第72話: 騎士団箱推し食堂
最終話です!
◆◆◆【ユーリス】
ユーリスからのプロポーズから、2年――。
アデルとユーリスは、王都を離れてシュトラウル領へと移り住んでいた。
つまり、王国騎士団の黒鷲隊の駐屯所を去ったわけだ。
2人の存在を祝福しながらも惜しみ、「お幸せに!!!!!」「おっさん、寂しくなっちゃうよ」などと送り出してくれた者たちもいれば、「推し活ができなくなるのではありませんこと?」とアデルを心配したり、「アデルお嬢様の尊厳への侵害です」「百合が足りてません」などと訴えたりする者もいた。
「アデルの周りは、俺のアンチが多くないか?」
と、ユーリスは不満を漏らしていたが、彼とて何も考えていないわけではなかった。
ユーリスもまた、アデルと同じように王国騎士団を心から大切に思っていた。
「たとえ王都に……バルドゥル様のおそばにこの身が寄り添えずとも……。俺の魂はあの方の夢の果てに預けている。シュトラウルの地でも、俺は王国騎士であり続ける」
「かっこよすぎませんか? 今の、もう1回お願いします! 耳の奥に焼き付けます!」
「い、嫌だ! 辱めないでくれ!」
そんなやり取りを繰り返しながら、2人は団長のバルドゥルや他2隊の隊長、士官学校教官のエドガーらと会議を重ね、とある新事業を進めていった。
アデルにとって、それは“最推し”を輝かせるための環境づくりであり、夢のような箱推しの活動に他ならなかった。
アデルとユーリスが作り上げたもの。それは「王国騎士団金獅子育成所」だった。
シュトラウル領の豊かな自然の中で新人騎士たちが訓練を重ね、滋養に溢れた食材で強い体を作り、実践に耐えうる戦力となるまで育てる寮制の訓練施設である。士官学校の生徒の実習受け入れも積極的に行い、未来への投資の役割を担っている。
「やァ、ユーリス」
果てなき麦畑の間をランニングしている新人たちをユーリスが丘のてっぺんで監督していると、灰茶色の髪を後ろで束ねた眼鏡男子が近づいてきた。
「サミュ。講義は終わったのか?」
「うん。1、2班は問題なし。3班は……めちゃくちゃ走ってるね。ダイジョウブ?」
「舐めてくれるな。あいつらはお前の想像よりも頑丈だ」
怪我や病の知識、応急処置の仕方の心得があるとないのとでは、生存戦略が大きく変わる。
そのため、サミュは定期的に医学の講義や実地訓練のために金獅子育成所を訪れる。成果は上々で、もっとも多かった新人騎士の死傷率は確実に下がりつつあった。
サミュは自信に満ちた瞳で頷くユーリスの脇を「さすが所長サマだねェ」と肘で突っついた。
「その呼び方は……なんだかまだ慣れないな」
所長――金獅子育成所所長が、今のユーリスの肩書だった。
新人騎士たちの育成を司るこの場所で、ユーリスは磨いてきた騎士の心技体を彼らに伝えている。先日はアデルの弟のルカを無事に卒業させ、黒鷲隊へと送り出したところだ。
「もう板についてると思うケド? 君って意外と教えるの上手いし……。バルドゥル団長も言ってたよ? 『金獅子育成所出身の新人は、紅蓮の熱情を培っている』だってさ。よかったね、ユーリス」
「バルドゥル様がお元気そうで何よりだが、称賛すべきは俺じゃない。皆がつらい訓練を充実の日々へと昇華できているのは、アデルのお陰だ」
ユーリスがくるりと振り向くと、育成所の宿舎の煙突から薄い煙が立ち上っていた。
爽やかな風に乗って、小麦粉の香ばしさとバターの芳醇な香りが漂ってきた。トマトと牛肉を煮詰めたコクの深い香りも存在を主張している。
胃袋を刺激するおいしい香りに、ユーリスの口元は自然と弧を描いていた。
「昼食は《シュトラウルブレッドとブラッドトマトのビーフシチュー》のようだ」
「よく分かるね。いや、よく分かるようになったね、かな。アデルさんの教育の賜物かなァ」
「教育じゃない。あ……あ、あ、愛だ!」
「ハイハイ」
照れながら惚気るユーリスを鬱陶しそうにしながらも、サミュは「ランチ、楽しみだなァ」と食堂の方角に足を向けている。
かつてアデルを中心に騎士たちの「食」を見直したことで、悩ましかった新人騎士の離職率を低下させることができた。それだけでなく、生存率や魔獣撃破数も飛躍的に上がり、団全体の戦力と士気のアップに繋がった。
そのことが評価され、アデルが料理長を務める食堂が育成所に設けられたのだった。
彼女の温かい料理を楽しみにしている騎士たちで、食堂はいつも満席だ。笑顔が絶えないその場所をユーリスはずっと守っていきたいと思っていた。
(騎士団の食堂は、アデルの居場所であり、俺の『特等席』がある場所だからな……)
「ユーリスさまぁぁぁぁっ! みなさぁぁぁんっ! お昼ご飯、できましたよぉぉぉぉっっ!」
黄金色の畑に囲まれた宿舎の前で、アデルが精一杯の大声で叫んでいる。
名前を個別に呼んでもらえるだけで嬉しくなってしまうユーリスは、愛しい女性に向かって「すぐに向かう」と大きく手を振った。
「ナイスファンサ! サンキューお手振り!」
返ってきた言葉には色気は微塵もなかったが、それでもアデルの“最推し”であるという自覚がユーリスの心を温かく満たしている。彼女がよそってくれる料理は、いつもユーリスの分だけ他の騎士よりもちょっぴり多いのだ。
(俺のアデルは、料理で俺を笑顔にしてくれる)
ユーリスは少しそわそわとしながらも、アデルからリクエストされていた“ファンサ”――投げキッスに挑戦してみた。
(えぇと……こう、か?)
チュッと小さなリップ音が、アデルの耳に届いたかどうかは分からないが、ユーリスのぎこちない動作を目にした彼女は、宿舎の前で胸を押さえて悶えている。
「バカップルめ」と、サミュが呆れた笑い声を漏らすが、ユーリス自身は恥ずかしくて耳まで赤くなっているのだが、アデルの可愛い反応が見られて満更でもなかった。愛は受け止めてもらえたら嬉しいものだ。
だから。
妻から箱推しされるのも、悪くない。
【END】
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