第十七話:ネヒシュート
あれから二日が経った。
昼、暇だったのでいつものゲーセンに行ってみることにした。四階にたどり着いたが、二日前の惨状が嘘みたいになっている。
日曜だったため普段以上に音ゲーマーでにぎわっており、妙な汗臭さがある。
スピードタップの場所に行ってみると、マタタビがいた。二日前の状態が嘘だったみたいに豪雨のような弾幕を捌いている。
首元を見てみるが、傷らしきものが全くなかった。
「元気か?」
マタタビが一曲を終えたので話しかけてみた。
「おお、わっほいじゃん!全然元気だぜ!」
マタタビは元気そうに答えた。二日前の状態が全く感じられなかった。
「わっほいはやらないの?」
「ああ、今金欠だからな。」
「そっか。じゃあまた今度な。」
「ああ、じゃあな。」
俺はゲーセンを後にした。
マタタビが元気そうでなによりだ。
『流石はクソ神。自分たちの都合がいいように事実を改変してやがる。』
ソロモンは不満げに言ってきた。
「でもマタタビを救ってくれたことには感謝しないと。」
『甘いなウル。』
ソロモンの口調が鋭くなった。
『やつらはその気になれば地上の民全員を操ってお前を殺しに行かせれるってことだ。今回はこの程度で済んだが、いつかさっき言ったようなことをしてくるかもしれん。気を抜くな。いいな?』
「ごめん。…大丈夫、あいつらに情けをかける気は一切ない。」
『ならいい。』
あの日の出来事は忘れない。例えマタタビが忘れていたとしても、俺は絶対に許さない。
あの発言を。あの行いを。
繁華街を抜け、家に帰ってきた。
ポケットから鍵を取り出し、部屋に入る。
そのままベッドに一直線に行き、倒れ込んだ。
二日経っているはずなのに今日起こったことのように思い出す。思い返したくないのに、無限に脳内で再生されて不快感が強まる。
『一応聞くが、記憶改変で一部の発言をなかったことにするか?』
「いや…、忘れたくない。」
『そうか。成長したな。』
ソロモンの声はどこか満足そうだった。
「ああ、眠い…。」
凄まじい眠気が襲ってくる。
『ウルよ、少し話がある。』
ソロモンの声が柔らかくなった。
眠気がどんどん強くなっていく。
「わかっ…。」
俺は眠りの谷へ落ちていった。
「もうそろそろ切り替えてもらわねば困る。」
ソロモンは不満げに言ってきた。
あの日以降、目の封印が解け視覚を得たそうだ。ソロモンと直接話せるこの世界でも、目が見えるようになっている。
今まで口だけだったが、目が出てきたことで不気味さが僅かに軽減された。それでも、青い目と口だけ、後は漆黒にくるまれているので不気味さが消えるまでいっていない。
「そうだな。またやってきてもおかしくない時期だからな。」
深淵の空間で寝転がっていた俺は身体を起こした。
「なぁソロモン。」
「何だ?」
「俺にできることってあるか?」
ソロモンは「ん~。」と少し考えて言った。
「ウルの身体に刻まれている神文、それはミカエルの力であり、与えられたものといったな。」
「ああ。」
「これは推論だが、ウルも我と同じ呪文が使えるかもしれん。」
「は?」
思わず心の声が漏れた。
「とはいえ、それを使いこなすことは今のままだと出来ぬだろうからな。」
「だよなぁ。」
薄々分かってた。ただの一般大学生がとある神の力を自在に操れるというなろう小説みたいな展開なんてあるはずない。
「我が面倒を見てやる。」
「本当?」
「ああ、だが約束しろ。『自堕落な生活を送らぬ』と。」
ソロモンは高らかに言った。
迷いはない。何もない自分にわずかな才能とやるべき目標をくれた。その恩に報いれるような人間になりたい。
もう二度と、誰にも心配させない。
「ああわかったよ!」
「…変わったな。」
「あんたのおかげだ。」
「ふんっ。」
ソロモンの口角が上がった。
気づいたら夕方前になっていた。
俺は何気なく、ベランダに向かう。
普段ベランダに行くことはないが、この時はなぜか吸い込まれる感じがした。
スライド式のドアを開け、外の景色を見渡す。
学生マンションの五階のため、道路がかなり細く見える。遠くを見渡したいが、高層ビルといったものに阻まれ、あまりしっかり一望できない。それでも、今見える景色がきれいだと感じる。
「ソロモンはさ、今の目標って何?」
『そうだな。』
静寂が流れる。耳から風の音が入ってくる。
『とりあえず今はあの指輪を手に入れることだな。』
「そう。」
『奴らが来る前に、我が故郷に向かわねば。』
「そうだな…。ん?」
嫌な予感がした。
「ソロモンの故郷ってどこだっけ?」
勘が当たっていれば、ソロモンの家はあそこにある。だがそこは、色々と面倒くさい場所だったはず。
『エルサレムだ。』
嫌な予感が当たった。俺は頭を抱えた。
『ウルよ、支度しろ。エルサレム行く準備だ!』
「やだよ!ていうか、金もパスポートも何もねぇから行こうとしても行けねぇよ!」
『問題ない。海を渡り、走れば誰でも行ける。』
「簡単に海を渡るな!」
ベランダに悲鳴が響いた。
◇◇◇
大阪のとあるビルの屋上。そこに、一体の人間らしきものがいた。
黒のタキシードに包み、腰からは4つの白い仮面をぶら下げている。仮面は黒の三日月で目と口を表したものであり、薄気味悪さがある。ハットからあふれるくせ毛を後ろに流しており、肩あたりまで伸びている。真っ白なイケメン顔。その目は右が黄、左が赤と左右で異なっている。
人間らしきものは白い手袋をはめた右手で親指と人差し指で丸を作っており、その穴を右目で覗いている。
「こんなところにいましたか。」
人間らしきものは呟いた。
「おい!そこのお前!」
人間らしきものが振り返ると、警備服を着た老齢の男が彼の目の前にいた。
「ここは一般人立ち入り禁止だ!すぐに降りなさい!」
人間らしきものは腰につけてある仮面を手に取り、警備服の男に近づいていく。
警備服の男は何かを感じ、人間らしきものと距離を取ろうとした。
だが、その判断は遅かった。
警備服の男の顔に、人間らしきものが着けていた仮面がはめられた。
「家に帰りなさい。」
仮面をつけられた男は、無言で屋上の入り口に向かった。
人間らしきものは先ほどの位置に戻り、また右手でわっかを作って眺めていた。
「あれから3000年。無事ではありませぬが、戻ってこられて何よりです。」
人間らしきものの左目から涙が溢れ、頬に垂れていく。だが、右目は全く潤んでいなかった。
人間らしきものは高らかに言った。
「待っていてください。ソロモン様。」
その目の先には、麗田がいた。
ご愛読ありがとうございました。
これにて、(一旦)完結とさせていただきます。




