167 ついのもの
ネコの気配が消えた。
私の中にいたはずのネコの生命反応が消えた。
いつも私を見守ってくれていたネコが……死んだ?
理解が追い付かない。
どうして?
まだネコは生きていられたはずだった。
ずっと自分の中にいるネコを見ていたから。
乙羽の力を借りれば、あの槍の効果を無効化することができた。
私がそうだったのだから、間違いはない。
だから私はネコを乙羽のもとへ全力で連れてきた。
乙羽もネコも助けるために、限界を超えて走った。
途中で皮が剥がれようが、肉がえぐられようが、爪が剥がれようが、お構いなしに走った。
みんなを守るために。
それなのに目の前で乙羽が殺されてしまったと思ったら……乙羽は生きていて、代わりにまだ生きていたはずのネコが死んだ。
いくら呼び掛けても返事は帰ってこない。
代わりに清々しい感情が流れてくる。
これはネコの感情。
アナタもスマコみたいに私の前からいなくなるの?
どうして一緒にいたいと思う人たちがいなくなってしまうの?
ずっと私と一緒にいてよ……おいて行かないでよ……いなくならないで……お願いだよ。
『ちゃんとココにいるでしょうが』と言われているような気がする。
『泣くなバカ。悲しむなバカ』と言われているような気もする。
『アンタが精いっぱい生きる姿を見せなさい。ずっとココにいるからさ』とも言われているような気がする。
『ワタシを友達と呼んでくれてうれしかったよ。大好き』と最後に笑顔で言われたような気がした。
その瞬間、私の中で何かの扉が開く音が聞こえた。
「神桜の力……解放」
私の中にスマコとネコはいてくれる。
二人が私を支えてくれる。
だから大丈夫。
これ以上、大切な何かを失うことがないよう、私はこの力を解き放とう。
「え?! さ、桜夜……なの?」
「こ、この力は……」
気が付くと、二人は私を庇いながらモロゴンと戦っていたようだ。
乙羽から離れた私は真っすぐにモロゴンの元へと歩く。
「ちょ……サク?」
「なんだその力は。ワレなんかよりも禍々しいじゃないか」
モロゴンが振り上げる黒い剣は、さらに身の丈以上に巨大化して振り落とされる。
「桜夜! あぶない!」
「サク!」
二人が叫びながらこちらへ駆け寄ろうとしたので、その動きを私の分身が止める。
そして、中指と人差し指だけでモロゴンの剣を受け止めた。
「……なに?」
「……モロゴン……引け」
モロゴンは必死に剣を振り抜こうとするけど、それはかなわない。
「ぬお?! ビクともせん! うらぁああ!」
私が黒い剣を指の力だけでヘシ折ると、モロゴンはその剣を諦めて両腕に黒い槍を手に取り、突き刺そうとしてきた。
「……こい、デスサイズ」
デスサイズを呼び出してそのままモロゴンの両腕を刈り取った。
「ぐあぁあああ?!」
「……これは……アクシスの分」
「なんなのだ、おまえはぁああ!」
モロゴンは私にかなわないと悟ると、今度は乙羽とマイカの元へと向かう。
二人を人質にでもするつもりなのだろう。
「……無駄」
私は瞬時に二人の目の前へと舞い降り、桜をまとった状態で拳を振り抜いた。
その拳はモロゴンの胴体へ簡単に風穴を開け、そこから花びらたちが舞い踊り、そのままモロゴンの体を破裂させてしまった。
「あ……」
「さく……」
二人がそれに戸惑いを見せる。
「……大丈夫……あれ……本体……じゃない」
「あ、そう……なんだ」
「よかった……」
今回私たちはアクシスを含め、モロゴンも助けると約束していた。
私が先ほど、モロゴンを倒してしまったと思ったのだろう。
「それよりも桜夜、その力は一体……」
「サク……だよね? アタシたちの知ってる、サクなんだよね?」
「……」
二人の自分を見る目が怖い。
あふれ出そうとする恐怖を必死に抑えながら見ているこの目が……怖い。
正直、自分でも分からない。
私が服部桜夜で、神成桜姫という認識もある。
今までのことも、もちろん覚えている。
だけど、さっきまでの私かと質問されたら違うと思う。
姿形はそのままでも、中身が変わってしまっている自覚はある。
ネコという存在を無くしたことで、その悲しみにより覚醒してしまったこの力。
こんな力、ほしくなかった。
どうせならネコが生き返るようなすごい力に覚醒してほしかった。
全てを壊すことができる膨大なこの力を持って、私はこの先をどう生きたらいい?
私はこんなこと望んでもないし、認めたくもない。
でも私はこの力を覚醒させてしまった。
全てを壊し、破壊するだけの破壊神としての力を。
私は……存在してはいけないものになってしまったのかもしれない。
「……アクシス……あぶない」
「モロゴンがそっちに行ったの?!」
「早く行かなきゃ! アクシスを守ろう!」
急いで動き出そうとする二人の裾を引っ張り、停止させる。
そして、今戦艦の中にいる私の分身と位置を入れ替えた。
「……え?!」
「……うぇ?!」
いきなり場所を移動したことに二人が驚いている。
どうやら私は、自分の分身がいる位置なら、次元を超えて場所を入れ替えることができるようになったようだ。
「桜姫……アンタ……」
私を見て、なにかを察したアクシスが神妙な顔つきをする。
どうやらそれは、他のみんなも同じようだ。
唯一の救いは、アズサたち四人がまだ目を覚ましていなかったことかな。
「アクシス……みんな……ごめん」
私はその一言だけを残し、一人で戦艦から離れた。
その眼前には一人の男。
「おまえはもうそこまで至ってしまったのだな」
「……モロゴン」
「良い、なにも言うな。ワレはようやくこの呪縛から解放されるのだ。逆に感謝しておる」
「……」
「最後に一言だけ伝言を頼む……アクシスに悪かったと……ゴハッ?!」
「モロゴン?!」
モロゴンの最後の言葉を聞こうとしたけれど、それはかなわなかった。
でもその想いはきちんと受け取ったよ、モロゴン。
私がここから生きて戻れたなら、アクシスにちゃんと伝えよう。
「ないわぁ。こんな気持ち悪い登場の仕方はしたくなかったね」
「……」
「感動の再開に言葉も出ないかい? 我が娘よ」
「……ウラシス……の『対の者』」
「それとも生まれ変わりと呼んだ方がいいかい?」
「……黙れ」
私のよく知る姿と同じ姿をしている、違う者に向けて思いっきり拳を振り抜いた。




