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23rd Stage やっとわかった! 〝私〞の願い!!

 

 それから十年。


 中学生に成長していた緋織は、雑誌記者になった兄の縁で、いつかのショーで〝ときか〞と一緒にいた石崎というカメラマンと出会うのだった。


 そこで石崎から、かつて自分が憧れた〝ときか〞という人物が〝朱鷺花〞という名前で元モデルをしていたこと、そして今は不幸にも鬼籍に入っているという事実を聞かされ、ショックを受けた。


 緋織は石崎から彼が眠る霊園を教えてもらい、その墓前に花を手向けに行った。

 そして墓前で手を合わせた時、かつて朱鷺花が口にしていたことを思い出す。


『ヒーローの仕事は〝みんなを笑顔にすること〞だからね。それをするのが〝僕〞でも〝レッド〞でも、その目的は変わらないだろう?』


 緋織は、ずっと考えていた。


 あの日の出来事は、今で言うスタントマンの仕事をしていた朱鷺花を緋織が目撃してしまった。言わばハプニングだった。

 しかし例えそうだったとしても、あの時の朱鷺花は幼い緋織の気持ちを汲んで、それを壊さないように〝夢〞を魅せた。


 自分も、誰かの〝夢〞や〝想い〞と向き合って、そんな〝優しい夢〞を魅せる人間になりたい。


 朱鷺花の墓前でそう決心し、以来感謝と常々の報告の意味を込めて墓前に来る時はピンクのガーベラを供えることにしたのだ。 


 そして緋織は、石崎から聞いていた朱鷺花の姉が経営しているという芸能プロダクションのオーディションに応募した。


 〝朱鷺花さんのようになりたい〞。


 緋織にあるのは、その想いだけだった。


 無事にプロダクションへと所属することができ、そこで新しい試みとして組まれたアイドルグループ――それが《Vision》だった。


 メンバーは、全員で七人。

 全員が同い年とは思えないほど個性を持ったメンバーの中で、緋織はかつて憧れた人の面影をした一人の少年と出会った。彼の名前は紫苑。


 そして彼の秘密に気付いたのは、《Vision》が結成した年の夏のこと。


 本社に用があった緋織は、偶然社長が電話で話しているところを立ち聞きしてしまった時のこと。


「……ええ。そしたら、朱鷺花たちの墓参りは、十五日にしましょう。私も、会議は午後イチには終わる予定だから。

 そうね、ええ。あなたもこのあと撮影でしょう? 頑張りなさい。()()


 朱鷺花さんと紫苑がどういう関係なのか、それまではわからなかった。

 ただの他人の空似。そう思えもした。しかし同時に、こうも考えたのだ。


 〝紫苑は、朱鷺花の血を引いているのだ〞と。


 そう思った瞬間、すべてが腑に落ちた。


 例え実際に血縁関係がなくとも、あの人と過去に関わりがあって、自分と同じように現在いまあの人がいた同じ世界にいるのだとしたら。


 それは彼の中にも〝朱鷺花〞という人が生きているのだという証明になる。


 その後数々の番組で共演し、彼が視聴者やファンに〝夢〞を与える姿を間近で見て、緋織はとても嬉しかった。

 あの人は、紫苑の中でも生きているのだと。あの人に夢を与えられたのは自分一人ではないのだと。そう思えただけで嬉しかった。


 だからこそ、紫苑が何も告げずに《Vision》からいなくなった時、彼に対して無性に腹が立った。


 あの人の意思を、お前も知っていたんじゃないのか。

 あの人の意思を、お前も継ごうとしていたんじゃないのか。


 実は新年の挨拶で社長の朱里の許へ挨拶しに行こうと提案したのは、緋織からだった。

 ひょっとしたら、そこに彼がいるのではないか。そう考えたのだ。


 そして案の定、社長の住むマンションに、紫苑がいた。


 そこでは他の《Vision》メンバーが紫苑の復帰に難色を示していないことが意図せずわかった。

 本当のところ、内心では緋織も他のメンバーと同じ想いだった。


 しかし、どうしようもない小さな嫉妬心が、緋織の口から思っていることいないことを出した。


 もしあの時。

 紫苑が謝罪の言葉を口にして、その上で〝戻りたい〞と言っていたら、果たして自分はそれを素直に認めていただろうか。


 ところが、紫苑の口から出てきたのは、想像していたどの言葉とも違っていた。


『緋織の言っていることは、正しいよ。僕はもう、アイドルでいる資格がない』


 なんだそれは。


 〝アイドルでいる資格がない〞……? 


 その資格は、一体誰が決めるというのだろうか。




「あら」


 緋織は珠代の許可を貰い、女子寮の前でもうじき来るという紫の保護者を待っていた。


 夕暮れも大分過ぎ、寮の食堂では夕食が提供され始めるという時間帯になって、紫の保護者と思われる人影が現れた。それは緋織が想像していた通りの人物だった。


「……宮園さんの保護者は、あなただったんですね。社長」


 そこにいたのは、緋織が所属する宮園プロダクションの社長、宮園朱里。

 緋織は静かに息を飲み、言葉を続けようとするも、朱里の言葉が先に放たれる。


「……そう。紫はあなたに知られたのね」


 紫苑の正体が、という意味だろうか。

 その言葉の意味を図りかねていた緋織は、続いて開かれた朱里の言葉を聞いて驚いた。


「来なさい。緋織」


 朱里が電話一本で緋織の外出許可をとっている間に、朱里の秘書の渡貫わたぬきによって紫が車の後部座席に乗せられる。

 その両腕に抱えられてなお、紫が起きる気配はなかった。


「……ええ。あとはよろしく」


 緋織は通話を終えた朱里の指示に従い、乗車する。

 車内は十分な広さがあったものの、自社の取締役と同乗するとは思っていなかった緋織は、しばらくは沈黙を選んでいた。


 後部座席には紫の隣に朱里、緋織と続く形で着席している。


 聞こえてくるのは、朱里の肩にもたれて眠る紫の寝息だけだった。


「こうなったら、そうそう起きないの。この娘」


 先に開口したのは朱里だった。


「〝紫苑〞は、取材で睡眠は浅い方だと言っていたのだけどね」


 それは緋織も覚えていた。紫苑が仮眠を取っている姿を見たことがない。


「今思えば、張り詰めていたものがあったからでしょうけど……」

「……」


 朱里に連れてこられたのは、前に来たことがある場所だった。そこは都内某所の彼女のマンション。


 通されたリビング。

 そこにあったローテーブルの上に、一冊の本が置かれていた。


 臙脂色の表紙に、金縁の装飾が施された落ち着いた装丁。

 表紙には縁と同じ金色の英字体で〝Diary〞と書かれている。


「これは……」


 本来、日記というものは、書いた当人か当人が読むことを許した人間だけが読むことが出来るのであって、決して第三者が興味本位で勝手に除き見てよいものではない。


 しかし。


「『どの面下げて〝戻りたい〞って言っているのか、逆に俺が聞きたい』だったわね」

「……っ!?」


 朱里が言ったのは、新年の挨拶でこのマンションに来た時、緋織が紫苑に対して言い放った言葉だった。

 そしてその言葉で、この日記は〝彼女〞が書いたものだということが確定する。


「何も、当て付けで言っているわけじゃないのよ、緋織。

 ……それには〝紫苑〞の()()()()()()()が載っているわ」

「……っ!?」


「……まあ、読むか読まないかはあなたに任せるわ。緋織」


 朱里の静かな口調に、緋織は心を決める。


 彼は、静かにその本を手に取った。


 ◆


 ⚫月×日


 今日、〝熱ダン〞の収録があった。始まりは深夜の企画番組。それが三年目を迎える長寿番組になって、私も嬉しい。


 今回のバディは翡翠みどりだった。やっぱり翡翠は足が早い。


 収録中、体力がやっぱり男女で違うんだと気付いた。

 もう、前みたいに全力で走っても、限界が来るのが早いと感じる。みんなの足を引っ張らないようにしないと。

 打ち上げは、お世話になっているスタッフさんにお礼とお祝いだけ言って早めに帰ってきた。



 △月⚫日


 今日、出演した番組内で女装をすることになった。

 バレるかとヒヤヒヤしたけれど、番組やカメラの注目は翡翠と黄架に向かっていたし、どうにか大丈夫だった。

 今後この手の仕事は朱里さんに相談して出演するかどうか決めることにする。



 ■月◎日


 今日、出演した番組の収録で、先日の放送を観たという人から「女装姿、可愛かったです」と言われた。

 隣にいた緋織も一緒になって〝似合っていた〞なんていうから、どう返したらいいのいか、一瞬わからなくなった。

 〝紫苑〞は男の子だから、そう思われてはダメなのに。



 ○月★日


 最近、正体がバレてしまう夢をよく視る。朱里さんに相談しても「心配しすぎ」と言われてしまった。

 例え徒労に終わっても、いままで以上に慎重に行動しなければ。


 みんなから軽蔑され、失望され、嫌われる夢なんて、もう視たくない。

 だって〝紫苑〞は、みんなが笑顔になるようにと創った人だから。彼が嫌われるところなんて、みたくない。


 だから、絶対に、バレちゃダメなんだ。




 私は、そっと日記を閉じた。


 この日記は二年前に書いたもので、その日気になったことや次回はこうするといった改善策を書き留めていたものだ。


(……でも、何でここに置いてあるの?)


 机の引き出しにしまっていたはずなのに、なぜだか机の上に置かれていた。


 そしてそれよりも気になること。

 目を覚ますと、私はなぜか朱里さんのマンションにある自分の部屋のベッドで寝ていた。


 起きて早々、朱里さんから事情を聞くと、どうやら私は学園で倒れてしまい、一旦は朱里さんが引き取ることになったらしい。

 恥ずかしい話ではあるけれど、昨日の記憶は倒れる前は勿論のこと、ほとんどが曖昧で、思い出せなかった。


 日記を元の引き出しにしまいながら、私はふとそこに書いていた夢について思い出す。


 実は、最近また視るようになっていた、あの夢。

 視る回数は前ほど頻繁ではなかったけれど、何度視ても言い気分なんてしなかった。


 それもこれも、あの日ここで〝紫苑〞として《Vision》のメンバーと会ってしまったからだろうか。

 それとも、またあの場所に戻りたいと思ってしまった、自分への罰だろうか。


 早めの朝食を朱里さんと摂り、私は学園へ登校することにする。


 倒れた原因は単なる睡眠不足で自己管理の問題なのだから、わざわざ病院へ行く必要はない。

 その旨を朱里さんへ説明すると、すぐに車の手配をしてくれた。


 そして朱里さんの秘書の綿貫さんに送ってもらい、私は神原学園へと登校した。


 授業の準備もあるから、早めの到着をお願いしたところ、私が学園の高等部の正門へと到着したのは午前七時前だった。


 けれど。

 女子寮へ向かう途中の高等部校舎の前に、その人物は静かに佇んでいた。

 

 制服姿ではあるものの、こんな時間になぜいるのだろう。

 仕事の日かも知れないと思いつつ、私はその人物――緋織に言葉を掛けた。


「緋織くん、おはよう。今日は朝からお仕事?」

「……」


 けれど、いつも返ってくる明るい挨拶はない。


「……緋織、くん?」


 明るい朝の日差しが、肌寒い二月の風に含まれながら頬に伝っていた。

 いつもの彼とどこか違う雰囲気を感じ取った私は、小さく首を傾げる。


 そして、その瞳に写る私と〝彼〞を呼ぶ彼の言葉で、私の時間は完全に止まった。


「……おはよう、宮園さん――いいや、〝紫苑〞」


 沈黙。


 その口調は推測ではなく、明らかに断定して呟かれたものだった。


(……バレちゃった、か……)


 私は彼の言葉を否定も肯定もせずに、その言葉が自分の耳の奥に消えるのを静かに待つ。

 そして一度深く息を吐いた。私が彼へと返せる言葉は、ただひとつだけ。


 ずっと言えなかった言葉でもあり、ずっと言いたかった言葉。


「……ごめんね、()()


 私たちの関係は、もうクラスメイトではなくなっていた。


 緋織の顔がさらに険しくなる。

 けれど私は堰が壊れたように、言葉を続けた。


「……もうね、みんなと同じことが、出来ないの」


 バク転くらいなら、恐らくはまだ出来る。

 けれど、私が言いたいことはそう言うことではないのだと、改めて口を開いた。


「……最初はね、女の子のアイドルもいるんだから、私にも出来るって思っていたの。でもね……最後の壁は、どうしても越えられなかった」


 私と()()とを隔てる、唯一の壁。


 それは、〝性別〞だった。


 これだけは、どんなに努力を重ねても、変えることが出来なかった。


「〝紫苑〞は、あくまで男性アイドルだから、女性らしいところを見せちゃいけないの」


 少しの隙も見せない。どんな時も一人の男性アイドル〝紫苑〞として行動する。

 

 それが、私が〝紫苑〞に課した条件。


 そのためなら、体力作りや声の出し方、出来うることはすべてやった。

 けれどどんなに取り繕っても、男子のような成長期が私に訪れることはなかった。


 その限界を感じたのが、二年前の暮れのこと。


 例え仮にこれまでと同じパフォーマンスをずっと出来たとしても、これから《Vision》が築いていくであろう今以上のパフォーマンスを、彼らと一緒に作っていくことができない。自分は足を引っ張るだけ。そう、嫌々ながらも理解した。


 努力だけでは、どうにもならないこともある。

 その冷酷で当たり前の現実を、まざまざと見せつけられた気がした。


「そんな時、お母さんの母校での話を思い出したの。〝思い出にずっと残るような素敵な学生生活を送ってね〞って。


 私にとって、高校生活は〝紫苑〞ではなかった時間で、ただそれだけだった。だから、一個人の宮園紫として学生生活を送れば、そっちが楽しくなって、また〝紫苑〞としてみんなと一緒にいたい、なんて思わないかもしれないって……そう思っていたの」


 このままではきっといずれボロが出してしまう。そう判断して、私は都合のいい〝お母さんの夢を叶えたい〞なんて、適当な理由を見つけて、何も告げずに彼らの前から姿を消した。


「……でも、どうしてもダメだった。何をやっても〝私〞の中から〝紫苑〞は消せなかったの」


 もし〝紫苑〞だったら。

 そんなことを日常のふとした場面で考えてしまうほどに、〝紫苑〞は私の中の深い場所に存在していた。


 けれどそれは、〝紫苑〞の正体がバレてもいいということと同義にはならない。なってはいけない。


 ――もし〝紫苑〞が女であることが知られたら、メンバーやファンはどう思う?


 騙されていた。

 偽られていた。

 気持ちが悪い。


 その言葉が〝私〞だけに向けられるのなら、辛いけれど事実だから受け入れられた。


 ――けれど、その矛先が《Vision》の他のメンバーにまで向かってしまったら?


 そんなの、耐えられる気がしなかった。

 《Vision》は大切な人たちと一緒に作ったものだから。


 そしてたくさんの時間考えて、ようやく導きだした答え。


『女だとバレる前に、〝紫苑〞として〝紫苑〞のまま《Vision》を辞める』


 その答えにしか、辿り着けなかった。


「〝紫苑〞」


 それまで私の長い話を黙って聞いてくれていた緋織が、その名前を呼ぶ。


「今年の始めに、社長のマンションでお前に対して言ったことは……言わなかったことにはしない。実際、お前には言いたいことがたくさんあったし、言ったことには後悔してない。


 でも。ごめん」


 そう言って、緋織は深々と頭を下げた。

 私は一瞬で動揺する。


「どうして、緋織が謝るのっ? みんなに嘘を吐いていたのは、騙していたのは、私の方なんだよ……っ?」


 緋織は頭を下げたまま、言葉を続けた。


「俺たちは仲間チームだろう? 辛いことも苦しいことも、嬉しいことも楽しいことも、全部分かち合って乗り越える。


 ――それが俺たち《Vision》のはずだったのに。


 なのに……お前の辛さに、苦しみに俺たち全員が気付いてやれなくて、この三年……ずっと一人で背負わせて……本当にごめん」


 視界が揺らぐ。

 なじられるならまだしも、謝られるなんて思っても見なかった。


 上げられた顔にある瞳は真っ直ぐに私へと向けられていて、逃げられなかった。


 胸の奥から、何かが溢れてくる。


「〝紫苑〞――お前は俺たちの中で誰よりも〝みんなに夢を与える〞ってことを大切にしてた奴だってこと、横で見ていた俺が一番知ってる。俺はそれが嬉しかったし、そんなお前と仕事が出来ることが誇らしかった。それは、お前の正体を知った今も変わらない。


 男でも女でも、お前が《Vision》の〝紫苑〞であることに違いはないだろう?」


 胸に込み上げるその感情が、その緋織の言葉を聞いて、瞳から溢れだした。


 ああ。私は、その言葉がほしかったんだと、その言葉を聞いて、はじめて理解する。

 

 そして緋織のその言葉を聞いて、私の中でたったひとつの願いが生まれた――否、その願いに気付いた。


「わ、私……っ」


 叶うのなら。願ってもいいのなら。

 あと一度だけ。もう一度だけ、〝私〞は……


 《Vision》の〝紫苑〞として生きたい。


 紫:いよいよ次回が最終回……うー。緊張してきた……

紫苑:紫、落ち着いて。僕が一緒だよ。

 紫:うん……って、ええ!? 紫苑!? 何で隣にいるの!? これは夢!?

紫苑:夢でもいいんじゃないのかな。

   だって、僕たちは〝夢を与える〞アイドルだよ?

 紫:そう、なのかな? そう言う言われたら、そうだねって答えるけど……

紫苑:君が信じたいことを選んで、紫。

   でも、もうそろそろ次回の予告をしないと。

 紫:そうだよね! 最後は紫苑も一緒に!

紫&紫苑

  :次回、2話同時更新予定!

   『24th Stage 私の覚悟! 〝紫苑〞としての最後の舞台!!』、

   『Last Stage 遥か未来へ! 《Vision》を越えて!!』

   お楽しみにね!!

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