11.王様には漢気を見せてもらうことにしよう
何故二人が笑っているのか分からず、ずりずり後ろに下がって、他のメンバーにこそこそと問いかける。
「なぁ、今の何? どういうこと?」
「カマ掛けられたんだよ」
「鎌?」
「試されたということだ」
理由が分かっているらしいロックとレオンが、俺に小声で説明する。
「ハヤシさんが適当なことを言っているんじゃないかと思って、わざと嘘を言ったんだ」
「何で」
「さぁ? 人間が嫌いなんじゃねぇの」
「でも、ハヤシさんはちゃんと答えた、って、ことですよね?」
「ああ。買い出しの時いろいろ装備品だの魔道具だの見てたのは、このためだったんだな」
シャーリーの問いかけに、ロックが頷いた。
ハヤシさん、俺たちにおいしい食事処や綺麗なおねいさんのいるお店を手配してくれるだけでなく、そんなことまで調べていたのか。
「そういえば、あのペンデュラムの金具には妖精の刻印がされていましたね。この工房で作られた証でしょうか」
「ふむ。どうやら本当に調べてきたらしいな」
「貴重な材料ですから。是非とも、最大限の性能を発揮できるような腕を持った方にお願いしたいと」
ハヤシさんの言葉に、おじいさんがふんと鼻を鳴らした。
そして俺たちに向かって、右手を差し出す。
「……いいじゃろう。その鱗をアミュレットに加工すればいいのだな」
「引き受けてくれるんですか!?」
「ああ」
おじいさんが頷いた。
ハヤシさんの方を振り向くと、ハヤシさんもいつもの愛想笑いで頷く。
「ただし、対価は5万ゴールドだ」
「ごっ、5万!?」
今度はぐるんとおじいさんの方を振り向いた。
俺とロックの鎧、2つ合わせて三千ゴールドだ。それが、アミュレット一つで、5万ゴールド!?
贅沢しなければ4年間は遊んで暮らせる金額だぞ!?
「普段は人間からの依頼などいくら積まれても受けぬ。これでも負けてやったほうだわい」
エルフのおじいさんがにやりと笑いながらこちらを見る。
もしかして、鍛冶屋の時みたいに吹っ掛けられているのだろうか。
それとも、さっきみたいに試されているのか? 例えば、これだけの金額を出せる覚悟があるのかどうか、とか。 その可能性もありそうな気がする。
おじいさんの顔を見ながら、考える。
あまりの値段にビビッたが、俺たちには伝家の宝刀、王様に泣きついて出してもらうという手がある。
ハヤシさんの身を守るためには多少の出費はやむを得ない。
ここは勇者パーティーの未来への投資だと思って、王様には漢気を見せてもらうことにしよう。
「……わかっ」
「そうですか」
俺の返事を遮るように、ハヤシさんが声を上げた。
咄嗟に口を噤む。
ハヤシさんは少し俯いて、笑顔に少しだけ悲しげな感情をにじませながら、言う。
「確かにドラゴンの鱗の加工は相当に技術を要すると聞きます。こちらの里で作られるのは、大量生産できるものでもない、完全なハンドメイド品です。作る職人の方に必要となるスキルを考えれば、現実的でない価格になるのは妥当でしょう。請け負う側も常に失敗した時のリスクを考えなければなりませんから」
「失敗」という言葉に、エルフのおじいさんの耳がぴくりと動いた。
「こちらの二人の鎧は人間族の鍛冶屋で、ドラゴンの鱗を加工して作ってもらったものです。強度と魔力耐性をうまく落とし込むのは至難の業と言われていますが、どちらも仕様を満たして仕上げていただきました。ですが、アミュレットとなると魔力を込めて加工しなければなりませんから。きっと事情が異なるのでしょうね。いくら技術力のある方でも簡単に請け負うとは仰っていただけないくらいに難易度が高いことがよく理解できました。我々の見立てが甘かったのです」
ぴくぴくと、エルフのおじいさんの眉が動く。
俺でも分かる。
ハヤシさんの言葉に、プライドを刺激されているのだ。
ハヤシさんの口調はどこまでも丁寧で、嫌味がない。
心の底からそう考えているのが伝わってくる。エルフのおじいさんへの配慮で言っているのが伝わってくる。
だからこそ、たぶん、より一層……おじいさんは、悔しいと思うだろう。
「この度はご無理を言いまして、大変申し訳ございませんでした。街でこの集落で作られたアクセサリーを拝見して、『これを作られた方ならば』と思い伺いましたが……やはり、それほどの腕前の方でも難しいものなのですね」
「出来ないとは言っておらん。貸せ」
ハヤシさんの言葉に、黙っていたおじいさんが反論した。
そして俺の手から勝手に鱗を奪い取る。
「人間族に出来ることなど、ワシにとっては朝飯前じゃ」
「ですが、5万ゴールドなどという大金、我々にはとてもとても。腕前を拝見できず残念です」
「2万にまけてやる」
「…………」
「1万」
「…………」
「8千」
ハヤシさんがニコリと口角を上げて、いつものかばんから羊皮紙を取り出した。