第67話:プロポーズその後
◆◆◆【ユーリス】
「はぁ~~~……」
駐屯所の食堂のテーブルに力なく突っ伏しているのはユーリスだった。じめっぽいため息を吐き出しながら、もう四半刻ほど動けずにいた。
「掃除の邪魔です、副団長。待ってたって、愛しのフィアンセは来ませんよ?」
「知っている……アデルは実家だ……」
布巾を片手にテーブルを拭いて回っているグレゴから文句を言われても、ユーリスは微動だにしない。彼を両脇から見守っていたバルドゥルとサミュは、「料理長、すまん」「世話のかかる奴なんです」と申し訳なさそうに眉を下げている。
「なんかあったんです?」
「ユーリスは一世一代のプロポーズをしたんだ、アデル嬢に。だが……」
「バルドゥル様、言い触らさないでください……」
「あぁ、すまん! だが、部下たちもなんとなく察しているようだぞ」
グレゴの問の答えは、バルドゥルがはっきりと示さなくとも、ユーリス本人の姿が物語っていた。
シュトラウル侯爵邸、滞在最後の夜――。
ユーリスはアデルにプロポーズをした。
「俺を君の『特別』な存在に……夫にしてほしい」と。
「家族との溝が埋まって、なんだか色々上手くいく気がして……俺は……うわぁぁぁ……なぜ調子に乗ってしまったんだぁぁぁッ!!!!」
ユーリスは、この世の終わりのような絶望的な悲鳴を上げた。
部下たちがいなくてよかった……と、言わんばかりにサミュは周囲を見渡している。
「情けない声出すなって。まだ完全にフラれたワケじゃないんでしょ? 『保留』なんだし、返事を待とうよ」
「そうだぞ! 希望を捨てるな、我が友よ!」
バルドゥルからも鼓舞されるが、ユーリスの気持ちは晴れない。
アデルはユーリスの告白に対して、「……それは、推し活をやめろということですか?」と尋ねてきた。
その質問を想定していなかったわけではなかったユーリスだが、実際に言われると胸が痛かった。
すぐにプロポーズを承諾してくれない時点で、アデルの心は自分には傾いていないことが明らかで。
「俺だけを見てほしい」と告げたユーリスを見つめる瞳から、輝きが失われたことも明白で。
アデルはしばらく沈黙し、「考える時間をください」と言い、そして実家に帰ってしまったのだ。
「どうして俺はあんなことを……推し活可のハートフルな実家だと言えたら……うぅぅぅぅ……」
「まぁまぁ。コレでも飲んで、元気出してくださいよ。栄養たっぷりですよ」
「ぐす……、すまない。料理長……」
ユーリスはグレゴがそばにコトンッとグラスを置いてくれた音を聴き、ようやく顔を上げた。オレンジ色をしているので、野菜と果物のミックスジュースのように見える。パッと手を伸ばし、やけくそ気味にグラスをあおる。
「ぐぅおぼぼぼぼぼッ⁉」
想像を超える粘度と温度と辛味が、ユーリスを襲う。びくんびくんっと意思に反して体が痙攣し、体内は燃えるように熱い。
「紅炎鶏とスパイス各種の栄養ドリンクです。以前のものをアレンジしてみたんですよ~」
床をのたうつユーリスには、ドヤ顔のグレゴに言い返す余裕などなかった。
(アデルぅぅぅ! 早く戻って来てくれぇぇぇッ!)
◆◆◆【アデル】
その頃、アデルは海にいた。
寄せては返す、青と白の溶け合う波の音は、日常を遠いものにして――。
「わーいっ! “あっさりアサリ”、ゲット~!!」
大きな二枚貝を浜辺の砂から掘り当てたアデルは、潮干狩りに夢中だった。




