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40.送り狼には気をつけて

「そっそういうの、あとっあとにしましょう!」

どもってしまった私を、言い合いをやめた二人が見る。

 一瞬、こんな二人は放置して逃げた方がいいんじゃなか……なんて、薄情なことが頭の端をかすめた。二人は元々同じ会社の社員で、仲もいいようだし、私いらないんじゃぁ……とか言い訳してはみるものの、さすがにそういうわけにもいくまい。

「もうっ、せっかく出口が見えてきたとこなんですから、そういうの、とりあえずやめといてください。出てから……出て、現実に戻ってから考えましょう!」

「戻ったら結婚しようって、まるっきり死亡フラグだよな」

「むしろ殺したくなってくるんですが……」

物騒なことを言い出した小野くんに、思わずちょっと引いてしまう。

 まぁ、大野聡というキャラクターは、ぶっ殺すだのクソッたれだの、汚い言葉を使うキャラだったし、むしろ今の方が違うのかもしれない。でも、わんこよろしく尻尾振って近づいてくるようなイメージを持ってしまっていたせい、ちょっと、驚いてしまう。

 いやいや、それを言うなら、いきなりプロポーズの我妻さんのほうが、ゲーム内と印象が異なるか。

 これもそれも、つまるところ小林奈津子の持っていた印象と、本人の違いということなのか、彼らも、きっと、もっと違う顔がいっぱいあるのだろう。

 それを知りたいと思うけれど、ここを出てしまえば……。

 ふと、嫌な気持ちが沸き上がってしまうが、それでも、こんなところにいつまでもいるわけにはいかない。

 これから家に戻り、翌朝までを過ごして……登校して後に校長室に呼ばれれば、エンディングのはずだ。

 もしかしたら、ゲーム中はモノローグで、ひと騒動あったとかあったはずだから、両親が迎えに来て、友人たちに奇異の目で見られたり、家に戻って叱られたり、友達から電話の嵐を受けたりとかいうことぐらいはあるかもしれない。

 それでも、そう待たずにエンディングに向かうはずだ、バッドエンドはそうあるべきだ。

「そろそろ帰りましょうよ」

エンディングのためにも、それを早く見るためにも、家にかえらなくっちゃならない。ゲームの中のように、ブラックアウトして次のシーンということがないこの状況では、私たち自身が動かなきゃ進まないんだ。


 未だ夕景を見せている、ガラスの向こう。

 まだ終わらない、たった数分間のはずの日没。こんな進まぬ歪な時間は、早く進めてあげなくちゃいけない。

 私の時間も、まだ二の足を踏んでいる状態だ。

 小野くんへの気持ちは大野くんというキャラクターへの延長線上に置いて、小野くん自身の気持ちをゲームシステムの干渉を受けたものと疑い、浮気にも先生へもふらついた気持ちを持ち、我妻さんの真摯さにやられかけている。

 もうほぐしようがない毛糸玉のように、こんがらがってしまっている。

 だからこそ、ちゃんとエンディングを迎えて、断ち切ってしまわなくっちゃ駄目なんだ。

「帰らないと、エンディングがはじまらないじゃないですか」

まだ夕陽を映すガラス窓に背を向け、店を出てエレベーターへと向かう。ふと外を見ると、もうとっぷりと日は暮れており、星空が見えていた。

 時間が、進んだらしい。

 会計を済ませてきたのか、エレベーターが到着して少し後、我妻さんと小野くんが、なにやら話しながらこちらに歩いてくる。

 一瞬、閉めるボタンを押したく思ったのは薄情か、迷った指が開くボタンから離れたものの、扉が閉まる前に二人が到着し、するりと中に入ってくる。

「俺が送りますからね」

「いや、車で送ろう。もちろん、オオカミになる自信は満々だが」

「ダメだろっ! ぜってー俺が送る、そんなん、上司命令とかそういうの、関係ねっす」

言い合う二人の言葉で、話の内容自体は理解したが、思わず、何を話してるんだと呆れてしまう。

 やはり、閉まるボタンは押すべきであったと、後悔が押し寄せる。

「いりません」

きっぱり拒否はしておいたけれど、二人はなおも言い募り、最終的にはじゃんけんまでしていた。


 結局、私を送る役目は、小野くんがじゃんけんで勝ち取った。

 我妻さんは、そのまま地下駐車場までエレベーターで降りていった。

 一階で降りた私を、小野くんはわんこよろしく追いかけてくる。でも、送り不要の私の発言を守ってか、隣には並ばずに数歩下がってついてくる。

 振り向いたら、『かまってかまって』と尻尾振る幻覚まで見えた気がした。前を向いてしまえば、キューキューと鳴き声が聞こえてきそうだ。思い切り肩を落として、情けない顔をしている彼が思い浮かんでしまう。

 しょうがないなぁとかまってしまいたくなるのは、負けだろうか? それとも愚かなことだろうか?

 どのみち彼はこっ酷くフル相手で、ここを出たら無関係になる間柄で、何をしたとて意味もないなら、今だけ優しくしてもいいじゃないかと思えてくる。

 もう一度振り返り、その情けない顔がパァッと笑み崩れるのを見て、思わず手を伸ばし、彼の腕に絡みつく。

 しょうがないではないか、これはほだされてしまうものだろう、普通……。

「ねぇ、そういえば、ちょっと気になってたんだけど……セクハラコード、出てる?」

「セクハラコード……ですか?」

ラッキースケベではないが、彼の腕に胸を押し付けてみる。そこを凝視して、慌てて視線をさまよわせたあたり、胸の感触に気づいていないわけはないだろう。

 俯いたその顔を覗き込んで見れば、真っ赤に染め上げた困り顔。そんな顔を見たら、ますます意地悪したくなってしまう。

「こう、頭の中でビープ音が鳴り響いたり、エラーコードが出てきたりとか……かなぁ」

「そういうのは、ねぇっ……ないです、でも……」

言って、その手が胸に伸びる。ちょっと驚いて身を引いたら、その手は胸ではなく頬に、そして唇のあたりをなぞりくる。

「こうしたら、なんかスッゲー頭痛が……」

「こないだ、デートの後にキスしたときも?」

「あ~、あれも酷かったっすねぇ……やり過ぎたかなぁて思って、で、辞めたらなくなります」

我妻さんはビープ音だのなんだの言っていたけれど、どうやら小野くの我妻さんとでは、セクハラコードも出方がが異なっているらしい。

 とはいえ、まぁ、やりたくなくなるぐらいに嫌なことになるというのは理解した。というか、我妻さんは、それをおしても私にキスしたがったのかとか……ちょっと照れくさくなってくる。

「こっちからの行動には制約ないかなぁ?」

「押し倒してくれるなら、喜んで!」

「するわけないでしょうが」

今の会話の流れで、どうして私が小野くんを押し倒す話になっているのか、まったくもってわからない。

 絡めていた腕をほどいて数歩先行くと、小野くんはすんませんとかごめんなさいとか言いながら、追いかけてきた。

 とりあえず、プレイヤー側からホスト側を押し倒すのはいいようだ。だが、ホスト側からイベント以外のアクションしたら、ビープ音だか頭痛だか、セクハラコードに引っかかって、痛い思いをするらしい。

 触れると、触れた感触も視覚的な刺激もある。

 記憶の中にそれに対する欲求とか気持ちよさに対する期待というか、そういう体験に即する行動や快感を入力することによって、たとえばその気にさせて押し倒させて、奉仕させて……いやいや、もう、我妻さんのせいだ、我妻さん寄りの考えがふと浮かんでしまった。

 でも、攻略対象側からのアクションはダメでも、プレイヤーの記憶も行動促進もできるあたり、やりようによっては……と、邪な考えがふと浮かぶ。

 知識さえあれば、ある意味ハーレム奉仕とかさせることができるのではないだろうか?

 おそらく……それを望みさえすれば、できる人……我妻さんや清水慶介なんかなら……。


 そんなことを考えたところで、ひょこっと小野くんが顔を寄せてくる。

 どうしたの? 怒ってる? 嫌いになった? そんなことを言外に問いかけてくる表情に、どうにもいたずらしたくなってくる。

 これは、チョップするべきか、ほっぺつねるべきか、なんか妙な選択肢まで浮かんでしまうが、そんな意地悪なことよりもと……その鼻先にちゅっとキス。

 みるみるその顔が赤く染まりあがり、どこの乙女かいと聞きたくなるほど、両手で頬を抑え照れ飛びのいた。

「わ、わわっわっ……」

屈みこむ姿勢が悪かったか、ぺたんと尻餅すらついた小野くん。とりあえず放置で歩み進めると、少し距離置いたところで正気付いた彼が、慌てて追いかけてきた。

「ほんっと意地悪っすねぇ……なんか、こう、小悪魔というより、もう、立派な悪魔に魅入られてる気分っすよ」

「キス一つで腰砕けてる坊やってだけでしょ」

誰が小悪魔だか悪魔だか知らないが、とりあえず『坊やだからさ』とか言っておく。

 まぁ、言ったところで、こちらだって、百戦錬磨というわけではないから、ちょっと浮つく心はどうしようもない。だというのに、彼はすっかり拗ねた顔をこちらに向けてきた。

「なんっすか、それ……あいつと熱烈なべろちゅーとかしてて、俺とのキスじゃ満足できねぇってことっすか?」

これは、浮気を追及されてるって状況だろうか? でも、ちょっとかわいいとか思ってしまうのはどうしたらいいのか。

「まぁ、それは……したけど……」

「マジしたんすかっ! ずっずるい!」

何がずるいのやら知らないが、意地悪く言った私の言葉に、あっさりしゅんっと落ち込み顔。容易すぎてかわいくて、虚言でごまかし慰めて、優しくなだめてしまいたくなる。

「あのねぇ……忘れてるの? 私は女子高生じゃないし、顔だってこんなんじゃないし、綾香ってのだってただのキャラクターの名前だし……」

「皐月さん」

「うん、そんな風に呼んだところで、何もかわりゃしないんだよ」

でも、口から出たのは憎まれ口。

 甘い言葉でオオカミさんになってもいいのだけれど、それよりも今は、早く家に帰りたい。

姫崎凛?:ヒロイン:未遭遇 ・ 駿河裕司:学園王子様:お助けマン ・ 清水慶介:羽鳥啓太:魔法使い

大野聡:小野竜也:破局……? ・ 谷津タケル:武田くん:意地悪 ・ 我妻圭吾:我妻圭吾:口説き?

高木遥:先輩:疑惑 ・ 小野ナツ:小林奈津子:嫌悪

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