第8話 割れた卵は戻らない
遅くなりました。
量も、多くないです。
待って頂いて下さった方々、初めて読んでくださっている方々に楽しんでいただけると嬉しいです。
Humpty Dumpty sat on a wall,
Humpty Dumpty had a great fall.
All the king's horses and all the king's men
Couldn't put Humpty together again.
ー『Hampty Dumpty』W.W.デンスロウ著 マザーグース物語集より
ハンプティ・ダンプティは元には戻らない。
***
…あの、忌まわしい日から、お嬢様から笑顔が消えた。
左目の光が失われたことで、お嬢様自身の精神の糸も切れてしまわれたのだろう。
前世で、お嬢様は何かありえない罪を犯したのか?
どこかに神がいて、私たちの身代わりに、いや、どこの誰かともわからないモノの身代わりに、お嬢様を使っているのか?
それとも、誰かがお嬢様を人生をかけて恨んでいるのか?
もう、何でもいいけれど、お嬢様は限りなく限界に近づいている…
いや、もはや限界などとうに過ぎていたのか…
少しでいい…
我が主に束の間でいいので、安らぎを…どうか……!
***
あの、私の左目が光を失ったと分かった日の数日後、私は病院に連れていかれ、精密検査を受けることになった。
「お嬢様、車椅子を持ってきましたので、お移ししますね。」
どうせ、私に都合のいい結果は出ないし、そもそも、先が短いと分かっているのに、なぜ足掻かなければならないのだろう…?
「車内でもお体に負担がかからないように致しましたので、安心してくださいね。」
「紗良、私も予定を開けたから、一緒に行こう。大丈夫だよ。」
別に、不安など感じていない。
むしろ、なるべくしてこの日が訪れたのだという、妙な納得感が心にあるだけだ。
ガチャ
「立花、○○病院まで頼む。…慎重に運転してくれ。」
「畏まりました。出発致します。」
…車って、出発する時こんなにゆれなかったっけ?
さすがプロ、すごいね。
ただ、やっぱり今世の体には負担が大きい。
まだ10分も経っていないのに、こんなに辛くなるなんて、本当に不便だ。
「紗良、大丈夫?顔色が悪くなってきてる…」
「お嬢様、窓を少し開けますので、寒かったら仰ってください。」
「立花、もう少し速度を落とせないか?」
「申し訳ありませんが、難しいです。また、お嬢様のことを考えても、できる限りはやく到着すべきだと考えられますので、これ以上速度を落とすべきではないと思われます。」
「そう、だな。…紗良、ごめんけど、もうすこし頑張ってね。」
もう少し…
私の人生の、残りすべてで苦しむことが既に決定しているのに、もう少し…?
そう…もう、本当にどうでもいい
そっと眠らせておいてほしい
「あと10分くらいだよ。吐き気はない?」
吐き気?
ろくに食べてないのに出そうなものはない
ぐらぐらするだけ
「もし戻しそうでしたら、こちらにエチケット袋がありますから、我慢なさらず、出してしまって大丈夫ですよ。」
「もうそろそろ着くね…。降りたらすぐ診察してもらえるように手はまわしてある?」
「はい。本家付きの医師に連絡をし、全ての準備をさせております。」
「ならいい。紗良、もう着くよ。」
私付きではなく、本家付きの医師…
別に、そんなに気を回さずとも、どうせ不具合しか見つからないのに…
「…到着致しました。」
「そうか、ご苦労。」
「お嬢様、体を動かしますね。」
ガラガラ
「本家付きの東野です。お嬢様はこちらにお乗せください。ただちに診察に移させて頂き、その後、精密検査をさせて頂きます。」
「紗良を頼むよ。…紗良、私はここまでだ。申し訳ないけど、この先にまでついてはいけないからね…。九条、東野、あとは頼んだよ。」
「畏まりました。お嬢様はお任せ下さい。」
「私はお嬢様のお側にいますので、ご安心を。」
「そう、だな。紗良、頑張って生きるんだよ。まだ、君には何もしてあげられていないからね…。」
お兄様に…
別に、して欲しいことはない
ただ、そっとして置いて欲しいだけ
「では、これから診察室に参ります。君、看護師長に特別処置室での待機とMRIの準備の手配の連絡を。」
「畏まりました!」
「お嬢様、今から診察させていただきます。お辛いかも知れませんが、ご了承ください。」
もう、声も出す気力さえないから、目を合わせて瞬きするだけでいいかな…
「…ありがとうございます。…ちょっと君、追加で……よ…いと………へ……れんら………。頼んだよ。」
「…畏まりました。」
また指示出してる…
もう寝てもいいかな…
ガラガラ
まだ、私の地獄は終わらないのかしら。