種明かし
ルイは驚いた。
返書を渡した帝国からの使者たちは、山中に魔法陣を敷いて移動魔法を唱えていた。慌てて転移を止めて貰う。
この魔法陣に、ルイは見覚えがあった。
山賊の拠点を占拠した際に、物置と思われる広い空間に、分かりにくかったが同じような魔法陣があったのだ。
不審だったので現場保全をしてきたが、帝国の使者を連れて確認を取ったところやはり移動魔法のための魔法陣だった。
この使者には繋がっている先は分からないという事だった。
嫌な予感がして、さっと公爵に事情を認めて伝令鳩を飛ばしたのちに魔法陣を使って帝国に向かう使者に同行させて貰う。
帝国までは本来は道が悪く馬で4日の距離のところ移動魔法では一瞬で首都オーディンについた。
ソフィーがいるという治癒院は真っ白な建物で建物の中央には大きな中庭があり、患者が思い思いに過ごしている。
その規模感は大きく、帝国と王国の国力の差を感じた。
「ルイ?!どうしてここに!」
ソフィーの部屋に案内されると、窓際で中庭を眺めていたソフィーが驚いてこちらに駆け寄ってきた。
無事な姿に安心して思わずギュッと抱きしめると、ソフィーは目を白黒させる。
「ルイったら、どうしちゃったの?それよりどうやってここに?」
手紙を送ったその次の日にはもうルイがやってくるのだからソフィーからしたら驚きっぱなしだった。
帝国風のゆったりとした室内着だが、肌触りがよくシルクでできていると思われる。
ただの室内着にこれだけ高価な物を配備するというのは一体・・・
ルイが思わず思案していると、廊下からバタバタと足音が聞こえて来た。
ばん!とドアが開くとルードヴィヒがどしどしとやって来てソフィーの手を取り口付けて挨拶した。
「フロイライン・ソフィー。ドレスがとてもよくお似合いだ。着ていただけて光栄だ。
貴殿はフロイラインの兄君と伺ったが、私は本帝国皇太子ルードヴィヒだ。我が国へようこそ」
ソフィーは顔を赤らめてドギマギしている。
ルイは、そういうことかと納得した。
「初めまして皇太子殿下。ご挨拶遅れまして申し訳ございません。
ソフィーの兄、ルイ・フォン・ミューゼルにございます。以後お見知り置きを。
また、この度は妹の命を救っていただいたということで感謝の念に絶えません。」
ルイはさっと騎士の礼をとって挨拶する。
「・・・なるほど、貴殿はフロイラインと双子というがそっくりだな。
いくつか聞きたいことがあるので、到着して早々だがよろしいかな。」
そういってルードヴィヒはお茶を用意させると、ルイとソフィーと話し始めた。
今回の山賊について、なぜルードヴィヒが他国のミューゼル領にいたか、話し始めた。
ルードヴィヒ皇太子は現在21歳、成人の16歳から立太子していて政務も皇太子として行っているが父皇帝は健在でルードヴィヒ生母の前王妃崩御に伴い、娶った現在の正妃が4年前に皇子をうんでいる。
王妃派閥は第二皇子を皇位につけたい流れがある中で、皇太子は過去に一度だけあった毒殺未遂事件を受けて、王妃派閥が自分の命や立場を狙っていると睨み調査を続けていた。
王妃子飼いの間諜が王国で工作活動をしていることがようやく掴めたため、目的を探るとともに捕縛しようと潜入していたということだった。
母方の実家は伯爵家出身だったため、侯爵家出身の現王妃一派の政治により失脚させられ皇太子としての足元がぐらついていた中での今回の事件だったので絶対に何かあると踏んでいた。
父の皇帝は派閥争いの件も踏まえて知っていて静観して居る。
これくらいの処理を自分でできない限りは皇帝になる器ではない、ということのようだ。
ルイとソフィーはドライな親子関係と皇室の冷酷さに背筋が凍る思いがした。
ソフィーが拿捕した山賊の頭をルイが尋問した結果、工作員は建国祭に合わせて交通量が増えるし
羽振りのいい貴族も通るだろうから稼ぐにはちょうどいい、と口車に乗せられていたらしい。
組織化については工作員からノウハウを聞いて偵察隊・先鋒・実働部隊・盗んだ金品の輸送部隊・殿部隊とチームを作り、ルーティンを組んでいたそうだ。
連絡スキームもしっかり組んであり、成功すると噂が噂を呼び、遠方からも仕事を失って身をやつした人が吸い寄せられるように集まり組織が肥大化していったらしい。
十分に山賊家業が回るようになると、工作員が武器調達をして来て成功率も格段に上がって行った。
実際、ミューゼル公爵領は大きな街道が通っており、通行税などもとらないので
多くの観光客や貴族がこの街道を通って王都に向かっていた。
その話をルイから聞いたルードヴィヒはさっと顔色を変えて侍従に指示を出す。
「それはつまり、建国祭に合わせて参列する正妃を山賊が襲い怪我を負わせ、私に繋がる証拠を残せばうまく失脚のための材料に出来ないかと画策したのだろう。万が一失敗すれば、ただの山賊に襲われたとして王国に賠償金を請求するのでもよい。どちらにしても正妃が襲われた事実があるとマズい。」
既に移動魔法を使って出発した正妃はこのタイミングを逃さないだろう。
行動を起こすなら今日明日のはずだ。
正妃は建国式に参加するために、移動魔法と馬車の移動をしていた。
移動魔法をするためにはある程度の広さが必要で、街中にホイっと移動することはできないので市街地の適当な広さの確保できる場所に移動して、そこに準備させていた馬車を使って休憩をするのだ。
移動魔法は一気にどこにでも行けるわけではなく、魔力の程度にもよるけれど
皇室お抱えの魔道士の魔力レベルだと一度に30kmほどしか移動できない。
また一度魔法を使うと魔力をごっそり削られるので3時間ほどは休憩しないと魔力回復しない。
だからこまめに宿場町で休憩をしたり、その間馬車で移動したり、という形で王都に向かっていた。
帝国は魔法が発達した国ではあるけれど、皇室お抱えの魔道士というのはそこまで数がいない。
今回、ルードヴィヒ・ソフィー・ルイの移動に伴ってかなりの魔道士が魔力を使っていたので
片道正妃を追いかける人材しかいなかった。
ルイとソフィーは自領での出来事だからと無理を言って、ルードヴィヒと彼の護衛兵3名と共に正妃の行先に向かった。
今回の正妃の移動には2名の魔道士同行が許されたので、昨日出発したのであれば今日か明日には公爵領に入って居るはずである。
公爵領は農産物の収穫ができる豊かな土地であるが故に道路の整備も進んでいた。
公爵領の道路は運輸の要となっていて宿場町も大きな場所が点在して居る。
それにも関わらず正妃は件の山賊の拠点を通っていく小さな宿場町を目指して馬車で移動して居るところだった。
ルードヴィヒ達は馬車を見つけて、山中で山賊が出やすいポイントに先回りすることにした。
ポイントになり得る場所をルイがいくつか尋問で直接聞き出していたのでかなり対策の方向性が早めに定まった。
三つ目のポイントがもうすぐ見えてくる、というところで不意にルードヴィヒが皆の動きを止めた。
「誰かいる。」
全員行動を止めて、様子を伺う。
暫くするとほんの一瞬、草むらが不自然に揺れた。
間違いない。誰かいる。
ピリッとした空気が流れ、ルイが投擲を草むらに向かって思い切りながる。
パッと人が飛び出してくるのを見逃さず、護衛騎士達が追いかける。
ルードヴィヒもすかさず抜刀してグングン間合いを詰める。
ブーツに魔法具が付いているのか、猛烈な勢いで追い上げ、急所を外して山賊を刺す。
ぎゃっ!
山賊は大きな声を出して地面を転げ回る。
他にも仲間がいないかと探したが、結局この一人しか見当たらず、取り急ぎ連行しようとした。
ソフィーは捕らえられた者をはっとした。
自分を刺した人物だと気がついた。
―――こいつが、工作員だ。