第1話:妄想が捗って仕方ない
ポンコツヒーローが推し活女子に振り回されるラブコメディです。
毎日投稿完結保証です。よろしくお願いいたします!
「オレたちは“剣”で平和な世を創る。だが、人の笑顔を作るのは、いつの時代だって “うまい飯”だ」
5歳の伯爵令嬢アデル・クレッセントに、当時の王国騎士団長は言った。
魔獣討伐の任を終えた彼らを、誠意いっぱいの宴でもてなした、そんな夜。
アデルは、騎士たちの語る英雄譚に胸をときめかせた。
仲間と共に剣を振るい、戦場を駆ける日々。
騎士の栄誉を駆けた馬上槍試合。
未知なる大地での胸躍る大冒険――。
守り、戦う気高い騎士たちに憧れたアデルの胸に、騎士団長のその言葉はキラキラとした星のような輝きを灯した。
今思えば、子どもへの優しさにすぎなかったのかもしれない。
けれど、少女に夢を抱かせるには十分だった。
「わたし、たべた人をえがおでいっぱいにするごはんを作りたい――‼」
◆◆◆【アデル】
(私の婚約者は、私のご飯で笑顔になるどころか、食べてくれることさえない)
アデルは気持ちが迷子になる感覚を覚えながら、華やかなパーティ会場の壁の花になっていた。
先ほど、耳にしてしまったのだ。
騎士団長と副団長の会話を。
「先日のパイは美味かったな。ほら、あれだ。お前が持って来た――」
「俺の婚約者からの差し入れですね。部下たちもよく奪い合っています」
(あ……私の差し入れ、他の騎士様たちに流されてたんだ……)
喉が詰まる思いに苛まれ、力なく壁に背中を預けて今に至る。
アデルは婚約者――王国騎士団副団長ユーリス・シュトラウルにエスコートされることなく、今日もぽつんとひとりぼっちだ。
丁寧にヘアセットしたピンクブロンドの髪も、一生懸命練習した流行りの化粧も新調した大人っぽいデザインのドレスも、何の意味もない。
王国騎士団に特別な思い入れのあったアデルは、3年前ユーリスとの婚約が決まった時、とても喜んだ。
「私の料理でユーリス様をお支えする!」と意気込み、騎士団の駐屯所に得意の料理を差し入れた。つい一昨日もそうだった。
力のつく肉料理や、疲れを癒やす焼き菓子、体の調子を整えるハーブのお茶……。
どれもこれもユーリスのことを思って作ってきたが、つい今しがた耳にした会話で、アデルはいよいよ理解してしまった。
(ユーリス様は私に興味がない。『仕方ない』んだろうなぁ)
アデルの認識では、この婚約は政略目的。
交易に強いクレッセント伯爵家と、農作物の生産に定評があるシュトラウル侯爵家が手を結べば、食糧流通力は大陸切ってのものになる。
けれど、それだけではアデルは婚約者との仲を「仕方ない」と割り切ることはしなかった。そうなった理由は、ユーリスの興味を独占する存在が、あまりにも大きかったから。
――騎士団長バルドゥル。
バルドゥルは王弟でありながら、戦場の最前線で戦う騎士団長だ。
豪気で優しく、民のために最善を尽くす彼は人々からの人望が厚い。
幼い頃から傍に仕えてきたユーリスも、バルドゥルのことを心から尊敬している。傍から見るに、それもまぁまぁ異常なほどに。
「バルドゥル様が好きそうだ」
アデルがユーリスのために用意した料理はほとんど感想をもらえたことがなかったのだが、ごく稀にかけられる言葉といえば、バルドゥル基準の感想ばかり。
(ユーリス様の好みの味じゃなかったのかも。それにお仕えする方のお顔がすぐに浮かぶなんて、忠義心が素晴らしいわ。だから、仕方ない)
デートの誘いの手紙にも、返事はまず来なかった。
もし返事があったとしても、大幅に遅れて。
「団長の補佐業務で時間が取れない。またの機会に」。
(バルドゥル騎士団長の補佐だなんて、重要なお仕事だもの。だから、仕方ない)
貴族のパーティでは、エスコートされたことがなかった。
彼がアデルと会話をしたり、ダンスを踊ったりする時間などない。
「バルドゥル様の護衛に徹する。あの方は国の宝だから」
(仕方ないって、分かってるのに……)
「見て。アデル様、今日もお一人よ」
「いつも気の毒だな…」
パーティ会場では、仲睦まじいカップルたちの姿が否が応でも目に入る。
彼らは独り隅っこに佇むアデルを見つけると、哀れな生き物に向けるような湿っぽい眼差しを注いでくる。
アデルは、自分を惨めだと思ったこともあった。
憧れの王国騎士の婚約者になれたことに浮かれ、はしゃいだ十代。
しかし、驚くほど相手をしてもらえず、両親には強がって「順調よ」と見栄を張ってしまった日もあった。
同年代の令嬢たちは、婚約者と逢瀬を重ね、次々に婚姻を結んでいる。アデルはもう20歳。結婚していてもおかしくない年齢だ。
(胸が痛い……苦しい……私、いったいどうしたら――)
俯き、鼓動が早くなる胸に手を当てる。
ドッドッドッと脈打つ心臓は、アデルにこれまで経験したことのない胸の痛みを与えていた。
(私、変だわ……。ユーリス様に無関心を貫かれて、つらいはずなのに。差し入れのパイを横流しされて、悲しいはずなのに)
ドッドッドッ。
先日作ったクランベリーのパイが頭に浮かぶ。
バルドゥルや若い騎士たちが、取り合うようにしてそれを食べる様子を想像したアデルは、胸を押さえたまま、がくんっと膝を突いてしまった。
ドドドドドッ。
ドドドドドドドドッ。
「うわぁぁぁっ! 嬉しすぎるぅぅぅっ!」
アデルの若葉のような色のグリーンアイは、星を宿してキラキラと輝いていた。
周囲の貴族たちの奇異なるものを見る視線や訝しむ声など、気にも留まらない。
ドキドキと胸が痛くなるほど高鳴る心臓の音だけが、アデルの耳に届いている。力が抜けてしまい、床に膝を突いているものの、心は天に舞い上がる気分だった。
(料理を食べてもらえた! 王国騎士団の騎士様たちに!)
大切な婚約者に袖にされ、悲しむべきなのに。
どうしてこんなに自分は喜んでいるのだろうと、アデルの感情はすっかり迷子になっていた。
想像もとい、妄想が捗る。
「ハァ……ハァ……」
(バルドゥル団長は、パイを豪快に召し上がられる気がする。手掴みで、こう……ぱくぱくと。3ピースくらい。そうしたら騎士様たちの配分が減っちゃうから、きっと争奪戦が巻き起こるわ。先輩後輩入り乱れて、模擬試合の勝者がパイを勝ち取る……! けど、みんな優しいから、結局勝者が敗者にもパイを切り分けてあげたりして――)
ハッピーな妄想は、王国騎士団の強火ファンであるアデルの脳みそを、ゴウゴウと焼いた。
全身が熱い。瞳孔が開ききり、はぁはぁと息が漏れる。油断したら、涎まで垂れそうだ。
(『仕方ない』‼ 心を落ち着かせるためにも、帰って妄想の続きをしよう!)
アデルはすくっと立ち上がり、遠くの王族席にいるユーリスとバルドゥルの2人を一拝みすると、足取り軽くパーティ会場を後にした。
妄想が捗って、仕方ない。
もちろん、アデルの心境の変化どころか、彼女が早々に会場を去ったことさえ、ユーリスは知らなかったのだった。




