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ゲノム・レプリカ  作者: 伊都川ハヤト
Human after all

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2-1 予感 ⑤



 夕食を終え、リリカと淡路が帰宅した後のこと。


 ヒカルはスマートフォンの通知を見て、アオイに悟られぬように家を飛び出した。途中、物陰でシルバーのスーツとゴーグル、黒のフェイスガードを身に着けると、ヒカルは建物の上空を走るように跳ぶ。


 小学校の校庭。

 そこへ降り立つヒカルの目が、巻きあがる砂埃の向こうに動く影を見る。


 再び、アナザーが現れた。スマートフォンの通知は、中林からの連絡だったのだ。


(一番を解放)


 左手の手首から指の先までをなぞると、それに呼応してヒカルの拳が赤く輝きだす。


 ここ数週間の間、アナザーは動きを潜めていた。久しぶりの出現ということもあって、ヒカルは初撃を様子見にするつもりでいる。

 それはこの場所が、小学校の校庭ということも関係していた。明日登校してきた小学生たちが悲しむことの無いように、出来るだけ被害を抑えたいという思いがヒカルにはある。


 砂埃が晴れて視界が戻るのとほぼ同時に、ヒカルは前方から迫り来る気配を覚え、反射的に地面を蹴りつけて宙へ。


(速い!)


 直前までヒカルがいた場所には、ウネウネと動く塊が移動している。


 ヒカルは大きく振りかぶると、上空からアナザーに拳を振り下ろした。

 砕け散る、アナザー。

 それらを避けて校庭に着地すると、ヒカルは拳に目を向けた。アナザーを砕いた時に、拳に伝わった感覚。それには、確かに覚えがある。


 慌てて周囲を見渡すと、バラバラに散ったアナザーの一片一片が蒸発し始めており、その中心には、鈍く光る核があった。輝きこそ異なるが、その色は確かに、中林から見せられた水の核と同じものだ。


 倒した筈のアナザーと同じものが、此処にはいたことになる。その意味が分からないまま、ヒカルは不穏なものを感じ取った。


 恐る恐る核へ近づいていくと、核は幾度か明滅した後で完全に光を放たなくなった。

 核へ手を伸ばそうとして、ヒカルは咄嗟に、後ろへ飛ぶ。


「避けたか」 


 ヒカルと核との間には、氷のようなもので出来た矢が三本刺さっている。


 聞き覚えのある声の方へ目を向けると、校舎の上に、白装束の人間の姿があった。それはひょいと校舎の上から飛び降ると、軽やかにヒカルの前に着地する。その顔には、見覚えのあるキツネの面。


 男は、アオイ率いる特務課から「キツネ」と呼ばれている二人目のハンターだった。

 キツネが携えていた和弓を一振りする間に、それは日本刀へと姿を変える。


「やはり、生き残っていたか」

「あなたは、何者ですか。どうして、アナザーを狩るんですか」


 ヒカルの問いを、キツネは鼻で笑った。切り揃えらえた白髪が、サラサラと揺れている。


「分かり切ったことを。無知を装えば、隙を見せるとでも思うたか」


 傍へいくと、キツネはおもむろに刀で核を切り捨てた。


「こんなまがい物では、意味がない。本体が、何処かにいるのだ」

「でも、あのアナザーは倒した筈です」


 ヒカルの脳裏には、池と共に消滅したアナザーと、その核を手にした時の中林の表情がチラついている。


「倒した。確実に。だが、現にこうして復活している。……雑魚の核とも違うな」


 キツネは、蒸発していく核の様子を観察している。


「あなたは、何者なんですか」


 ヒカルがキツネに向かって発した言葉が、目の裏では、あの日の中林に向けられていた。自分の命を救ったあの男は、もしかすると大きな秘密を隠しているのではないだろうか。


 キツネとヒカルは、暫く向き合う形のまま無言だった。お互いにゴーグルとフェイスガード、キツネの面で表情は一切分からない状態ではあったが、考えていることは不思議と分かるような感覚があった。


「身を引け、少年。人のままでいたいのなら」

「それは、どういう……?」

「身を引け。……次は、お前も狩る」


 身を翻し、歩を進めた所で、キツネは校舎の方へ目を向けた。


「約束を守れたじゃないか。褒めてやる」


 楽し気な笑い声と共に、キツネはフッと姿を消した。

 残されたヒカルは、呆然と宙を眺めている。


 すると、キツネが視線を送っていた校舎の陰から、今度はガスマスクを身に着けた男が姿を現した。公園でヒカルを助けた、もう一人のハンターだ。彼は特務課から「インドラ」の名で呼ばれている。

 一体、いつから身を潜めていたのだろうか。インドラは、体についた土埃を軽く払っている。


「同意見だ」


 低く、くぐもった声。


「闘うには、幼すぎる」


 ヒカルにそう言い残すと、インドラは片手を軽く上げてひらひらと手を振り、何事も無かったかのようにその場を立ち去っていく。

 言葉もなく、ヒカルはその背が見えなくなるまで目で追った。


 平和な日常の終わりを、ヒカルは確かに感じ取っていた。



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