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第二十六話 俺の考えた最高のチート住宅へ




 長い夜が明けた――


 俺たちは崩壊した長寺(おさでら)の跡地から、生き残った人々と合流を果たす。

 そこからの事後処理は、文字通り泥沼の様相を呈していた。


 幸いと言っていいのか、流石と言っていいのか、犬上大領(いぬがみのたいりょう)や寛朝(かんちょう)、平判官(たいらのほうがん)、剛太(ごうた)などは無事に生き残っている。


 水龍に攻撃された際、ちょうど建物の中にまで攻め込んでいたのだが、建物の造りが頑丈だったためか、直撃を免れて生き残ったという。なかなかにしぶとい方達だ。



 後日、長寺(おさでら)へと攻め込み生き残った者たちの話を詳しく聞いた。

 長寺(おさでら)は壊滅的な状況で、建物はほぼ流されてしまい、もはや廃寺となる運命は免れないという。

 ただ、かろうじて残っていた、頑丈な堂宇(どうう)から、厳重に封をされた文箱が発見されたらしい。


 東寺の寛朝(かんちょう)たちが見つけたその中身は、元杲(げんごう)という僧から偽空海へと宛てられた密書だった。


 書面によれば、あの偽空海の名は「空詮(くうせん)」というらしい。

 中には高野山で入定した空海の、国を護る力が弱まっていることが書かれてあった。


 葛子(かずこ)の過去を見た際、話に出た淳祐(じゅんにゅう)内供。

 その高僧が、護国の力の弱体化を憂いている様子が書かれていたという。


 彼らはその問題を解決するために各地の龍穴に、新たな弘法大師信仰の拠点を築く計画を立てていたのだ。

 淳祐(じゅんにゅう)内供は真言宗の一部にその事実を伝え、元杲(げんごう)はそのために暗躍していたというわけだ。


 各地の弘法大師信仰を集めるにあたり、彼らがどのような行動をしていたのかも書いてあった。



 しかし、密書の終盤では話が変わってくる。


 一緒に修行していたが、挫折した空詮(くうせん)を慰めるような内容と共に、山に引きこもっている空海ではなく、市井で活動している其方がこの世の中を変えるべきだ、私の手に入れた密教の秘術を授けられるのは其方しかいないと元杲(げんごう)が言っているのだ。


 それは、特殊な灌頂(かんじょう)を行うことで、弘法大師の力を扱えるようになるといったものだった。

 Yuiさんは、おそらくこれによって末那識(まなしき)に空海関数システムを構築したのではないかと推測する。



 各地の龍穴に空海の信仰を結びつけることで、入定した空海にエネルギーを集めることを計画した淳祐(じゅんにゅう)内供。

 空海の力を与え、龍脈からエネルギーを偽空海である空詮(くうせん)へと集めようとした元杲(げんごう)。


 色々な状況から考え、葛子(かずこ)の過去に現れた若い僧は、もしかしたらこの元杲(げんごう)だったのかもしれない。

 この二つの相反する内容を聞いた時、俺は薄寒いものを感じるのだった。



 ただそんな俺とは違い、その手紙を見て怒り狂っていた者がいた。


 寛朝(かんちょう)である。


 事実を知った彼は、真言宗内部の暗部を暴くべく、怒りも露わにして、京へと急ぎ戻っていったのだ。



 だが……これはさらに後で聞いた話なのだが、京に急ぎ戻った彼を待ち受けていたのは、祖父である宇多法皇の崩御という、さらなる凶報だったという。




 一方、ここ近江の犬上郡は、別の意味で地獄と化していた。


 国司である源高明(みなもとのたかあきら)。

 彼は災害で田が泥に埋まってしまったと必死に訴える犬上大領に対し、今年の租や調の免除をはねつけ、あろうことか「免除してほしければ、まずは街道である東山道のルートと堤防を直せ」と冷酷に命じたのだった。


 これでは庸と変わりがない。自分は逃げ帰ったくせに……さすが貴族である。

 理不尽と自分の都合しか考えてない感じが、典型的な貴族であった。


 そうそう、その肝心の源高明(みなもとのたかあきら)は、偽空海に恐れをなし、京へ戻って軍を用意しようとしていた矢先、俺たちが偽空海を討伐したという報を受ける。出兵は取り消され、彼はこの地に戻ってくることはなかった。


 そもそも彼は、好奇心と見聞のために近江へ来ていただけ――

 今回の騒ぎと泥まみれの災害に、すっかり懲りたらしい。


 「野蛮な田舎はもうたくさんだ」とばかりに、現地に赴くことをやめて、完全に京へ引きこもってしまったのだ。


 今回の騒ぎのすべての実務と責任を現地の犬上大領に押し付け、代わりに目代が犬上の地で徴税を始める。

 そうやって近江の支配権だけはちゃっかりと掠め取っていく。中央の貴族の図太さには恐れ入るばかりだ。



 とまあ、側から見れば、貴族の下衆っぷりが、また始まったのかと言わんばかりの平常運転だが、犬上大領からすればたまったものではない。

 追い詰められた犬上大領は、生き残った領民たちに、過酷な土木工事を強制したのだ。


 すでに異常気象と今回の災害で限界を超えていた領民たちが、そんなものに耐えられるはずもない。

 大勢の者が土地を捨てて逃げ出し始めたという。


 逃げ出した者たちは野盗となり、略奪を始め、まさにこの犬上郡は阿鼻叫喚の地獄絵図となっていたのだ。


 ここに住む者たちは気の毒に思うが、もはや俺がどうこうできる立場ではない。

 冷たいようだが「頑張ってください」としか言いようがなかった。





――――――――――





   ――ザッ


         ――ザッ



      ――ザッ




「――大領の奴め、どうやら多賀(たが)神社へ転がり込むようですな」



 山道を踏みしめる音に混じり、前を歩く男が振り返りながら言った。


 俺は今、甲良郷のお隣、多賀郷にある芹川の上流へと向かう険しい山道を歩いている。

 道案内をしてくれているこの男は、先の戦いで亡くなった蛇女の夫であり、豊郷に住んでいた鍛冶職人だ。



 良源(りょうげん)たちは、今回の事件の事後報告と、比叡山のこの地における支配権を固めるため、多賀神社近くの敏満寺(びんまんじ)にしばらく滞在することになった。


 俺もさっさと京へ帰りたかったのだが、この大混乱の最中だ。淡海を渡る船はすぐには手配できない。


 平判官(たいらのほうがん)から、復興を邪魔する野盗どもを退治しようと提案もあり、数日復興を手伝いながら比叡山の連中の用事が終わるのを待ち、一緒に船に乗せてもらうことになったのだ。



 時間が空いた俺は、前世の知識を頼りにスマホを使い、この近くが石灰岩の産地であることを調べあげた。

 なんとか京のチート住宅のため、コンクリートや漆喰用の大量の石灰岩を採掘できないかと探っていたのだ。


 俺は復興に勤しむ者たちに、石灰に関する情報がないかと聞き込みをしていた。

 もちろん邪魔になっており鬱陶しそうにされたのだが、そんなことは気にせず続けていると、声をかけてきたのが、この職人の男なのである。



「この騒ぎの前、芹川の水がえらく白く濁りましてな。

 こりゃあ、山が崩れて「白石」の層がごっそり顔を出したに違いねえと睨んでたんですよ」



 男はそう言ってニヤリと笑った。


 白石――つまり石灰岩は、鍛冶屋が鉄を加熱し鍛える際、不純物を取り除くための融剤として重宝されている。

 職人たちの情報網ではすでに話題に上がっており、探しに行く予定が出ていたのである。


 ただ、今はこんな状況。

 この職人も豊郷には戻れず、ここで復興の手伝いをさせられていた。



「……妻が死んだばっかりだってのに、ずいぶんと元気なもんだな」



 あまりにもサバサバしているので、俺は呆れたように尋ねた。



「ああ、あれですか」



 男はあっけらかんとした口調で笑う。

 彼は立ち止まることもなく、木々の枝を払いながら答えた。



「元より惚れ合って一緒になったわけじゃあねえですしな。

 俺も家を継ぐわけじゃなく、適当に空いてた女の家に転がり込んだだけの、形ばかりの夫婦でして。

 子もいねえし、あいつが勝手に化け物についてって死んだんだ、自業自得ってやつでしょう」



 職人の男の言葉は、驚くほどにドライだった。

 なんだかウジウジしている俺がバカみたいではないか……。


 まあ、この時代の夫婦なんてそんなもんか。

 好きで一緒になる方が少ないのだろう。



「嫁の実家に戻るわけにもいかず、生まれ故郷にゃ居場所もねえし、途方に暮れてたところでした。

 ……どうせ京へ行く身になりやしたし、こっちの事ぁもう関係ねえ話です」



 嫁の実家の鍛冶屋を継ぐ予定だったらしいが、その嫁は蛇女としていなくなってしまったので帰れなくなっていたのだ。


 京のチート住宅に必要な鍛冶技術を持っているこの男の存在はまさに渡りに船。鴨がネギ背負ってる状態ってやつだ。

 俺はすぐさま彼をスカウトして、家の下男として働いてもらうこととなったのだ。



「しっかし、京ってのはどんなとこなんだろうな。楽しみっす!」



 男は楽しそうに山道を歩いている。



 俺の懐には『緑青(ろくしょう)の鏡』がしっかりと収まっていた。


 あの後、大量のエーテルを吸収したことで、鏡はパワーアップを果たしていた。

 隠世(かくりよ)の塗籠(ぬりごめ)空間はさらに広がり、俺のイメージに合わせて間取りすら自在に変えられるようになっている。



 だが、あの弘法池という無尽蔵のエネルギー源とのリンクが切れた今、エーテルは使えば減る有限のものに戻ってしまった。


 もはや鬼の腕を連続で召喚するような、デタラメな真似はできない。

 今後は使い所を慎重に見極める必要があるだろう。


 それでも大量の石灰岩を塗籠(ぬりごめ)空間に収納できれば、京に持ち帰ることができるのだ。

 「俺の考えた最高のチート住宅」の建築計画も、いよいよ現実味を帯びてきたといえるだろう。



(あとは純友(すみとも)様が京へ帰還された後、事の顛末をどのように朝廷へ報告するかですね。

 下手な事実を伝えれば、権力争いの政治的カードとして利用されかねません)



 そうだった。

 この突拍子もない出来事をどう報告したらいいのだろうか……一度平判官(たいらのほうがん)と話し合っておくべきだろう。気が重くなる……。



(純友(すみとも)様が中央の政争に巻き込まれないよう、立ち回りを計算することが最優先ですね)



 それを考えると有力者である源高明(みなもとのたかあきら)に会いに行くべきなのだろうか。

 しかし、それも気が重いな……。



「さあ主、もうすぐですよ!」



 職人の声に顔を上げる。


 木々の隙間から、崩落によって露わになった巨大な白い岩肌が見えてきた。

 職人の予想どおり、石灰岩はあったのだ。



 ……その時である。



「あっ! くそっ!! 蚊に噛まれたッ!!」



 そうか、俺は『浄化の護符』を持ってるから蚊が寄ってこない。

 だから、最近蚊を気にすることがなかった。この職人に『浄化の護符』を渡すのを忘れていたよ。



 蚊を威嚇するため、手を振り回す職人。


 そんな彼を見かねて、俺は懐から出した『浄化の護符』を職人に渡す。

 まだ若い職人は護符を受け取ると「こんな便利なものをありがとうございます!」と無邪気な笑顔で笑った。



 その笑顔に、家族の笑顔が重なる。



 京に戻れば憂鬱なことも多いが、逆に楽しいこともたくさんある。


 何より家族の笑顔に会えるのだ。


 これだけ大量の石灰岩があれば、色々な事ができるだろう。

 きっと家族たちと快適に暮らせる住環境を整える事ができるはずだ。


 京での生活への期待に胸を膨らませながら、大きく深呼吸をし、力強く山道を歩み続ける。



 俺は朝廷に反乱を起こし、瀬戸内を荒らしまわる海賊となるかもしれないのだ。

 先の事を考えると、不安に溺れそうになってしまう。



 だが、そんな不安に足を取られてしまい、家族たちの笑顔が消えてしまうようなら、心の中で千代(ちよ)に合わせる顔がない。



「とにかく今を楽しむとするか――」



 俺はそう呟き、未来への不安を振り払うのだった。




 第一章 完








※AIを文章の校正・改稿、設定整理、資料調査、アイデア検討等に活用しています。また、一部の本文にはAIが生成した文章を直接使用しています。物語・世界観・登場人物・展開等の創作および最終的な文章の判断は作者が行っています。

※本作に登場する仏教用語・哲学用語・科学用語は、実在する思想・学説・科学的知見を参考にした、作中独自の解釈です。現実の思想・学説・科学的見解を厳密に説明するものではありません。

※本作に登場する歴史上の人物・出来事は、実在の史実を題材としておりますが、人物像・人間関係・行動・出来事などに作中独自の創作・改変を含みます。史実とは異なる部分がありますので、歴史創作としてお楽しみください。



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[あとがき ここまで読んでくれた方へ]


 このような駄文をここまで読んでいただき、ありがとうございました。

 第一話から話数を重ねるほどPV数を減らし、最後には一桁のPVになりつつも、でも一人はこの話を読んでくれているんだと励まされ、ここまで書き切ることができました。本当にありがとうございます。


 思えば「話数を重ねるほどPV数減」ということとなった背景にはAIに「設定が多すぎる」「主人公の一人称ボケが鬱陶しい」「登場人物のキャラクターとしての魅力が薄い」「面白いと思わない」などの注意を受けつつも、それらをガン無視してここまで書き続けた報いな気もします。


 この話を書くに至ったのも、唯識の話をYouTubeで見て、ファンタジーに落とし込むならこういうことなのかなと思いAIに壁打ちしながら考えた結果、「平安時代が一番設定を生かしやすいのでは」となったからです。

 私は作中の純友もビックリするような底辺学力なので、平安時代・科学・哲学など、まったく知らない素人です。頭いい人たちからすると鼻で笑われるような話かもしれません。ただ、この設定が好きで、思い入れもできたのでそれを書き残したいなと思い、いつ終わってもいい覚悟で設定を詰め込んで書きました。


 もう、結構書きたい設定は書きましたので、後は詰め込む必要もなく近江編はそれらの設定を生かした話を繰り広げたつもりです。


 まだはっきりと決まっていませんが「京に帰った純友の伊予の国に行くまでの生活」を二章で書けたらなと思っています。

 怨霊系ならネタとして菅原道真がありますし、藤原淑姫の息子、源自明(源高明ではない)は935年に伊予守になりますので面白い伏線になっているのではと思っています。931年に源自明が14歳だという設定を使うなら、お姉ちゃんである瑠璃とのほのかな恋心的な云々があっても面白いかもしれません。


 伊予の国行った三章なんかは、まだ調べてはいませんが大山祇神社と海賊との関係性など面白そうだなと思いました。

 まあ、何も調べてませんが……そういえば当時の神道、日本書紀とかどうだったんだろ? 多分、国家が自分たちの正統性を説明するための歴史書だったんだろうけど……。

 そう考えると、平安時代中期は律令制が緩み始めた時期。各地の地方豪族がその地を統治する際の正当性を欲してたはず。今作で犬上のことを書く際、調べてて思ったのだが、祖霊を祀り、長寺を大事にするのは、その土地の統治者としての正当性を保つため大切なことではないのだろうかと思いました。

ね、そう考えると大山祇神社と海賊との関係性って面白そうじゃないですか?


 まあ、こんなことをあとがきにつらつらと書いていますが、そもそもこの話は人に読まれていないです。ここまでの話を敷居高く作っちゃいましたからね。

 まあ、話の敷居だけでなく筆者の筆力の無さも問題ですが、それは今作では今更どうやっても変わりません。


 なので他の話を幅広く書きながら、読んでもらえるものを作れる修行をしようと思います。申し訳ないですがその関係上、このお話はここから当分動かなくなります。すみません……。


 作者の魅力が上がれば「いずれこの話も読まれるようになるかなー」と希望的な妄想をしながら、もう少し修行をさせてください。

 

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