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武芸百般の退魔師5

 ユリアを背中に担いで、百段もの階段を登りきる。

 体力自慢の玲児であろうと、それが非常に困難なことであることは、容易に想像できた。

 だがその予想に反して、彼はそれほど疲労を感じることもなく、ユリアを担いだまま階段を登りきってしまう。


(そういや、今の俺は悪魔さえどつき回せるほど、体力があるんだったな)


 まだいまいち実感としては乏しいが、自身はすでに死んでおり、今は魂だけが人形に憑依している状態となっている。

 だからなのかは知らないが、生前と比べてその身体能力は大きく向上し、このていどの運動くらいで疲労を覚えることは、なくなっていた。


 もっとも体力に問題はなくとも、自身よりも見た目が幼い少女に、こうもこき使われるというのは、やはり気分が良くない。

 階段を登りきったというのに、未だに玲児の背中から下りようとしないユリア。

 玲児は首を回し、背中にいる彼女を鋭く睨んだ。


「テメエ……さっさと背中から下りやがれ。

 重てえだろうが」


「女性に重たいとはデリカシーのない奴め。

 このわしをおぶれるなど役得じゃろうに」


「ふざけたこと抜かしてんじゃねえ。

 さっさと下りねえと、階段の下に振り落とすぞ」


「それは怖い。

 もっと強く抱きつかねばならぬな。

 えい、胸を背中にぎゅっ」


 ふざけた調子で、自身の胸を背中に押し当ててくるユリア。

 フィリナほど豊満ではないものの、確かに伝わる胸の柔らかな弾力に、玲児は紳士的に前言を撤回する。


「しっかり捕まっていろユリア。

 何だったらそのまま離れなくても構わねえぞ」


「そうか?

 だがそれはさすがに疲れるからの、仕方ないから離れてやるわ」


 言うが早いか、ユリアがパッと背中から離れ、地面に着地する。

 離れろといえば頑なに離れず、離れるなといえばあっさりと離れる。

 何とも天邪鬼な性格といえる。


 玲児の前に進み出たユリアが、犀川神社を見回して、「おお」と感嘆の声をもらす。


「なるほど。

 なかなかに趣があり、良いところではないか。

 して、参拝とはまず何をするものなのじゃ?

 神にささげる供物として人間を磔にでもするのかの?」


「何でだよ」


 半眼でうめく玲児。

 ウキウキと肩を弾ませて、ユリアが頬を紅潮させている。

 その見るからにはしゃいでいる彼女に、フィリナが何かを探るように視線を上げて、口を開く。


「宗派により多少異なるようですが、神社協同組合というウェブサイトには、まず手水舎にて心身を清めるとありますね。

 えっと……ああ、あれが手水舎です」


 フィリナが指差す先に視線を移し、「そうか。

 では早速取り掛かろう」と、ユリアが嬉しそうに手水舎に駆けていく。

 実年齢は八十を超える彼女だが、神社で参拝するという初めての体験に無邪気に喜んでいるその様子は、見た目通りの少女であるようだ。


 フィリアがユリアのそばに近寄り、手水舎にある柄杓を手に取って、その使い方を説明する。

 フィリナの言葉を聞きながら、ぎこちなく手を洗うユリアを眺めつつ、玲児も二人のもとへ向かおうと、足を一歩踏み出した。

 するとそこに――


「自ら姿を現すとは良い度胸だ。

 悪魔よ」


 刃のように鋭利な声が聞こえてきた。


 踏み出した脚を止めて、きょとんと目を瞬かせる玲児。

 先程聞こえた声は、ユリアやフィリナとは異なる女性の声だった。

 玲児は手水舎で戯れる二人から視線を外し、拝殿の方角に向き直った。

 先程まで人影のなかった参道。

 そこに今、一人の女性が立っている。


 十代後半と思しき女性だ。

 三つ編みした艶のある長い黒髪。

 赤みを帯びた健康的な肌。

 切れ長の黒い瞳に、意志の強さを感じさせる、引き締められた唇。

 白い小袖に赤い袴という服装で、その姿から彼女がこの神社に務める巫女であることが知れた。


 その黒髪の女性以外に、周囲には誰の姿もない。

 どうやら先程の声は、彼女のものであるようだ。

 しかし、改めてその言葉の内容を思い返し、玲児は首を傾げた。


(……聞き間違いか?

 悪魔って言っていたような気がしたが……)


 参道に立つ黒髪の女性。

 その彼女の鋭い瞳は、一心に玲児へと向けられていた。

 となれば、彼女が話し掛けた相手というのは、必然的に玲児だということになる。


 しかし当然ながら、玲児は悪魔などではない。

 女性の言葉に眉をひそめる玲児。

 するとふと、彼は女性の左手に細長い棒状の何かが握られていることに気付いた。


 それは何と――黒塗りの鞘に納められた日本刀であった。


 日本刀の柄に右手を触れる女性。

 小さく息を吐くと同時に、女性の右手が掻き消え、次の瞬間には、彼女の右手に鈍色の刃が握られていた。

 正真正銘の日本刀に見える。

 模造刀の可能性もあるが、その狂気を孕んだ刃の輝きは、玲児の緊張を否応なく高めた。


 凶器を手にした女性に、玲児は混乱しながらも、目尻を吊り上げて怒声を上げた。


「――っ、テメエ!

 そりゃあ何の真似だ!?」


「何の?

 知れたこと。

 囚われた魂に救済を与える」


「何を言ってやが――」


 玲児が話し終えるのを待たず、女性が刀を構えて突撃してきた。

 玲児は軽く舌打ちすると、瞬時に気持ちを切り替え、女性の動きに意識を集中した。


 玲児の首筋めがけて、女性が刀を切り上げる。

 女性の身のこなしは、そこらの不良などより遥かに鋭く、その振られる刃には一切の躊躇がなかった。

 女性の振るった刃を、半歩後退して躱す玲児。

 鼻先を掠める刃を見送り、玲児は素早く一歩進み出た。


 女性が驚愕に目を見開く。

 刃を躱されるとは思わなかったのだろう。

 確かに鋭い一閃ではあったが、ユリアの守護隷として生まれ変わった玲児には、たかだか人間が振るった刃を躱すことなど、造作もないことであった。


 女性の懐に入り込んだ玲児は左拳を素早く振るい、彼女の右手に握られた刀の鍔を叩いた。

 女性の手から刀が弾かれて、音を立てて参道を転がる。


「――っく!」


 女性が大きく後退する。

 右手首を左手で押さえ――刀を弾かれる際に多少痛めたのだろう――、玲児を睨む女性。

 苦々しい表情の彼女に、玲児は怒りを抑えて尋ねる。


「この神社じゃあ、参拝客を刃物振り回しておもてなしするのかよ?

 ああ?」


「……参拝客だと?

 ふざけたことを。

 お前こそ一体、この神社に何の用だ?」


「だから参拝だって言ってんだろうが」


「そんな戯言、私が信じるとでも思ったか?」


 参拝の何が戯言なのか。

 どうにも会話が噛み合わない女性に苛立ちつつも、玲児は手水舎の方角に振り向いて、声を荒げた。


「おい、ユリア!

 お前からもこの女に、俺達が参拝にきたことを話し――」


 ここで玲児は、手水舎にユリアの姿がないことに気付く。

 きょとんと目を瞬かせる玲児。

 その時、ふと拝殿の方角からユリアとフィリナの話し声が聞こえてきた。

 拝殿に視線を向けるとそこには、賽銭箱を前にして朗らかに会話している、二人の姿があった。


「ここに金を投げ入れると言うわけじゃな。

 何ともがめつい神様もいたものじゃのう。

 ところでカードは使えんのか?

 この神社を立て直せるほどにくれてやってもよいぞ」


「電子決済ができる神社も中にはあるようですが、犀川神社では使えませんね。

 あとお金は多ければ良いというわけでもありません。

 ここはベターに五円玉を使いましょう」


「ふむ、分かった。

 ほれっと……む?

 金が格子に弾かれ箱から外れてしまったな」


「あら、ふふふ……強く投げすぎなんですよユリア様。

 はい、ではもう一枚」


「すまぬすまぬ。

 参拝など初めてでのう、力みすぎてしもうたわ。

 はっはっは」


「ふふふ、可笑しいですねユリア様」


「ははは、愉快じゃのうフィリナ」


「くぅおおおおおおおらあああああ、テメエらあああああああああああああああ!」


 和やかに談笑している二人に向け、玲児は喉が裂けんばかりに叫んだ。

 賽銭箱の前にいる二人が、きょとんと目を丸くして、玲児へと同時に振り返る。

 玲児はダンダンと駄々っ子のように地団太を踏みながら、穏やかな日常を満喫する二人に非難の声を上げた。


「こちとら訳が分からず命が狙われているっていうのに、何を朗らかに話してやがる!

 もっとこう『何者だ!

 』的な、緊張感を持ちやがれってんだ!」


「い……いやらぁ……やらぁのぉ」


「ぶりっこしながら拒否るんじゃねえ!」


 がなる玲児に、ぶりっこしていたユリアが、やれやれと肩をすくめる。


「何度も言わせるでないレイジ。

 お主は、わしの穏やかな死後生活を守るために、存在するのじゃぞ。

 このような些事、わしの関係ないところで勝手に解消しておくれ」


「些事って……ちょい待て!

 じゃあこれもお前がらみのトラブルってわけかよ!?」


「そりゃそうじゃろ。

 その女は退魔師で、死霊魔術師の天敵のようなものじゃからな」


 当然のように言われたユリアの言葉に、ポカンと口を開けたまま硬直する玲児。

 間抜け面をする彼に、ユリアが仕方ないとばかりに、頭を振る。


「このような些事に係わることは本意ではないが、少しばかり説明しておいてやる。

 わしら死霊魔術師は、魂を捕らえて使役する術者じゃ。

 そんな合理的なわしらとは異なり、そやつら退魔師は、魂を浄化――平たく言えば殺すことを旨とする。

 奴ら退魔師にとって魂は神聖なものであり、それを利己的に扱う死霊魔術師を目の敵にしておるわけじゃよ」


「はあ!?

 じゃあこの女が、俺に斬り掛かってくるのは――」


「お主の魂を浄化しようとしているわけじゃな。

 まことに怖いことじゃ」


 自分を抱きしめて、わざとらしく体を震わせるユリア。

 だが玲児にそんなおふざけをする余裕などない。

 黒髪の女性が口にしていた、囚われている魂を救済するとは、つまり人形に封じ込められている玲児の魂を、あの世に送るという意味なのだろう。


 玲児は「くそ!」と毒づくと、再び黒髪の女性――退魔師に視線を向けた。


「偶然にも退魔師とやらに出くわしちまったってことかよ……運が悪いな」


 思わず口を突いた玲児の愚痴に、退魔師が怪訝に眉をひそめた。


「……運が悪い?

 私はこの犀川神社の家系に連なる者だ。

 犀川神社の神主は代々、退魔師として悪霊や悪魔と戦ってきた。

 ウェブサイトにもそう記されているはずだぞ」


 退魔師の言葉に、玲児はピタリと体を硬直させる。

 オイルの切れた機械のように、ギギギっと軋み音を立てて首を捻り、ユリアを見やる。

 ユリアが胸を張り首肯した。


「当然、知っておった」


「うおいコラアアアアアアアアア!」


 再び絶叫して、玲児はユリアを睨んだ。


「退魔師がいるって分かってんなら、神社なんて来るんじゃねえよ!

 何考えてんだ!」


「そんなの関係あるか。

 わしは自分の思うままに死後生活を送るまでじゃ。

 退魔師がいるからと、参拝を取りやめるなんて、まっぴらごめんじゃよ」


「少しは我慢しやがれ!

 テメエのまいた種でもあるんだろうが!」


「その種から芽吹いた雑草を刈り取るのが、お主の仕事じゃ。

 ほれ、もうよかろう。

 わしはまだ参拝の途中なんじゃ。

 それに、退魔師もいい加減待ちくたびれておるぞ」


 これで話は終わりだと、ユリアが玲児から視線を外す。

 ギリギリと歯ぎしりする玲児。

 だが再びフィリナと談笑を始めたユリアに何も言えず、嘆息して退魔師に振り返った。


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