第65話: ラップサンドに気持ちを包んで
◆◆◆【アデル】
「わぁ! すごい!」
エリーゼが瞳をキラキラとさせながら、中庭に駆け込んできた。
侯爵邸の中庭は、短く刈り取られた青い芝の周囲にたくさんの花々が咲き誇っている。中でも可憐な黄色の薔薇のアーチは、まるでおとぎの国を訪れたかのような非日常をもたらしていた。
そんな美しい庭園の中心に真っ白いクロスが敷かれた長テーブルが一つあり、卓上には花々に負けない艶やかな朝食が並べられていた。
「花束がお皿にのってる⁉」
「綺麗だわ。ね、あなた」
「あぁ。クレープに似ているが、これは……?」
アデルが椅子を引き、侯爵が頷きながら腰掛ける。エリーゼとダリアさんも侯爵の隣の席に着き、うっとりとテーブルの上を見つめている。
卓上の中央を彩っているのは、薄く延ばして焼いた小麦粉の生地で、野菜や肉、チーズなどをボリューム満点に巻いた料理だ。エリーゼが「花束」に例えるほど美しく、さながらそれらは卓上花のようだった。
「南方の《ラップサンド》という料理をアレンジしています。シュトラウル領の小麦を使っていて、生地の香りともちもち具合がたまりませんよ~!」
「美味しそう! お皿のやつ、食べていいの?」
「ふっふっふ。エリーちゃん、それは私が作った見本。もちろんそれを食べてもいいんですが、もっと美味しい食べ方があるのですっ!」
アデルがパンパンッと手を叩くと、屋敷の方からゴロゴロという車輪が回る音が聞こえた。
ユーリスが銀色のワゴンを押して現れたのである。彼の腰には黒の腰巻エプロン。まるで料理店のギャルソンのようだった。
(エプロン姿のユーリス様、SSR! 大優勝!)
手製の王国騎士団ブロマイドに加えたい絵だな、という雑念はいったん振り払い。
「ユーリス……」
「ユーリス兄さま!」
侯爵とダリア、そしてエリーゼが、ユーリスの意外な登場に目を見開く。
昨日はずっと彼らから距離を取っていたユーリスは、どこか吹っ切れたような空気をまとっていた。滲んでいるのは、気まずさよりも気恥ずかしさのようで、彼はコホンッと咳払いを一つしてから、居住まいを正す。
「好きなものを選んで、自分で巻いてみてください。具材はこちらに」
ワゴンからテーブルに移されていく皿には、トマトにレタス、紫キャベツ、アボカド、キャロットラペ、カボチャサラダ、チェダーチーズにクリームチーズ、ハム、ベーコン、スモークサーモン、りんご……。たくさんの具材がテーブルに並ぶ様子は圧巻だった。
エリーゼが「おもしろそう!」と声を弾ませながら、さっそく生地に手を伸ばす。具材はハム、クリームチーズ、ハムだ。
ダリアは「エリー、お野菜も一緒に食べると美味しいわよ」と娘にひと言入れた後、「もしかして」と、テーブルの脇に立っているユーリスを見上げた。
「あなたが作ってくれたの?」
「そうなのか⁉ ユーリス」
「いや……ほとんどアデルがやってくれて……」
ダリアに続き、侯爵の視線もユーリスに注がれた。
ユーリスは目を魚のように泳がせている。
堂々と胸を張ればいいのに、とアデルはやれやれと肩を竦めた後、「そんなことありませんよ!」と、元気な声で割り込む。
「例えばこの夕焼け人参のキャロットラペ。ユーリス様は一生懸命、細切りに挑戦されました。ちょっと太いですけど。ブラッドトマトは盛大に汁が飛び散りましたし、岩アボカドは種が上手くくりぬけなくて実がやや崩れましたが、許容範囲に収まりましたし」
「じゃあ、この繋がってるハムは?」
「それは大当たりということで」
エリーゼが皿の上の長いハムをぴろりと広げたので、アデルはウィンクで応えた。ユーリスは顔を真っ赤にしながら「あ、味は保証します!」と早口で言い切った。
その会話をかわきりに、庭園の空気は和気藹々としたものに変わった。
エリーゼは野菜も入れたハムのラップサンドにかぷかぷと可愛い口でかぶりつき、ダリアも好物だというチーズをふんだんに巻いた欲望サンドを作り上げていた。
そして怪我で利き腕が不自由な侯爵の隣には、ユーリスが座っていた。
「手伝います」
「しかし……」
「怪我の時くらい、息子を頼ってください……! さぁ、何を巻かれますか?」
戸惑う侯爵から強引に生地を奪い取ると、ユーリスは野菜をぽいぽいと載せていく。侯爵が「に、肉も頼む」と慌ててリクエストをしている姿が微笑ましく、アデルは猫のように目を細めて親子を見守った。
エリーゼによると、侯爵の怪我は彼女のために負ったものらしい。エリーゼの帽子が風にさらわれ、木に引っ掛かってしまったのを侯爵は取ろうとしてくれた。しかし、威勢よく木に登ったはいいものの、運悪く枝が折れてしまって――……だそうだ。
それを聴いたユーリスはこめかみを指で押さえ、ため息を吐き出した。
「無茶をなさる。年を考えてください」
「年寄り扱いするんじゃない。子どもにいいところを見せたいのが親心というものだ」
「同時に、かっこわるいところも見せたくないのよね? だから、怪我をした報せをユーリスにしなかったのよ」
「え……」
「ダリア! そういうことは言うんじゃない!」
「ほら。息子の前でかっこつけたがって」
慌てた侯爵に「認めなさいな」と悪戯っぽい笑みを向けるダリアは、新しいラップサンドを作成中だ。たっぷりのクリームチーズとりんごを巻いた、デザートサンドだ。
「お父さまね、よくユーリス兄さまにお手紙書こうとしてるの。でも、途中でくしゃポイしちゃうの。かっこいい文章が浮かばないから、だって」
「エリーゼまで……」
愛娘からの追い打ちに、侯爵の眉はすっかりハの字に下がってしまっている。
ユーリスといえば、何か思い当たる節があるのか、呆れたような仕方がないと諦めたような、複雑な顔色を浮かべている。
ユーリスの胸には、なぜ父は自分に怪我のことを教えてくれなかったか、という胸のつかえがあったのだろう。父との信頼関係を信じ切れずにいた彼なら、状況を悪い方へ考えていてもおかしくはない。
(本当に、ちょっとしたすれ違いで拗れてしまう……。でも、よかったですね、ユーリス様。ご家族は、ちゃんとあなたのことを愛してくださっています)
アデルはスモークサーモンとアボカドのラップサンドを頬張った。芳ばしい小麦粉が香る生地と、スモーキーな風味の具材が口の中で絶妙にマッチして、思わず口角が上がってしまう。スモークサーモンが二連結なのはご愛敬だ。
義妹が大好きな花が溢れる庭園で。義母の好きな具材をたっぷり用意して。怪我をしている父が片手でも食べやすい料理を作る――。
(あなたの愛も、必ず届いていますよ)
家族と他愛ない会話を交わすユーリスがそこにいることが、アデルは嬉しかった。自然と胸の奥がぽかぽかと温かく、いつまでも見守っていたい気持ちになる。
こっそりとユーリスを見つめていると、不意に本人の視線がアデルを捉えた。金色の瞳に見つめられ、アデルは飛び上がりそうになってしまう。
(わわっ! じろじろ見てるの、バレちゃった⁉)
家族に向ける柔らかい視線と似ているけれど、少し温度が違う。そんな眼差しを不意に注がれ――彼は声を出さず、「あ・り・が・と・う」と薄い唇を動かした。
ドクンッと胸が高鳴った。
この胸の高鳴りは、初めてではない。昨夜、ユーリスの額に衝動的にキスをしてしまった時と似ている。ドキドキして、心がきゅんとして、彼から目が離せなくなる、そんな感情だ。
(わぁ……どうしよう。ユーリス様が、“かわいい”……)




