24th Stage 私の覚悟! 〝紫苑〞としての最後の舞台!!
大変お待たせいたしました。いつもご覧いただきありがとうございます!
最終話も同時投稿ですので、合わせてお楽しみいただければ幸いです。
それから、約一ヶ月後。 フランスはパリ。
「〝お疲れさまでした!〞」
私は会場にいるローズモンドの会社のスタッフたちに労いの言葉をかけた。
「〝お疲れ様、紫〞」
「〝さっきはありがとう! おかげで助かったわ〞」
その会社の中で返事をしてくれる顔見知りも何人か出来ていた。
その中でも特に見知った顔を見つけ、私は一瞬安堵の息を漏らす。
「ジュリエット! ……私フランス語、ちゃんと話せてた?」
「辿々しくはあるけど、わからないことはないわ」
私の問いにジュリエットはウインクして日本語で答えた。
「……もっと勉強します」
最初の頃はジュリエットに通訳してもらっていたのだけれど、彼女も仕事を抱えている身。だから私も出来る限りは自分で話せるようになろうと、フランス語の勉強を始めていたのだ。
「〝ユカリ〞」
背後で名前を呼ばれて振り向く。そこには社長のローズモンドが立っていた。
一流の経営者でありトップデザイナー。
私が敬愛する人の一人だ。
「〝ローズモンド。お疲れ様です! とても素晴らしかったです!〞」
真っ青なブルーのスーツを身に纏う彼女のその青い瞳は、洞察力に優れていた。
彼女は英語に切り替えて私に話しかけてくる。
「……〝貴女もご苦労様。今日はゆっくり休んで――と言いたいところだけれど、もうあちらへ戻るのでしょう?〞」
優しさに溢れたローズモンドの言葉が、胸に響いた。
「〝はい! 私には、やることがまだ残っているので〞」
それは私にしか出来ないこと。
そして彼女は、去り際にも言葉を残していった。
「〝四月からのあなたの働きに期待するわ〞」
「〝はいっ! ありがとうございます!〞」
私はローズモンドにお礼を言って、私は一足先に会場を後にする。
向かう場所はただひとつ。〝紫苑〞にとっての最後の舞台だ。
緋織に〝紫苑〞の正体を知られたあの日。
私は朱里さんに連絡をして、宮園プロダクション本社に《Vision》メンバーとマネージャーの捺花さんを集めてもらうよう頼んだ。
そしていつきさんの許へ行き、〝紫苑〞の姿にしてもらった上で、私は集まった全員の前に立った。
「みんなに、話があるんだ」
会議室に集まった全員の顔を見渡して、〝私〞は静かに口を開く。
全員の視線が向けられるなか、被っていたウィッグを外し、声を普段のものへと戻す。
「私の本当の名前は宮園紫――宮園プロダクションの社長、宮園朱里の姪で、この一年、みんなと同じ神原学園に通っていました」
「……っ!?」
驚く者。
知っていた者。
薄々気付いていた者。
その場にいた者全員が、一様な反応を浮かべることはなかった。
そして様々な視線が向けられる中、私はすべてを話した。
〝紫苑〞になった経緯。
《Vision》の〝紫苑〞として活動した三年間。どうなりなかったのか。どうありたかったのか。
そして。
〝私〞と〝紫苑〞の間で生まれた葛藤。
学園に編入してからのことも、すべて話した。
「……〝紫苑〞が女だってバレる前に《Vision》から離れれば、誰にも迷惑をかけないって思ったの。でも――」
でも、それは間違いだった。
「本当は……みんなやファンに〝紫苑〞が女だってバレるのが怖かった。もしそうなったら全員から拒絶されて、〝紫苑〞が《Vision》にいられなくなる、そう思ったから。
結局、私はあなたたちに本当のことを言う勇気もなくて、この一年間、ただ逃げていただけなの」
私は拳を握りながら、視線を下に向ける。
きっと朱里さんとの賭けがなくても、私は同じようなことをして、彼らから逃げていたはずだ。
「……」
その場にいた全員が、静かに私の話を聞いていた。
彼らの方を向くのが怖かった。正直、まだ彼らと正面に立って向き合うのは恐ろしい。
それでも、覚悟は出来ていた。
私の逃げていた足が止まったのは、あの日。
「だけど、あの日――お正月に会った時……みんなが〝待ってる〞って言ってくれて……その言葉を聞いて、みんながまだ〝紫苑〞を《Vision》のメンバーだって思っていてくれたことが……それが、とっても嬉しかった」
彼らの前から黙っていなくなった〝私〞に、向けられることなんて思わなかった言葉だった。
あの時、本当は辛かった。これ以上、彼らを偽ることが、苦痛で苦痛で仕方がなかった。
本当はすべてを打ち明けて、謝って、許してほしいと言いたかった。
でも、彼らを偽っていた私への罰だと思ったら、何も出来なかった。
もう、あの時と同じことはなしない。
今ここで彼らと向き合う以外に、私がすべきことはないのだ。
例え彼らからどう思われたとしても、私は私の決めたことを告げるために、再び口を開く。
(……大丈夫)
〝彼〞がくれた言葉が、私の背中を押してくれた。
「本当のことを黙っていて、ごめんなさい。みんなを偽って、騙して……本当に、ごめんなさい。
我が儘なのは重々承知です。でも、お願いします! もう少しだけ私は〝紫苑〞でいたいんです!」
私は深々と頭を下げる。
「…………」
再び沈黙が続いた。
どのくらい経ったのかもわからなかった。
「顔を上げて。〝紫苑〞」
はじめに口を開いたのは、緋織だった。
その声は以前と同じように〝紫苑〞を呼んでいた。
「確かに、お前は俺たちに色んなことを黙っていた。でも、俺たちの前にいた〝紫苑〞は、いつだってお前だっただろう? それは、偽っていたことや騙していたことにはならないよ。
朝にも言っただろう? 男であっても女であっても、俺にとっての〝紫苑〞はお前だけだって」
「……っ!?」
どうして、そんな言葉をくれるんだろう。
けれど、そう思っていたのは、彼だけではなかった。
「……はっきり言って、俺は全然理解が追い付かないんだけど……」
「みどりんはほんとそういうとこ脳筋だよね~。あんなに〝熱ダン〞一緒に出演してたのにさ」
「橙羽、どういう意味だよ」
「〝紫苑〞はずっと〝紫苑〞だったよ、翡翠」
「で、でも、また〝紫苑〞くんと一緒に活動できるってことですよね?」
「黄架。そうじゃないだろ? 一度〝紫苑〞本人が体力的に限界だって思って身を引いたんだから、今後の活動の継続は難しいだろう」
「……そ、そう、なんですか……?」
メンバー全員の視線が、〝私〞へと集まる。
「――それで。お前はどうしたい? 〝紫苑〞」
緋織はまた〝私〞に言葉を訊ねてくれた。
そしてみんなは〝私〞の言葉を静かに待ってくれていた。
「私は――」
私は思いを告げる。今度こそ、後悔しないために。
彼らが《Vision》のメンバーで、彼が《Vision》のリーダーで、本当に良かった。
そしてその後、《Vision》メンバー全員でたくさん話して、悩んで、ひとつの答えを導き出した。
けれど。
「え……っ!? どういうこと……!?」
パリのシャルル・ド・ゴール空港へ到着した私を待っていたのは、信じられない事実だった。
◆
《Vision》の初単独ライブ、前日の土曜日。
緋織たちは、ゲネプロでライブ会場へと来ていた。
それは、着々とリハーサルが進む中で音響の音量のチェックで僅かにとられた休憩時間のこと。緋織は、ふと捺花の電話に出る姿が目に付いた。
「もしもし? ああ、紫ちゃん。お疲れさま。どうしたの?」
よく知る人物の名前が聞こえたと思った矢先。視線の先にいる彼女の顔が、徐々に真剣な顔つきになった。
「……落ち着いて、紫ちゃん。大丈夫よ。ちょっと待ってね」
捺花はそう告げると足早で会場の外扉の奥へと消えていく。緋織は胸に一抹の不安がよぎりつつも、それ以上を知ることは出来なかった。
やがてゲネプロを再開しようと指示が出た時、出ていく時よりも険しい表情の捺花が、会場の手前の席に座って全体を見ていた朱里に声を掛けていた。
「社長。実は――」
朱里は捺花から何かを耳打ちを受けて、舞台の端に立っていたプロデューサーの名を呼ぶ。
「冨士さんと岸沼さん。少しいいかしら? 火急な件で、プログラムを調整したいの」
朱里の言葉に、音響監督の岸沼が眉間にシワを寄せる。
「おいおい。変更なんて今さら聞けねえよ」
「いいえ。調整をお願いしたいの。プログラムの七番から」
その言葉を聞いて、緋織はとある節に思い当たる。
朱里がプロデューサーと監督の二人と退席したところで、緋織は捺花に駆け寄った。
「……〝紫苑〞に、何かあったんですか?」
緋織の後に続くメンバーの視線に、捺花は隠していても仕方ないと言わんばかりに一息吐き、静かに告げる。
「さっき、フランスにいる〝かの――〝彼〞から、今日乗る予定だった飛行機が、機体のエンジントラブルで欠航になったと連絡があったの」
「……っ!?」
捺花は全員の見開かれた瞳に、振替輸送か別便で帰国するかがわかってから、再び連絡がくる予定だと続けた。
「それで……明日のライブには間に合うの?」
橙羽がメンバー全員が考えていたであろう言葉を代弁する。
「便によるとは思うけれど……」
捺花は持っていた携帯端末でマップを開き、フランスとの飛行機の運行状況を画面に表示した。
フィンランドのヘルシンキ空港で乗り継ぎに上手くいけば、約十二時間から十三時間、そうでなければ約二十時間を要するという。
「そんな……っ」
〝彼〞の最速到着時刻を計算したのか、黄架が声を上げる。
「開演ギリギリじゃないですか!」
つまりそれは、この三年間の〝彼〞の活動の中で、唯一の遅刻になるということだった。
「あなたたち。何をしているの?」
いつの間にか、朱里の姿が会場に戻って来ていた。
「あなたたちは、明日観客に最高のパフォーマンスを見せるために、全身全霊を賭けなさい」
朱里は「早川」と捺花を呼び、再び会場奥へと向かう。
「……社長の仰る通り、みんなは明日のライブに専念して。あの子も、それを望んでいたわ」
捺花は去り際に《Vision》のメンバーへそう言葉を残し、その場を後にした。
(……〝紫苑〞)
緋織は、先日《Vision》のメンバー全員で決めた〝紫苑〞の今後について思い出していた。
一体、どうすればよいのだろうか。
そして時は刻一刻と過ぎていき、それから丸一日が経過した。
時刻は午後五時を回り、ライブ本番までいよいよ一時間を切っている。
「――ええ、わかったわ!」
控え室にいた捺花が電話を切り、その内容を朱里へと伝えた。
「今、空港からタクシーでこちらへ向かっているとの言っていたので、あと一時間もあれば到着出来るかと」
「……やっぱり、ギリギリね」
開演前まであと一時間。
それに加え、〝紫苑〞の準備をしなければならないと考えると、当初予定していた五曲目からの参加も難しいところだった。
プロデューサーが苦渋の顔色で告げる。
「――仕方ないな。昨日の調整通り、紫苑の登場は最後までずらす、でいいんですね? 宮園社長」
「ええ。問題ないわ」
〝紫苑〞の体力を考えて組まれていたプログラムも、昨日の調整で大幅に出番がカットされていた。
「あのう……っ!」
緋織は椅子から立ち上がって、二人の責任者へ言葉を投げる。
「何かしら? 緋織」
緋織は昨日から考えていたことを口にした。
「――ひとつ、お願いがあります」
◆
羽田空港の国際ターミナルに着いたのは、定刻通りの十六時二十分だった。
「すみません! 急いでいるので、なるべく早くお願いします!」
搭乗口にから急いでタクシー乗り場へ向かい、運転手へ目的地を告げる。
普通なら最短で三十分という道のりだった。
けれど、くしくも日曜日の今日は、毎年この区で行われているマラソンの日程と被っていたらしく、コース自体は既に解放されているものの、緩い渋滞が続いていた。
高速を降りた先でテールランプが延々と続く道のりは、一分が三倍にも十倍にも感じられるほど長かった。
先ほど捺花さんには連絡したけれど、既に空港から出発して一時間近くが経過していた。
時刻は午後五時半。開演時間の午後六時には、どうしたって間に合わない。
(……ううんっ。〝私〞は、最後まで諦めたりしない!)
最後のその一秒。〝私〞が〝私〞である限り、その瞬間まで、決して諦めたりしない。
「捺、花さん!! すみません……っ! 遅く、なり、ましたっ!」
私は関係者の入り口で待っていた捺花さんの許へ駆け寄る。
「紫ちゃん!? まさか、走ってきたの!?」
息を切らす私に、捺花さんはたくさん言いたいことがあるような表情をした。
けれど。
「さあ、こっちよ!」
捺花さんは何も言わず、何も訊かず、会場の奥へと私の背中を押してくれた。
通された控え室には、いつきさんが鏡台の前の椅子をこちらへ向けて待っていた。
「待ってたわよ! 〝紫苑〞」
準備万端と言わんばかりないつきさんに迎えられ、私は席に着く。
「お願いします! いつきさん!」
「任せなさい! 先生は三十分でやってのけたんでしょう? 師を越えるのが弟子の務めよ!」
いつきさんの力強い言葉に、私もつられて頷いた。
そして私は眼を閉じて深呼吸をし、〝彼〞のなるためのスイッチを入れる。
扉を隔てた舞台の裏からでも、MCをする彼らの声が聞こえた。
遂に、いよいよだ。
『本来なら、次の曲で最後なんだけど、その前に――!』
『今日、この時のために駆け付けてくれた人を紹介しないとな!』
『みんな~ぁ! 準備はいい~っ!?』
『《Vision》にはやっぱり、〝この人〞がいないとね!』
『確かに。〝あいつ〞がいないと、俺たち締まらないからな!』
『色的にもね!』
『それじゃあ、登場して歌って貰おうか!!』
『〝紫苑〞でソロ曲――〝いつかのviolet〞!』
イヤホンから聞こえてくるのは、耳の奥に何度も刷り込ませた前奏。
脳裏に一瞬だけ、かつてのレコーディングの風景が浮かんだ。
それは、〝紫苑〞にとって、思い入れの曲だった。
初めてのソロ曲。
開け放たれた扉からは紫色のスモークが立ち込め、視界に映った会場も、同じ色の照明に染められていた。
それは〝紫苑〞の色。
スタッフの人の合図とともに、〝私〞は会場へと飛び出した。
スモークの冷たい感覚が、足元に伝わってくる。
改めて、そこに立つ覚悟を再確認した。
自分の勝手で抜けたこの場所に、もう一度立つことが叶うなんて。
色々な感情が込み上げてきたけれど、今はそれよりも。
(――今まで以上に全力で、来てくれた全員を楽しませる!)
――これが、《Vision》の〝〝紫苑〞としての最後の舞台なのだから。
歌い終わると、自然と会場のどこからともなく拍手が沸き起こっていた。
それを聞くだけで、目にするだけで、ここに来て良かったんだと、すべての人の想いが伝わってくる。
〝私〞がマイクに口を近付けると、その音は静かになった。
「……ええ、まずは、ファンの皆さん。本日は会場に足をお運びいただき、ありがとうございます。
本来なら次の曲で最後だったところを、《Vision》メンバーやスタッフの皆さんのご厚意で、僕の初めてのソロ曲と、皆さんにこうしてお話するお時間を入れていただきました。
そのお時間をお借りしまして、この一年間の僕の活動休止の理由について、皆さんにお話しさせていただきたいと思います。
まずはこの一年間、メンバーやスタッフ、関係者を始め、《Vision》ファンの皆さん全員に、ご心配とご迷惑をおかけしてしまいましたこと、深くお詫びいたします。本当に申し訳ありませんでした。
活動休止の理由については様々な憶測が世間で流れておりますが、そのすべては僕一人に原因があり、他のメンバーや所属するプロダクションとは一切関係がないことを、この場で明言させていただきます。
僕が活動を休止していた理由――それは、僕自身がこれまでに想い描いていた〝アイドル〞としての理想像と、徐々にかけ離れているように感じてしまったからです。
この三年間、アイドルとして〝見ている人全員を笑顔にし、元気を与える存在になる〞という目的で活動してきました。
特に《Vision》というチームやメンバーと出会い、〝紫苑〞として活動してからは、毎日が楽しく、日々成長していると実感出来る、とても幸福な時間でした。
……さて。ここで皆さんに一つ、ご報告があります。
本日、この場を持ちまして《Vision》のメンバー〝紫苑〞は、正式に《Vision》から脱退します。
突然こんなことを、それも《Vision》が初めて迎えるこの晴れやかな舞台の上でご報告する形になり、僕自身、とても複雑な気持ちではあります。
ですが、これは僕にとってのけじめであり、覚悟でもあります。
ファンの皆さんにおかれましては、僕のこの勝手をご理解いただきますよう、伏してお願いいたします。
《Vision》の〝紫苑〞として活動した、この三年間におけるすべての時間は、僕にとって……掛け替えのない宝物です。
僕は《Vision》が大好きです。そしてメンバーだけでなく、ファンの皆さんや、これまでの活動の中でお会いし、関わったすべての皆さんと過ごし、作り上げたすべての時間は、生涯、この胸の中から消えることはありません。
最後になりますが、どうぞこれからも、《Vision》をよろしくお願いいたします。
三年間、本当にありがとうございました――!」
〝私〞はマイクを口から離し、床に置こうとする。
けれど、その時。
『そのお礼とマイクを置くのは、まだ早いんじゃないかな!? 〝紫苑〞!!』
――えっ?
『本日までなんだろ? だったら、あと一曲は歌って貰わないとな』
――どうして?
昨日もらったプログラムの変更の連絡では、確かにこの後、〝私〞は退場する予定だった。
『まさか、久しぶりに歌ってバテてる、なんてことないよねえ~? 〝紫苑〞?』
そして先ほどからかかっているBGMは、間違いなくあの曲だった。
『ぼ、僕たちだって負けないよ!』
――みんな……
それは、私が今日のプログラムで最初に歌うはずだった曲。
『どれだけ道が離れても、俺たちの目的は変わらない、だろ?』
流れる音楽に、七色に煌めくライト。
私の脳裏には、一年前の入学式の光景が浮かんでいた。
『それじゃ、〝紫苑〞も一緒に歌おうよ!』
あの時は、もう一緒に歌うことはないと思っていた曲。
そして《Vision》メンバー全員の声が重なる。
『ラストはこの曲――聞いてください! 7thシングル〝君とともに〞!!』




