表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/26

武芸百般の退魔師6

「……待たせて悪いな。

 ところでものは相談なんだが……見逃してくれねえか?」


「……そちらにもいろいろと都合があるようだが、悪いがそれはできない」


 退魔師が瞳を鋭く細め、きっぱりと言う。


「お前はすでにこの世に存在しない。

 この世界に留まり続けることそれ自体が、世界の理に反している。

 不運にも死霊魔術師の道具となり果てたその魂、私が救済する」


 ここで退魔師が、躊躇うように僅かな沈黙を挟んだ後、さらに言葉を続ける。


「ところで……あの少女の名前はユリア……というのか?

 まさかとは思うが、お前を使役する死霊魔術師は、あのユリア・シンプソン=ロクスバーグなのか?」


「あ?

 ユリアのことを知ってんのか?」


 眉をしかめる玲児に、「やはりそうか」と退魔師がギリリと奥歯を噛みしめ――


 その瞳に強い憎しみの炎を燃やした。


「知るも何も……退魔師の間でも、その死霊魔術師の名前は有名だ。

 自身の顕示欲のためだけに、多くの魂を無残に破壊したという、稀代の悪党としてな。

 寿命を終えた後も、魂を移して生き長らえているという噂は聞いていたが……まさか日本に来ているとはな」


 話が良くない方向に転がっている。

 それは何倍にも膨れ上がった退魔師の敵意からおのずと知れた。

 自身の失言を激しく後悔する玲児。

 退魔師が、バネを圧し潰すようにキリキリと膝を曲げて、鋭い眼光を瞳に瞬かせた。


「多くの退魔師が彼女に煮え湯を飲まされたとも聞く。

 お前がそのユリアの使役する守護隷とあれば、ますます見逃すわけにはいかない。

 お前を始末した後は、そこにいる青い髪の女性も始末し、ユリアを拘束させてもらう。

 そして、奴が退魔師にしてきた、数々の屈辱的な振る舞いを、清算させてもらうぞ」


「……いやもうほんと……あいつってば生前に何をしてきたの?」


「そのようなこと――口に出せるわけがないだろ!」


 なぜか顔を恥じらいの色に染めて、退魔師が駆け出した。

 玲児は仕方なく腰を落とし、退魔師を迎え打つ。

 彼女が只者でないことは分かったが、素手ならばどうとでもなる。

 そう考えていた玲児。

 その彼の目の前で、退魔師が懐に手を入れて――


 肉厚の斧を取り出した。


「――んな!?」


「くらえ!」


 頭上から振り下ろされた斧を、半身になって躱す玲児。

 虚を突かれたものの、何とか斧を避けた玲児は、素早く脚を振り上げ、退魔師の手から斧を蹴り飛ばした。


 再び素手となる退魔師。

 すぐに彼女が懐に手を入れて、間を空けずに手を引き抜く。

 彼女の手には、短い三本の棒を鎖でつないだ、ヌンチャクが握られていた。


「――どうなってんだ、そりゃあ!」


 退魔師の手品じみた妙技に非難の声を上げながら、玲児は身を屈める。

 彼女の振るったヌンチャクが、髪を掠めて通り過ぎる。

 玲児はすぐさま地面を蹴り、大きく後退した。


 退魔師の動きは見えている。

 だがこうも多様な武器で矢継ぎ早に攻め込まれては、いつか致命的な一撃を受けかねない。

 そう考えて退魔師との距離を空けたのだが――


 玲児はすぐに、その考えが甘かったことを思い知らされた。


 退魔師がヌンチャクを脇に捨て、袴をばさりと上にまくり上げる。

 そして、太腿に巻かれていたベルトから二丁の拳銃を引き抜き、その銃口を玲児に向けてきた。


 まさかの飛び道具に、玲児は泡を喰ったように声を荒げる。


「ちょちょちょ……テメエ、退魔師でも日本で拳銃は駄目だろうが!」


「市販のエアガンを改造しただけだ。

 人体程度なら問題なく破壊できるがな」


「退魔師つうよりただの殺し屋――ぬお!」


 退魔師が引き金を絞るとほぼ同時、玲児の足音にある石畳が弾ける。

 本物の拳銃など見たことないが、退魔師の改造エアガンの威力は、本物と遜色ないように思えた。


 境内を駆け回りながら、連射される退魔師の銃弾から身を躱し続ける玲児。

 殺意をたぎらせる退魔師の眼光――魂の救済が目的じゃないのか――に戦慄していと、そんな彼のもとに、ふとユリアとフィリナの会話がもれ聞こえてきた。


「神様にするお願いごとは、もう決めていますか?

 ユリア様」


「無論じゃ。

 何のトラブルもない、平穏無事な生活を送れるよう、願うつもりじゃ」


「いいですねえ。

 私も皆さんの健康と安全を祈願したいと思います」


「うむうむ。

 退屈のあまり欠伸が出るぐらいの単調な生活が理想的じゃのう」


 二人の会話を聞いて、玲児はなぜだか涙がこぼれそうになる。

 だが呑気に泣いている場合でもない。

 耳元を掠めた銃弾にうなじの毛を逆立てつつ、玲児は意を決して――


 退魔師へと全力で駆け出した。


 回避から一転、攻めに転じた玲児。

 だが退魔師に動揺は見られなかった。

 冷静に拳銃を構える退魔師。

 その銃口はピタリと、玲児の眉間へと向けられていた。

 玲児の先行きを暗示するかのような、暗い闇が湛えられた銃口。

 その闇を見据えながら――


 玲児は力任せに地面を殴りつけた。


 ズンッ!

 と参道の石畳が大きく砕け、地面が細かく揺れる。

 足元の振動により、退魔師の体勢が僅かに崩れ、退魔師の両手に構えられた拳銃がふらついた。


 退魔師が引き金を絞り発砲。

 玲児のこめかみを掠めて、退魔師の銃弾が通り抜ける。

 自身の失態に顔を歪める退魔師。

 その時にはすでに、玲児は退魔師の両腕を掴んでいた。


「――ちっ!」


 両腕を拘束された退魔師が、足を振り上げる。

 狙いは玲児の股間。

 人形の体に急所などないが、玲児は念のためその蹴り足を躱すと、軸足を払い退魔師を押し倒した。


 仰向けに倒れた退魔師の両手を地面に強く押し付け、玲児は彼女に覆いかぶさる。

 身動きを封じられた退魔師が、嫌悪感も顕わにして唾を飛ばす。


「くそ……手を離せ!

 この悪魔が!」


「うるせえ!

 テメエこの……暴れんな!」


 拘束され動かせない両腕の代わりに、両足を激しくばたつかせる退魔師。

 振り上げられた退魔師の膝に何度も尻を叩かれつつ、玲児は退魔師の説得を試みる。


「テメエが何もしなきゃ、こっちも何もしねえよ!

 さっきも話したが、俺達はただこの神社に参拝しにきただけだ!

 用が済んだらさっさと退散すっからよ!」


「ふざけるな!

 退魔師として死霊魔術師の存在を捨ておけるか!

 だいたい、悪名高い死霊魔術師ユリアが、何の悪事も働かずに退散するなど信用できん!

 奴のせいで心に深い傷を負い、鳩の真似こそが生涯の使命と信じ込んでいる退魔師もいるんだぞ!」


「どういう心の傷つきかたをすれば、そんな奇抜な精神状態に追い込まれるんだ!?」


「……だから、それは口には出せん……」


「どうしてそこで赤くなる!?

 何にしろ、あと少しおとなしく――ごは!?」


 側頭部に強い衝撃を受け、玲児は大きく吹き飛ばされた。

 ゴロゴロと地面を転がり、うつ伏せの状態に倒れる玲児。

 こめかみに感じる鈍痛に表情を歪めつつ、顔を上げて退魔師の方角を見やる。

 ぽかんと目を丸くしている退魔師のすぐそばに――


 拳大の石くれを持ったユリアが立っていた。


「お主は何を遊んでおるんじゃ?

 今しがたわしらの参拝は終えたぞ」


 そう話しながら、右手に握った石くれを、シュッシュッと素振りするユリア。

 こめかみに疼く痛みの正体を理解し、玲児はガバリと立ち上がり、ユリアにがなり声を上げる。


「何しやがんだ!

 テメエが呑気にお参りできるよう、こちとら暴発女を抑えてやってたんだろうが!

 礼が言えねえだけならまだしも、暴力に訴えるとはどういう了見だ!」


「いつもありがとう。

 レイジさん♪」


「わお可愛い――じゃねえええええ!

 んな言葉に騙さるかああああ!」


 星屑を散りばめたような、キラキラした笑顔を見せるユリアに、玲児は力の限り絶叫した。

 玲児のツッコミに、ユリアがすぐさま笑顔を打ち消し、呆れたように溜息を吐く。


「しょうもないことで騒いどらんで、さっさと屋敷に帰って夕飯にするぞ」


「今日は私が、腕によりを掛けて料理を作りますので、沢山食べて――きゃああああ!」


 話の途中で悲鳴を上げ、フィリナが顔をポッと赤くした。


「食べる。

 つまり食欲。

 ひいては三大欲求。

 イコール、性欲。

 詰まるところ……セッ――なな……何を仰るのですかレイジさん!

 私はご飯の話をしているんですよ!」


「……それ、自分からも発動するのか?」


 ますます厄介な癖だ。

 それもなぜか、一言も口を利いていない玲児が、失言をしたことにされている。

 疲労から肩を落とす玲児。

 何やら全てがどうでもよくなってくる。


 ユリアとフィリナが、地面に座り込んだままの退魔師を横切り、こちらへと近づいてくる。

 玲児は大きく溜息を吐くと、近づいてきた二人に倣い、踵を返そうとした。


 するとここで、呆然としていた退魔師が我に返ったのか、「ま……待て!」と鋭い静止の声を上げた。

 きょとんと目を瞬かせ、ユリアとフィリナが退魔師に振り返る。

 退魔師が、体を少しふらつかせながら立ち上がり、玲児を含む三人を鋭く睨みつけた。


「おめおめと逃がすと思っているのか!?

 死霊魔術師も、それに使役される守護隷も、私は退魔師として、その存在を決して許すわけにはいかん!」


「……勘弁しろよ。

 もういいだろうが?

 何もせずこのまま帰るんだからよ」


「良くない!

 さあいま一度、私と勝負しろ!

 次こそは私が勝つ!」


 銃口を再び構える退魔師。

 何を話したところで聞く耳持たない彼女に、玲児はほとほと困り果てる。

 とはいえ、女性である彼女を暴力で黙らせるわけにもいかない。


(どうしたもんだろうな……)


 そう玲児が思い悩んでいると――


「あの……少しいいですか?」


 躊躇いがちに、フィリナが手を上げた。

 玲児と退魔師が同時に眉をひそめる。

 二人の注目が集まったことを確認して、フィリナが小さく首を傾げ、退魔師に言った。


「退魔師さん……貴方、ネットアイドルのミーコさんですよね?」


「――なな!?」


 退魔師が急激に顔を赤く染める。

「やっぱり」とニコリと微笑むフィリナ。

 目を大いに泳がせた退魔師が、頬を引きつらせながら、ブンブンと頭が飛ぶほどに首を振る。


「ち……違う!

 なな……何の話だ!?

 ミーコって……意味がよく……分からないな!」


「とぼけなくてもいいですよ。

 私はちょっとした特技がありましてね、ネットに転がっている情報を瞬時に検索、及び解析できるんです。

 その特技で、退魔師さんとミーコさんの顔を比較したところ、九十九パーセントの一致と出ました。

 ただ雰囲気はだいぶ違いますね。

 今の凛とした貴方からは想像もできない、ツインテールに可愛らしい洋服を――」


「だから知らない!

 そんな奴は知らない!」


「ところで、どうして語尾に『うにゃ』を付けているんですか?」


「違う!

 違う違う違う!

 語尾なんて知らない!

 私とは関係が――」


「あとミーコさん?

 あなた宮良美高校に通っていますよね?」


 ピシリと硬直する退魔師。

 だらだらと顔面から汗を垂らし、彼女が声を震わせる。


「そ……どうして?

 アイドル活動の時に高校の名前なんて出してないのに……」


 あまりのショックからか、ついに自身がネットアイドルのミーコ(?)であることを、自白してしまう退魔師。

 彼女の疑問に、フィリナが「ふふ」といたずらっぽく笑う。


「貴方は自室で動画を撮影していますよね。

 身バレしないよう注意していたようですが、三か月前にアップした動画で、反射物に宮良美高校の制服が映り込んでいましたよ」


「そんな――動画を編集する時に、念入りにチェックをしているのに」


「まあ普通に見るだけでは、何かの影が映っているぐらいにしか、気付きませんね。

 しかし画像解析を正しく行えば、宮良美高校の制服であるとすぐに分かりますよ」


 蒼白となる退魔師。

 彼女の反応を見て、フィリナがクスクスと肩を揺らし――


 その朗らかな微笑みを、冷笑に変えた。


「もしそのことが学校にバレてしまえば、大変なことになりますね。

 フォロワーの中には、宮良美高校の生徒もいるようですし、大騒ぎになってしまうかも知れませんよ」


「たたた……頼む!

 このことは黙っていてくれ!

 ネットアイドルはあくまで趣味の一環で……私の学校でのイメージとは違うんだ!

 こんなことがバレたら私は――」


「ええもちろん、誰にもお話しするつもりはありませんよ。

 だって私達――」


 フィリナが唇に人差し指を当て、ぱちんとウィンクする。


「お友達ですものね」


 つまり――退魔師として敵対するつもりなら、秘密をばらすということだ。


「――うぅ」


 フィリナの脅しに、涙を浮かべて声を詰まらせる退魔師。

 彼女のその態度を了承と取ったのか、フィリナが浮かべていた冷笑を、再び穏やかな微笑みに変える。


 退魔師が力なく膝をつく。

 どうやら戦う気力はもうないようだ。

 玲児はそれを確認し、退魔師からフィリナに視線を移した。

 温かみのある彼女の笑顔。

 だが玲児はそこに――


 どす黒い何かを見たような気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ユリアの二つ名が面白かったです。 十二正座の悪魔たちが次々登場するところは、面白くて笑ってしまいました。 隣の晩御飯の由来がとても気になります。(ここは爆笑しました) [一言] 最近ネクロ…
2021/10/03 16:27 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ