対サファイア戦
私、伊奈川若菜はそこそこの秀才だ。少なくとも5歳年上の兄である琢磨よりは優秀である。その中でも大きな違いは二つ。天秤に私情を乗せないこと、物を見る目があるということ。だからこそ、迷うことなくジュエルコンパクトをオルガに差し出す。見返りとして兄を法的に潰せるだけの証拠品を受け取る。
「良い判断だ、サファイアヴァルキリー、いや、伊奈川若菜。これで君の家が潰れるようなこともないし、我々から狙われることもなくなる」
「そうね、皆には悪いとは思うわ。だけど、私の人生をかけてまでジュエルヴァルキリーを続けようとは思わないわ。それも、今なら綺麗さっぱり抜けられ、取引材料にまでしていただけたのだから」
「君たちのことはよく調べさせてもらったからね。ああ、他の子たちとこれからも友人として接するのは問題ない。ちょっとしたアドバイスもね。ただ、我々のジャマだけはしないように」
それだけを告げるとオルガは影に溶けるように姿を隠す。本当に今まで手加減されていたのだと思い知らされる。たぶん、私たちの敵対ランクが上がれば最終的には眠っているところを殺されたりするのだろう。フィーのように。
事の発端は宣戦布告の翌日から始まった。春奈さんが病院に搬送され、警察が事件として動いた。その翌日には春奈さんからジュエルヴァルキリーから降りたと、私にだけ連絡があった。久美子ちゃんはどうかは分からないけど、花蓮と美央は続けようと説得に来ると思うから内緒にしていてほしいと。
何があったのかを聞いて納得した。本当にシャドウアーモリーは行動が制限されていただけだったのだ。少なくとも、フィーを殺害し、気付かれることなく家屋内に侵入できるだけの事ができるのだ。そもそも、最初の招待状がテーブルに置かれていたことから察するべきだった。監視もされていると思い、部屋の中で交渉がしたいと告げるといつの間にか招待状と同じ便箋がテーブルに置かれていた。
内容を読めば、私の空いている時間にあの時のレストランへの招待状、そして最後にジュエルコンパクトを手放すに足るべきものを用意して待っていると。
そして前回と同じように食事の後に本題が始まった。オルガが提示したのは兄、伊奈川琢磨の犯罪行為の一部始終の動画データ各種だった。ガラの悪いグループと吊るんでいたり、児童買春も問題だが、一番まずいのは違法薬物の売買。それも家のルートを使っているということだ。これ以外にもみ消せる程度の軽犯罪も多数行っているそうだ。
その後は淡々と契約を交わした。私はジュエルコンパクトを差出し、オルガから数々の証拠が入ったメディアを受け取る。その後、春奈さんに連絡を入れる。私もジュエルヴァルキリーから降りたこと、春奈さんの考えは間違っていないということ、そして残りの三人も私たちと同じ道をたどるということを。
「これで2つ手に入った。計画は順調に進んでいる。フィーの後続も潰して行っている。ところでなんだが、ジュエルコンパクトを集める意味はあるのか?」
寸胴鍋で全員分のパスタをゆでながらパムに尋ねる。
「ええ、もちろん意味はあるわ。異世界から定量以上の物を持ち込むとセンサーに反応するの。逆に言えば定量以下ならセンサーに引っかからない。だからサポート妖精とジュエルコンパクトしか向こうは送ってきてないのよ。あくまでジュエルランドはこの地球に足を踏み入れていないって強弁するためにね。まあ、普通はそんなことをすると後々不利になるからそんなことはしないんだけど」
「ジュエルランド側の住人にとってはオレたちやパムたちは下等民族なんだっけ」
「そう、魔法が使えない野蛮な民族。それらと関わるなんて身が汚れるそうよ。まあ、多次元を見れば珍しくもなんともない感性よ。それでも多次元世界条約を結ばないのは珍しいけどね。なんせ、もう少し被害が増えれば号令がかかって条約を結んでいる全ての世界にジュエルランドへの制限なしの進行が許可されるのだから。どんな非道と呼ばれる手段をジュエルランド側へとっても誰も非難されないわ。フレンドリーファイアにだけは気を付けないといけないけど」
「取り分が減るが、安全にもなるか」
「一応、最初に交戦していた私たちに攻撃の優先権と他の世界が得た物の1割程度が見舞金として貰えるけどね。出来れば丸々シャドウアーモリーで取りたいわ」
ゆであがったパスタを引き上げてトマトソースに絡めて大皿でテーブルに出す。競い合うように食べ始めるパムとアモンを放っておいて、先ほどの情報から裏道が存在しないかを検証する。プライドが高い奴ほど、窮地に陥ればなりふり構わなくなる。その手前は絶対に裏をかこうとする。
今はまだ状況が分かっていないから何もしてきていないが状況を把握すれば何らかの手を必ず打ってくる。それを上手く躱さなければならない。パムは丸々取りたいと言っているが、そこは交渉次第だろう。オレとしては全行動自由権を得た状態での短期、あるいは中期に及ぶ工作戦を考えている。そのためにもジュエルコンパクト4つを手に入れてからはシャドウアーモリー本国に戻るだけの設備開発だな。まだまだ頑張らなくてはな。