ます」
年配の女性の声とヒカルの声とが交互に聞こえて、アンズはゆっくりと目を開いた。
ボンヤリと見つめる先には、学校の天井と、仕切りのカーテンレールが見える。アンズは、自分が保健室にいるのだと直ぐに理解した。
「あれ、起きた?」
アンズの様子に気付いたのか、カーテンの隙間からヒカルがそっと顔を出した。
アンズは無意識に、左手をヒカルに向かって伸ばす。頭ではここにいる理由を必死に考えながらも、体にはまだ少し夢を見ているような感覚がある。
「どうしたの? なにか、取ってくる?」
心配した様子で、ヒカルがベッドの傍へ寄ってきた。
アンズは、グイっとヒカルのシャツを掴む。そして指先に布の質感が伝わると、途端に彼女はこれが現実なのだと理解して、慌ててヒカルのシャツから手を離した。
「ごめんね。あの……東條くんが、連れてきてくれたの?」
「急に倒れるから驚いたよ。今、上川先生を呼びに行ってもらってるから」
「ありがとう。ごめんね。もう、後夜祭だよね」
「まだ少しあるから、大丈夫だよ」
ヒカルの言葉通り、窓の外からはまだ片づけをしているような生徒の声が聞こえている。
外は随分暗くなって、少し寒くなり始めていた。
「……泉さんを、誘ったんだよね? 後夜祭」
アンズには、どうして自分がそんなことを聞いたのか分からなかった。
「彼女なんでしょ? 可愛いもん。泉さん。……憧れちゃう」
「彼女ではないけど……でも、いいかなと思って」
「いいって?」
「周りには、どういう風に思われてもいいかなって。……リリカには、ちゃんとしなきゃと思ってる」
「……ちゃんと?」
「うん。どう思ってるか、言葉にしたことなかったから。リリカには、伝えないと」
「そっか……」
アンズは照れ臭そうに笑うヒカルを見て、その目には自分が映っていないことを悲しく思った。
「東條くん。私ね」
自分には向けられていないのだと思うと、不思議とアンズの心は気楽で、真っすぐにヒカルを捉えることができた。
ヒカルの瞳の色は、蛍光灯の下では普段よりも色濃く見える。
アンズは、次の言葉を口にすることが出来ずにいた。
ヒカルは無言で、アンズの言葉を待っている。それは、特別なことではなかった。初めて会話した時から、ヒカルはアンズが話しを終えるまで、視線を反らさずに待つのだ。
アンズは、自分がこうして黙っている限りは、ヒカルの視線を独り占め出来るような気持ちになった。
それでも、時間は止まってはくれない。
「私、東條くんのこと……応援してるよ」
アンズが精一杯の笑顔を見せると、ヒカルも同じように笑顔を返した。その笑顔は、アンズの胸に刺さるようですらあった。
体調が良くなった事を告げて、アンズはヒカルに、リリカの元へ行くように伝える。女の子のことを待たせてはいけないと言うと、ヒカルもそれに同意した。
保健室のドアが開く音。
ヒカルはやってきた上川と二、三会話を交わして、部屋を出ていく。
ヒカルは、幼馴染の元へ向かったのだ。
これでよかったのだと、アンズは何度もそう自分に言い聞かせる。しかし彼女の心は、次第にざわつき始めていた。




