168 こどく
私が振り抜いた拳は、その者の顔面を撃ち抜いた。
「いった~い?! いきなり娘にぶたれた?! 反抗期?! ないわぁ!」
「……おまえがスマコを名乗るな」
「まぁそう言われても仕方ないか。確かに私は神成ウラシスであって、ウラシスではない者だからね」
「……」
「確かにキミたちからすると、私はウラシスの『対となる者』ということになる」
そう、私がこの力に目覚めてから、こいつの存在には気が付いていた。
というよりも、私のせいでこいつの力が強まってしまったと言ってもいい。
そのせいでモロゴンは……。
「これでも私はウラシスとしての自覚もあるのだよ? 『対となる存在』である私も、キミの存在はうれしいものなんだから」
「……」
「こうして目の前で会えて、私はとてもうれしいよ」
「おまえはスマコじゃない!」
思わず大きな声が出た。
「おうふ……そんなストレートに言われたら、さすがの私でも傷つくなぁ」
「……」
「なぁ娘よ。キミは善としてのウラシスから誕生し、悪としての力を開放してしまった。いわば、善と悪、両方の存在になってしまったわけだ。これはどういうことかわかるかい?」
そんなものは分からないよ。
私自身が一番理解できていないんだ。
私という存在はなに?
なんのために存在しているの?
なんのために戦っていたの?
「世界の理……もう一人の私は世界の幸せを願った。全世界の生命体みんなの幸せがあの子の願い。だけど、幸せになる者がいると、逆に不幸になるもの、陥れる者、陥れられる者が必ず存在する。私はそれら、幸せの犠牲になった者たちから生まれたようなものなんだよ」
「……」
「キミにもその気持ちがわかるんじゃないかい? 娘よ」
「……」
「キミは今までいろんな経験をしてきた。その中で、幸福を感じることも、苦痛を感じることも、痛みを感じることも、快楽を感じることも多々あっただろう。その感情たちは『対になっている』ことに気が付いているかい?」
「……」
「なにごとにも必ず『対は存在する』のだよ、娘よ。そう思うと、虚しくはないかい? 誰もが幸福・幸せ・快楽だけを感じたいさ。でもそうはならない。それが世界の理だから」
「……」
「それは誰が決めた? 私たちはなんのために生きて、なんのために戦っている? キミはそんな強大な力を持って、この先どうやって生きていく? これはさっきキミが感じたことじゃないのかい?」
「……さい」
「え?」
「うるさい……いっきに……しゃべるな」
「おうふ……これが反抗期の子を持つ親の気持ちというやつか。ウラシスも大変だったな」
「私のお母さん……シズク。スマコでも……あんたでも……ない」
「あぁ~そっかそっか。ツキシスの眷属だったあの子がキミを育てたんだったね。その間は幸せだったかい? それとも不幸だったかい? 私はそれを知らないからね」
「……」
「キミの答えは、そのどちらもあった。もしくは、そのどちらでもない……かな?」
「……」
「ふふ、キミは無表情のくせに、とても分かりやすいね。そんなところも可愛いよ」
いまだに陽気にしゃべり続けている、この相手からは全く敵意を感じられない。
そればかりか、本当に仲良く会話をしていたいだけのように感じてしまう。
正直な話、しゃべり方は違えども、本当にスマコと会話をしているような気持ちにもなってくる。
でも、この人はスマコじゃない。
それだけは確かだと断言できる。
「……なんてさぁ。って……おうふ、そろそろ時間切れみたいだ。殺気ムンムンの怖い人たちがココに向かってきているね。キミがどうせ意味深な言葉でも残して姿を消したんだろ。この不器用なやつめ」
乙羽とマイカの二人が、全速力で真っすぐにこちらへ向かってきていることは私にもわかっていた。
その後にみんなを乗せた戦艦も続いている。
おそらく乙羽とマイカには私の気配が正確にわかるみたいだ。
これでも自分の分身をいたるところに置いている。
その一人一人に私の気配を残しているというのに……あの二人には困ったものだ。
「そんな力を持ってもなお、キミは好かれるんだね。ちょっとうらやましいよ」
初めて私に向けて、殺気を放った。
その殺気だけで、全身を針で刺されたような錯覚に陥る。
「桜姫、キミに提案だ。私と共に、『対としての存在』としてではなく、同じ運命を背負う者同士、この世界の理をリセットしないかい?」
「……」
「全てをなかったことにするんだ。ウラシスの存在も、私の存在も、善の存在も、悪の存在も、全てを無かったことにする」
「……」
「そうすれば、わざわざ苦しむことも不幸になることもない。私たち対の者同士が、争う必要もない」
「……」
「正直に言えばさ、私はこのまま静かに眠っていたいんだよ。私の対となる存在がいなくなって、破滅と絶望だらけの世界に傾いていくなんてさ……悲しいだけじゃん。だからこそ、善のウラシスの代わりにキミが生まれたのかもしれないけど、また無理やり争うのは嫌なんだ」
この人はずっと孤独だったんだ。
自分の存在というものが、なにをもたらすのかをよくわかっている。
わかっているからこそ、苦しいんだ。
それは今の私も同じ。
自分がなんのために生まれ、なんのために生きるのか。
私は、大切だと思う人たちと共に生き、ごく平凡に生活をしたかった。
それをかなえるためには、モロゴンやこの人のような存在と戦わなければいけない。
果たしてそれが本当に私のやりたいことなのか。
自分さえ良ければ、それでいいのか。
いや違う。
自分の幸せのために、他人を陥れることはやりたくない。
自分の不幸が怖くて、他人を傷つけることはやりたくない。
私は……自分も他人も、誰も傷つけたくはないんだ。




