力戦奮闘の美少女殺戮兵器5
死霊魔術師ユリア・シンプソン=ロクスバーグ。
それは死霊魔術の世界において、随一と目されている女性の名前だ。
今でこそ彼女の名前は、その悪名のほうが先立つものの、彼女の残した技術や知識が、死霊魔術の世界に与えた影響は計り知れない。
だがそんな彼女も、八十一年の時を経て、その生涯を終えた。
彼女の名前は遠い未来まで、良い意味でも悪い意味でも、本人不在で語り継がれることとなる――はずだった。
しかし、そうはならなかった。
少なくとも本人不在ではない。
八十一年の生涯を終えた彼女は、今なお健在している。
自身の魂を人形に封じ込めることで、彼女は死に長らえていたのだ。
優れた死霊魔術師の彼女だからこそできる、奇跡だといえた。
その事実に、世界中の死霊魔術師が憤慨し、また歓喜した。
彼女の悪名を知る者は、死霊魔術の歴史にまた泥を塗るつもりかと罵りの声を上げ、彼女の名声を知る者は、死霊魔術の財産である彼女の才能が失われずに済んだと胸を撫で下ろした。
だがその両者の思惑は、どちらも裏切られることとなる。
死後を迎えた彼女は、あれほど生前に執着していた死霊魔術の世界から、あっさりと身を引いたのだ。
その理由を知る者は誰もおらず、彼女を憎む者も、彼女を慕う者も、一様にただ首を傾げるばかりであった。
彼女はベルリンにある生家を取り壊し、生前に残した研究資料の多くを破棄して、姿を晦ました。
彼女の行方を知る者は、彼女が住居を移すにあたり頼りにした弟子――
つまり死霊魔術協会横浜支部局局長、志田桐生ただ一人だけであった。
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(もっとも、先生自身に身元を隠す意思はないようだからね……すでに多くの者にその居場所がバレてしまっているようだが……)
桐生はそう心内で呟き苦笑を浮かべた。
死してなお自由奔放な人だ。
日本のことわざには、馬鹿は死ななければ治らないとあるが、どうやら先生の勝手気ままな性格は、そんな生易しいものではないらしい。
(おかげで、のんびりとタイミングを見計らうこともできなくなった。
多少危険は伴うが、誰かに先を越される前に、やり遂げなければならないな)
そう気を引き締めて、桐生はこれからやるべきことに、意識を集中させる。
神奈川県小田原市立花北地区。
日本の住宅街に佇む一棟の洋館。
ユリア・シンプソン=ロクスバーグ邸。
その屋敷に造られた地下の通路を、桐生は歩いていた。
この屋敷を建設するにあたり、ユリアと建築業者を仲介していたのは、桐生だった。
その都合上、桐生はこの屋敷の間取りを事細かく記憶していた。
一辺が二十メートルにもなる、四方をコンクリートで囲んだ試験場。
その部屋に面した鋼鉄の扉を横目に見ながら、地下通路をさらに奥へと進んでいく。
しばらく地下通路を歩くと、目の前に味気ない灰色の壁が現れる。
行き止まりだ。
桐生は目の前にある壁を何となく眺めた後、徐々にその視線を右へとずらした。
右手の壁には、試験場と同じ鋼鉄の扉が、ひっそりと佇んでいた。
「ここが……先生の資料室だね」
誰に向けてでもなく、自身に対して確認の言葉を呟く。
死霊魔術の世界から身を引いたとはいえ、ユリアは死霊魔術の一切から足を洗ったわけではない。
処分された生前の研究資料も、ほんの一部だけは残されており、新しい住居に移されている。
つまりこの資料室には、死後を迎えたユリアの、現在における死霊魔術師としての全ての知識や技術が、詰め込まれているはずだった。
桐生は胸ポケットから小さな鍵を取り出すと、それを鋼鉄の扉に空けられていた穴に、慎重に差し込んだ。
手首を捻り鍵を回転させると――
ガチャリと鋼鉄の扉が鳴った。
ほっと胸を撫で下ろす桐生。
あらかじめ業者に合鍵を作らせていたのだが、きちんと扉が開くのか不安だったのだ。
彼は鋼鉄の扉を押し開いて、部屋に足を踏み入れた。
四方がコンクリートに囲まれた、一辺が十メートルほどのシンプルな部屋だ。
通路に面した壁を除いて、三方の壁には天井にまで届く棚が備え付けられており、そこには隙間なく本が並べられている。
構成陣を描く際に使用するのであろう製図機械と筆記用具。
そして、部屋の中心に置かれたスチールテーブル。
そのテーブルの上に――
赤い背表紙の本が無造作に置かれていた。
「……まさかね。
そこまで不用心な真似はしないと思うけど……」
そう口には出しつつも、桐生はテーブルに近づいて、その赤い背表紙の本を手に取った。
パラパラと本をめくり、中身を確認する。
それは間違いなく――
桐生が探していたモノであった。
桐生は深々と溜息を吐くと、自身の師にあたるユリアの顔を思い浮かべ、苦笑する。
「……やれやれ。
こんな貴重なものをこれほど不用心に置いておくなんて……まあ先生らしいと言えばそうなのかな。
さてと、一応は下陰くんの約束も果たして――」
するとここで突然――
桐生の体に赤い絨毯が巻き付いた。
「――は?」
きょとんと目を瞬かせる桐生。
このような目立つ色の赤い絨毯など、部屋の中にはなかったはずだ。
そもそも、まるで生き物のように体に巻き付く絨毯など聞いたこともない。
桐生が困惑している間も、ぎゅうぎゅうと体を締め付けてくる赤い絨毯。
さすがに息苦しくなり、桐生は表情を苦痛に歪めた。
するとそこに――
「動くな。
不届き者め」
少年の声が聞こえてきた。
絨毯の締め付けに苦心しながらも、桐生は声のした方角に、視線を向ける。
部屋に一つだけある鋼鉄の扉。
その開かれた扉の前に、スーツを着た黒髪の少年が立っていた。
見覚えのある少年だ。
自身の師であるユリアの守護隷の、その一人で――
「プラトンくん……と言ったかな?」
「別に驚きはしない。
俺の名前を聞いた者は、例え鳥頭であろうと四歩目までは安泰だ」
驚かす意図などなかったが、何にせよ、そう誇るように胸を張るプラトン。
ズレた反応を返す少年に苦笑しつつ、桐生は少年の周囲に素早く視線を巡らせた。
端的に言えば、少年の周りはひどく賑やかであった。
少年の足元には、足踏みをしてこちらを威嚇している、クマやウシのぬいぐるみが立っており、少年の頭上には、まるで水に浮かんでいるようにプカプカと、壺やら絵画、フォークや包丁が浮遊していた。
それら奇妙な光景を目にして、桐生は「なるほど」と得心して頷く。
「私の体を拘束しているこの絨毯を含め、下級悪魔を憑依させて動かしているのか?」
「よくぞ見破った。
あとでサインをやろう」
大仰に頷く少年に、桐生は首を傾げて、率直な疑問を尋ねてみる。
「よく私がここにいることが分かったね。
つけられている気配はなかったけど?」
「ふむ、哀れな盗人に教えてやろう。
この屋敷は常に俺の魔術の影響下にある。
『継続再生』と呼ばれる、本来は回復をメインとした能力だが、その都合上、屋敷に起こる物事の全てを、俺は把握することができる。
つまり盗人にとって、とても嫌な感じだ」
そう説明する少年に、桐生は少し思案した後、「ああ……」と笑って見せる。
「つまり監視カメラみたいなもの?」
「そう言われると、途端にすごみがなくなるゆえ、ひどく困るぞ」
そう言いつつも、まるで困る様子もなく、少年が腰に手を当てて声を張る。
「さあ、詰まらぬ話はもう終わりだ。
お前の目的を聞かせてもらうぞ。
言っておくが、お前の守護隷である女は、まだリビングで菓子にかぶりついている。
ここに助けに現れることはない。
ここにいる悪魔の一斉攻撃を受けたくなければ、正直になることだな」
少年の言葉に反応したのか、少年の周囲に浮かんでいる包丁やフォークが、その先端をこちらに突きつけ、少年の足元に控えているぬいぐるみ達が、荒々しく拳を振り回す。
一見ふざけているようにも見えるが、悪魔が取り憑いているとなれば油断できない。
体に巻き付いている絨毯もまた、その締め付けをより一層と強め、息をするのも辛いほどだ。
桐生はそれら状況を踏まえて――
「分かった。
正直に話すよ」
少年にそう素直に応えた。
「良い心がけだ」
満足げに頷く少年。
桐生は勝ち誇る少年から視線を外し、自身の足元を見やった。
彼の足元には、先程絨毯が巻き付いた時に床に落としてしまった、赤い背表紙の本がある。
その赤い本の、背表紙を下にして開かれたとあるページ。
そのページには――
魂の設計図なる――
構成陣が記載されている。
「私の目的はね――」
少年の問いに答えながら、桐生はその構成陣に靴底を触れさせる。
その瞬間――
構成陣から稲光が奔った。
「――うおおおおお!?」
構成陣から吹きあがる突風に、小柄な少年の体が床に転がる。
少年の周囲にあった包丁やらフォーク、そしてぬいぐるみ達も、その突風にあおられ、吹き飛ばされていく。
狭い部屋の中で荒れ狂う強風。
その猛威の中において、桐生だけが体を揺らすこともなく、平然と立っていた。
彼に巻き付いていた絨毯が、風に煽られて彼の体から引きはがされる。
彼は自由となった両手を悠然と広げると、床に這いつくばる少年を見下ろし――
自身の目的を口にする。
「私の師であるユリア・シンプソン=ロクスバーグ。
稀代の天才死霊魔術師である彼女が禁忌とされた技術により造り上げた、最強となる人工悪魔を――手に入れることだ」
次の瞬間、構成陣が眩い光を放ち――
志田桐生は生きたまま悪魔へと転化した。
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「こんな老人の恋話に興味ないと思うけど、聞いてくれる?」
聞きたいか否かではなく、聞いて欲しいと話すユリア。
そこに玲児は違和感を覚えた。
彼女の性格を考えると、むしろこのような身の上話など、語りたがらない気がしたからだ。
玲児は多少の戸惑いを挟んだ後、ユリアに頷いた。
若干、緊張した玲児の表情に、ユリアがクスリと笑い、気楽に肩をすくめる。
「まあ、そこまで劇的な展開がある話でもないし、聞いていても退屈だろうけどね。
だけどそうだね……レイジには知っておいて欲しいかな。
変な誤解される前にね」
「誤解?
一体何の話だよ」
怪訝に眉をしかめる。
ユリアが玲児を指差して、その碧い瞳を輝かせた。
「あたしの初恋は生前ではなく、死後にあった。
場所はここ日本。
ベルリンを離れ、死後生活を送るに相応しい場所を、一人で探して歩いた時に、その人と出会ったの」
「死後の……日本?」
「ここまで話せば、いかに鈍感なお主とて想像がつくじゃろう?」
ユリアが話しかたを老人口調に戻し、玲児にその言葉を告げた。
「わしの初恋の相手。
その名前は――下陰玲児。
お主のことじゃよ」




