武芸百般の退魔師6
「……待たせて悪いな。
ところでものは相談なんだが……見逃してくれねえか?」
「……そちらにもいろいろと都合があるようだが、悪いがそれはできない」
退魔師が瞳を鋭く細め、きっぱりと言う。
「お前はすでにこの世に存在しない。
この世界に留まり続けることそれ自体が、世界の理に反している。
不運にも死霊魔術師の道具となり果てたその魂、私が救済する」
ここで退魔師が、躊躇うように僅かな沈黙を挟んだ後、さらに言葉を続ける。
「ところで……あの少女の名前はユリア……というのか?
まさかとは思うが、お前を使役する死霊魔術師は、あのユリア・シンプソン=ロクスバーグなのか?」
「あ?
ユリアのことを知ってんのか?」
眉をしかめる玲児に、「やはりそうか」と退魔師がギリリと奥歯を噛みしめ――
その瞳に強い憎しみの炎を燃やした。
「知るも何も……退魔師の間でも、その死霊魔術師の名前は有名だ。
自身の顕示欲のためだけに、多くの魂を無残に破壊したという、稀代の悪党としてな。
寿命を終えた後も、魂を移して生き長らえているという噂は聞いていたが……まさか日本に来ているとはな」
話が良くない方向に転がっている。
それは何倍にも膨れ上がった退魔師の敵意からおのずと知れた。
自身の失言を激しく後悔する玲児。
退魔師が、バネを圧し潰すようにキリキリと膝を曲げて、鋭い眼光を瞳に瞬かせた。
「多くの退魔師が彼女に煮え湯を飲まされたとも聞く。
お前がそのユリアの使役する守護隷とあれば、ますます見逃すわけにはいかない。
お前を始末した後は、そこにいる青い髪の女性も始末し、ユリアを拘束させてもらう。
そして、奴が退魔師にしてきた、数々の屈辱的な振る舞いを、清算させてもらうぞ」
「……いやもうほんと……あいつってば生前に何をしてきたの?」
「そのようなこと――口に出せるわけがないだろ!」
なぜか顔を恥じらいの色に染めて、退魔師が駆け出した。
玲児は仕方なく腰を落とし、退魔師を迎え打つ。
彼女が只者でないことは分かったが、素手ならばどうとでもなる。
そう考えていた玲児。
その彼の目の前で、退魔師が懐に手を入れて――
肉厚の斧を取り出した。
「――んな!?」
「くらえ!」
頭上から振り下ろされた斧を、半身になって躱す玲児。
虚を突かれたものの、何とか斧を避けた玲児は、素早く脚を振り上げ、退魔師の手から斧を蹴り飛ばした。
再び素手となる退魔師。
すぐに彼女が懐に手を入れて、間を空けずに手を引き抜く。
彼女の手には、短い三本の棒を鎖でつないだ、ヌンチャクが握られていた。
「――どうなってんだ、そりゃあ!」
退魔師の手品じみた妙技に非難の声を上げながら、玲児は身を屈める。
彼女の振るったヌンチャクが、髪を掠めて通り過ぎる。
玲児はすぐさま地面を蹴り、大きく後退した。
退魔師の動きは見えている。
だがこうも多様な武器で矢継ぎ早に攻め込まれては、いつか致命的な一撃を受けかねない。
そう考えて退魔師との距離を空けたのだが――
玲児はすぐに、その考えが甘かったことを思い知らされた。
退魔師がヌンチャクを脇に捨て、袴をばさりと上にまくり上げる。
そして、太腿に巻かれていたベルトから二丁の拳銃を引き抜き、その銃口を玲児に向けてきた。
まさかの飛び道具に、玲児は泡を喰ったように声を荒げる。
「ちょちょちょ……テメエ、退魔師でも日本で拳銃は駄目だろうが!」
「市販のエアガンを改造しただけだ。
人体程度なら問題なく破壊できるがな」
「退魔師つうよりただの殺し屋――ぬお!」
退魔師が引き金を絞るとほぼ同時、玲児の足音にある石畳が弾ける。
本物の拳銃など見たことないが、退魔師の改造エアガンの威力は、本物と遜色ないように思えた。
境内を駆け回りながら、連射される退魔師の銃弾から身を躱し続ける玲児。
殺意をたぎらせる退魔師の眼光――魂の救済が目的じゃないのか――に戦慄していと、そんな彼のもとに、ふとユリアとフィリナの会話がもれ聞こえてきた。
「神様にするお願いごとは、もう決めていますか?
ユリア様」
「無論じゃ。
何のトラブルもない、平穏無事な生活を送れるよう、願うつもりじゃ」
「いいですねえ。
私も皆さんの健康と安全を祈願したいと思います」
「うむうむ。
退屈のあまり欠伸が出るぐらいの単調な生活が理想的じゃのう」
二人の会話を聞いて、玲児はなぜだか涙がこぼれそうになる。
だが呑気に泣いている場合でもない。
耳元を掠めた銃弾にうなじの毛を逆立てつつ、玲児は意を決して――
退魔師へと全力で駆け出した。
回避から一転、攻めに転じた玲児。
だが退魔師に動揺は見られなかった。
冷静に拳銃を構える退魔師。
その銃口はピタリと、玲児の眉間へと向けられていた。
玲児の先行きを暗示するかのような、暗い闇が湛えられた銃口。
その闇を見据えながら――
玲児は力任せに地面を殴りつけた。
ズンッ!
と参道の石畳が大きく砕け、地面が細かく揺れる。
足元の振動により、退魔師の体勢が僅かに崩れ、退魔師の両手に構えられた拳銃がふらついた。
退魔師が引き金を絞り発砲。
玲児のこめかみを掠めて、退魔師の銃弾が通り抜ける。
自身の失態に顔を歪める退魔師。
その時にはすでに、玲児は退魔師の両腕を掴んでいた。
「――ちっ!」
両腕を拘束された退魔師が、足を振り上げる。
狙いは玲児の股間。
人形の体に急所などないが、玲児は念のためその蹴り足を躱すと、軸足を払い退魔師を押し倒した。
仰向けに倒れた退魔師の両手を地面に強く押し付け、玲児は彼女に覆いかぶさる。
身動きを封じられた退魔師が、嫌悪感も顕わにして唾を飛ばす。
「くそ……手を離せ!
この悪魔が!」
「うるせえ!
テメエこの……暴れんな!」
拘束され動かせない両腕の代わりに、両足を激しくばたつかせる退魔師。
振り上げられた退魔師の膝に何度も尻を叩かれつつ、玲児は退魔師の説得を試みる。
「テメエが何もしなきゃ、こっちも何もしねえよ!
さっきも話したが、俺達はただこの神社に参拝しにきただけだ!
用が済んだらさっさと退散すっからよ!」
「ふざけるな!
退魔師として死霊魔術師の存在を捨ておけるか!
だいたい、悪名高い死霊魔術師ユリアが、何の悪事も働かずに退散するなど信用できん!
奴のせいで心に深い傷を負い、鳩の真似こそが生涯の使命と信じ込んでいる退魔師もいるんだぞ!」
「どういう心の傷つきかたをすれば、そんな奇抜な精神状態に追い込まれるんだ!?」
「……だから、それは口には出せん……」
「どうしてそこで赤くなる!?
何にしろ、あと少しおとなしく――ごは!?」
側頭部に強い衝撃を受け、玲児は大きく吹き飛ばされた。
ゴロゴロと地面を転がり、うつ伏せの状態に倒れる玲児。
こめかみに感じる鈍痛に表情を歪めつつ、顔を上げて退魔師の方角を見やる。
ぽかんと目を丸くしている退魔師のすぐそばに――
拳大の石くれを持ったユリアが立っていた。
「お主は何を遊んでおるんじゃ?
今しがたわしらの参拝は終えたぞ」
そう話しながら、右手に握った石くれを、シュッシュッと素振りするユリア。
こめかみに疼く痛みの正体を理解し、玲児はガバリと立ち上がり、ユリアにがなり声を上げる。
「何しやがんだ!
テメエが呑気にお参りできるよう、こちとら暴発女を抑えてやってたんだろうが!
礼が言えねえだけならまだしも、暴力に訴えるとはどういう了見だ!」
「いつもありがとう。
レイジさん♪」
「わお可愛い――じゃねえええええ!
んな言葉に騙さるかああああ!」
星屑を散りばめたような、キラキラした笑顔を見せるユリアに、玲児は力の限り絶叫した。
玲児のツッコミに、ユリアがすぐさま笑顔を打ち消し、呆れたように溜息を吐く。
「しょうもないことで騒いどらんで、さっさと屋敷に帰って夕飯にするぞ」
「今日は私が、腕によりを掛けて料理を作りますので、沢山食べて――きゃああああ!」
話の途中で悲鳴を上げ、フィリナが顔をポッと赤くした。
「食べる。
つまり食欲。
ひいては三大欲求。
イコール、性欲。
詰まるところ……セッ――なな……何を仰るのですかレイジさん!
私はご飯の話をしているんですよ!」
「……それ、自分からも発動するのか?」
ますます厄介な癖だ。
それもなぜか、一言も口を利いていない玲児が、失言をしたことにされている。
疲労から肩を落とす玲児。
何やら全てがどうでもよくなってくる。
ユリアとフィリナが、地面に座り込んだままの退魔師を横切り、こちらへと近づいてくる。
玲児は大きく溜息を吐くと、近づいてきた二人に倣い、踵を返そうとした。
するとここで、呆然としていた退魔師が我に返ったのか、「ま……待て!」と鋭い静止の声を上げた。
きょとんと目を瞬かせ、ユリアとフィリナが退魔師に振り返る。
退魔師が、体を少しふらつかせながら立ち上がり、玲児を含む三人を鋭く睨みつけた。
「おめおめと逃がすと思っているのか!?
死霊魔術師も、それに使役される守護隷も、私は退魔師として、その存在を決して許すわけにはいかん!」
「……勘弁しろよ。
もういいだろうが?
何もせずこのまま帰るんだからよ」
「良くない!
さあいま一度、私と勝負しろ!
次こそは私が勝つ!」
銃口を再び構える退魔師。
何を話したところで聞く耳持たない彼女に、玲児はほとほと困り果てる。
とはいえ、女性である彼女を暴力で黙らせるわけにもいかない。
(どうしたもんだろうな……)
そう玲児が思い悩んでいると――
「あの……少しいいですか?」
躊躇いがちに、フィリナが手を上げた。
玲児と退魔師が同時に眉をひそめる。
二人の注目が集まったことを確認して、フィリナが小さく首を傾げ、退魔師に言った。
「退魔師さん……貴方、ネットアイドルのミーコさんですよね?」
「――なな!?」
退魔師が急激に顔を赤く染める。
「やっぱり」とニコリと微笑むフィリナ。
目を大いに泳がせた退魔師が、頬を引きつらせながら、ブンブンと頭が飛ぶほどに首を振る。
「ち……違う!
なな……何の話だ!?
ミーコって……意味がよく……分からないな!」
「とぼけなくてもいいですよ。
私はちょっとした特技がありましてね、ネットに転がっている情報を瞬時に検索、及び解析できるんです。
その特技で、退魔師さんとミーコさんの顔を比較したところ、九十九パーセントの一致と出ました。
ただ雰囲気はだいぶ違いますね。
今の凛とした貴方からは想像もできない、ツインテールに可愛らしい洋服を――」
「だから知らない!
そんな奴は知らない!」
「ところで、どうして語尾に『うにゃ』を付けているんですか?」
「違う!
違う違う違う!
語尾なんて知らない!
私とは関係が――」
「あとミーコさん?
あなた宮良美高校に通っていますよね?」
ピシリと硬直する退魔師。
だらだらと顔面から汗を垂らし、彼女が声を震わせる。
「そ……どうして?
アイドル活動の時に高校の名前なんて出してないのに……」
あまりのショックからか、ついに自身がネットアイドルのミーコ(?)であることを、自白してしまう退魔師。
彼女の疑問に、フィリナが「ふふ」といたずらっぽく笑う。
「貴方は自室で動画を撮影していますよね。
身バレしないよう注意していたようですが、三か月前にアップした動画で、反射物に宮良美高校の制服が映り込んでいましたよ」
「そんな――動画を編集する時に、念入りにチェックをしているのに」
「まあ普通に見るだけでは、何かの影が映っているぐらいにしか、気付きませんね。
しかし画像解析を正しく行えば、宮良美高校の制服であるとすぐに分かりますよ」
蒼白となる退魔師。
彼女の反応を見て、フィリナがクスクスと肩を揺らし――
その朗らかな微笑みを、冷笑に変えた。
「もしそのことが学校にバレてしまえば、大変なことになりますね。
フォロワーの中には、宮良美高校の生徒もいるようですし、大騒ぎになってしまうかも知れませんよ」
「たたた……頼む!
このことは黙っていてくれ!
ネットアイドルはあくまで趣味の一環で……私の学校でのイメージとは違うんだ!
こんなことがバレたら私は――」
「ええもちろん、誰にもお話しするつもりはありませんよ。
だって私達――」
フィリナが唇に人差し指を当て、ぱちんとウィンクする。
「お友達ですものね」
つまり――退魔師として敵対するつもりなら、秘密をばらすということだ。
「――うぅ」
フィリナの脅しに、涙を浮かべて声を詰まらせる退魔師。
彼女のその態度を了承と取ったのか、フィリナが浮かべていた冷笑を、再び穏やかな微笑みに変える。
退魔師が力なく膝をつく。
どうやら戦う気力はもうないようだ。
玲児はそれを確認し、退魔師からフィリナに視線を移した。
温かみのある彼女の笑顔。
だが玲児はそこに――
どす黒い何かを見たような気がした。




