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怒髪衝天のメイド3

 死霊魔術協会。

 それは、死霊魔術師により運営されている、非営利団体の名前である。


 死霊魔術協会の主な目的は、死霊魔術の技術継承、及び発展と拡張である。

 一般的にオカルトに位置づけられている死霊魔術は、世間から抑圧される傾向にあり、技術知識が閉鎖的なものとなりやすい。

 そのような死霊魔術の技術知識を世界中の術者と共有することで、死霊魔術の体系を確立して、その技術知識を促進させようというのだ。


 死霊魔術協会の活動内容は、大きく三つに分類される。

 世界中の死霊魔術師に向けた技術知識教育と、死霊魔術研究の金銭的支援、そして死霊魔術師としての仕事の仲介だ。


 死霊魔術師に向けた技術知識教育は、教材の無料配布や定期的な講演会の開催、インターネットによる授業映像の配信などが、主な活動内容だ。

 まだ若い死霊魔術師はもちろん、熟達した死霊魔術師も、その制度を利用して技術知識の共有を図っているらしい。


 死霊魔術研究の金銭的支援は、技術知識の発展を目的として行われている。

 金銭的支援を受けるには、自身の研究内容を協会から評価される必要があるが、金銭面で苦労することが多い死霊魔術師にとって、非常にありがたい制度となっている。


 そして死霊魔術師が協会に所属する、その最大のメリットとなるのが、死霊魔術師としての仕事の仲介だ。

 死霊魔術師の仕事は主に、悪霊及び悪魔の退治となる。

 科学が妄信されている現代において、表沙汰になることこそ少なくなったが、悪霊及び悪魔の被害は決して減少することもなく、むしろ上昇傾向にさえあるという。


 協会は独自の情報網により、そのような悪霊及び悪魔と思しき事件の情報を、毎年数千件規模で収集している。

 その事件の解決を適切な死霊魔術師に斡旋、そこで得た報酬の数パーセントを、協会は仲介手数料として徴収しているのだ。


 死霊魔術師としては、個人で情報収集することが難しい、悪霊及び悪魔がらみの仕事を得ることができ、また協会としても、仲介手数料により協会の運営費を賄えるなど、双方にとって利点の大きいこの仕組みは、協会を支える基盤となっているのだという。


 協会は、ドイツにあるベルリン本部局を始めとして、全国に多くの支部局を展開している。

 日本では四つの支部局が存在し、うち一つが神奈川県横浜市にあるらしい。


 死霊魔術協会横浜支部局。


 その支部局に向かうため、玲児とユリアは電車に揺られて、横浜駅に到着した。


==============================


 死霊魔術協会は横浜駅から歩いて三十分ほど掛かるという。

 ユリアと玲児は横浜駅北口から外に出ると、散歩がてらにのんびりと、協会まで歩いて向かうこととなった。


 背の高いビルが立ち並ぶ道を、無言で歩くことしばらく。

 駅から離れていき、徐々に人の流れが緩やかになった頃合いで、玲児は隣を歩いているユリアに、ふと尋ねる。


「その協会とやらに何の用があるんだよ?」


「ただの引越しの挨拶じゃよ」


 玲児の疑問に、ユリアが前方に視線を向けたまま、答える。


「日本に引越するにあたり、屋敷や庭園の施工、その他必要な手続きの一切を、とある男を仲介して執り行った。

 その男は横浜支部局の局長をしておるのでな、滞りなく死後生活を始めたがゆえ、一言だけ挨拶をしておこうと思うたまでじゃ」


「挨拶だけなら、電話でもいいじゃねえか」


 ユリアが「やれやれ」と呆れたように肩をすくめ、玲児をちらりと一瞥した。


「若い者は礼儀を知らんのう。

 世話になった者には、直接出向き礼を述べるのが常識というものじゃ。

 効率ばかりに重きをおけば、手痛いしっぺ返しをくらうことになるぞ」


 まさかユリアに常識を説かれるとは思わなかった。

 そこに何となく釈然としないものを感じながらも、とりあえず協会に向かう理由については納得しておく。


 だがまだ玲児には疑問があった。


「それで……何で俺までその挨拶に行かなきゃなんねえんだ?」


「どうせお主は暇じゃろう?

 道中の話し相手ぐらいしてもよかろう」


「めんどくせえ……そんなの他の奴に頼めよ」


 溜息を吐く玲児に、ユリアが視線を前方に戻して、淡々と述べる。


「プラトンは屋敷の管理、フィリナは買い出しや掃除と、二人とも仕事を持っておる。

 対してお主など、悪魔が来ぬ限りはただのごく潰しなのじゃから、文句を述べるでない」


「一応、その悪魔退治の仕事が命懸けって点を、評価してもらいたいがな」


「評価はしておる。

 じゃが、それとこれとは話が別じゃ。

 それにお主はわしの護衛という側面もある。

 わしのそばにいることが、お主の仕事の一環でもあるのだぞ」


 ユリアの言葉に、小さく溜息を吐く玲児。

 実際のところ、悪魔が来ない限りは玲児もすることがないため、彼女の用事に付き合うことはそれほど苦でもなかった。

 昨日のように、退魔師といった危険人物のいる場所ならば、どれほど退屈していようがお断りだが、ユリアと同じ死霊魔術師が運営する協会というのなら、危ない目に合うこともないだろう。


 そこでふと、玲児はあることを思い付く。


「そういやよ、プラトンやフィリナみてえに、俺には何か魔術がねえのか?」


 プラトンは『継続再生』、フィリナは『情報通信』と、それぞれが特別な能力を持っている。

 二人と同じ守護隷である自分にも、そのような能力があるのなら、悪魔退治をするうえで知っておいて損はないだろう。


「魔術か?

 むろん、お主にもあるぞ」


「マジか?

 一体どんな能力だよ」


 歩きながら前のめりになる。

 魔術などという厨二じみた能力に憧れる歳でもないが、実際にその能力が備わっていると知ると、否応なく心が浮き足立つのを、玲児は感じた。


 ユリアは玲児を、悪魔退治専門の守護隷だと話していた。

 だとするならば、玲児に備わっている魔術も、恐らくは戦闘に特化したものなのだろう。


 ベターなところでは、炎や氷などといった自然現象を操る能力だろうか。

 或いは、よく漫画などで強キャラ認定される、時間や空間を操る能力だろうか。

 はたまた、もはや説明を聞いたところで理解するのも難しい、概念を捻じ曲げる系の能力だろうか。


 ありとあらゆる魔術の可能性を、頭の中に列挙していく玲児。

 ないはずの心臓の鼓動を高鳴らせつつ、ユリアの返答に意識を集中させる。


 ユリアが桜色の唇を開き、期待に胸を膨らませている玲児に、一言だけ告げる


「その()鹿()()じゃ」


「…………………………ん?」


 長い沈黙を挟んだ後、玲児は首を傾げて訊き返す。

 思わず立ち止まってしまった玲児に倣い、ユリアもまた歩く足を止めて、「じゃから」と、玲児をピシッと指差す。


「お主のその、悪魔さえも凌駕する馬鹿力が、お主の魔術じゃよ。

 細かい戦略を立てられないポンコツ頭のお主には、これぐらい単純明快な魔術のほうが扱いやすかろう?」


「……馬鹿力が魔術?」


「そうじゃが……なんじゃ?

 何か不満でもあるのか?」


 怪訝に眉をひそめるユリア。

 彼女のきょとんと瞬かせた碧い瞳。

 そこに映し出されている自身の姿には、落胆という二文字がありありと浮かんでいた。


 玲児は肩を落とし、小さく溜息を吐く。


「いや……別にいいんだけどよ……そうか……馬鹿力か」


「いいと言いつつも、どうにもガッカリ感が拭えんように見えるが?」


 正直がっかりはした。

 だがユリアの言うことにも一理ある。

 下手に小難しい魔術を得たとしても、自分の頭では使いこなせる自信などない。

 それならば、余計なことを考えずに喧嘩に集中できる馬鹿力というのは、確かに玲児にとって適切な魔術といえた。


(……まあいいか。

 仮に炎なんか出せても燃え広がりが危なくて使えねえだろうしな)


 そう自分を説得しておく。

 こちらに差した指をクルクルと回しながら、小首を傾げるユリア。

 怪訝な顔をする彼女に、玲児は苦笑を浮かべて、肩をすくめる。


「ガッカリなんてしてねえよ。

 おら、協会とやらに行くなら、さっさと行こうぜ?」


「……うむ、そうじゃな。

 さっさと用事を済ませてしまおう」


 歩みを再開するユリア。

 彼女から少し遅れて、玲児もまた歩き始める。

 小柄な少女のユリアは歩幅が狭い。

 玲児はすぐにユリアに追いつくと、歩調を緩めて彼女の隣に並んだ。


 ユリアが、横に並んだ玲児をちらりと一瞥し、すぐにその視線を前方に戻した。

 そして、十秒ほどの沈黙を挟んだ後に、彼女がおもむろに玲児に尋ねてくる。


「そう言えば、お主には魔術もそうじゃが、死霊魔術師や守護隷について、あまり話をしてやらんかったな。

 折角の機会じゃ。

 他に疑問があるなら、聞いてやるぞ?」


「……疑問ねえ」


 最初に浮かんだ疑問。

 それは今朝、プラトンやフィリナとの話で、脳裏を掠めたものであった。

 人工的に造られた魂だという二人に対し、自身だけが人間であるという違和感。

 死の直前の記憶を含めて、断片的に記憶が欠落している理由。


 そのことについては、玲児も後でユリアに確認しようと考えていた。

 だが、偏屈な彼女がこちらの質問に真剣に答えてくれるか、若干の不安もあった。

 しかし都合の良いことに、その彼女のほうから疑問を聞いてやると、こちらに尋ねてきている。


 今朝から抱いていた疑問。

 それを尋ねる絶好の機会だ。

 恐らくは、たいした回答など返ってこないだろうが、その疑問を曖昧にしたまま過ごしていくのは、気分が悪い。


 どうして俺だけが人間だったのか。


 どうして記憶が欠落しているのか。


 それを尋ねさえすれば、今朝から抱いている胸のモヤモヤが解消される。

 難しい言い回しもいらない。

 ただ疑問を口にして、返される回答を聞く。

 それだけで――


 ()()()()()ことができる。


 玲児は――口を開いた。


「……別に。

 疑問なんかねえよ」


「……そうか?」


 玲児に視線を向けることさえせず、ユリアが軽い調子で頷いた。


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