64話 世界が真っ白に塗りつぶされた
金属がこすれ合わせたようにも、女性の悲鳴のようにも聞こえる不快な旋律が木霊する。
思わず耳を塞ぎたくなる様なそれはデインの守護竜が奏でる詠唱。
今迄聞いて来たものとは明らかに違う異質の旋律を奏でながら、デインの守護竜の体が紅く輝きを始める。
まるで血の様な色をしたその光はまるで脈動の様なリズムで明滅して、その様はなぜか見る者をどうしようもなく不安にさせる。
翼のベールに隠されたスバル女王の姿は未だ見えず、今何がが起こっているのかは確認できない。
「なにをしているんだぁ! お前!」
とうとう我慢の限界を迎えたアカネがなりふり構わず飛びかかる。
デインの守護竜は飛び上がりそれ回避するが、間髪入れずに紅い稲妻が襲いかかる……でも。
ぷちゅん。
気の抜ける様な音を上げながら、アカネが放った稲妻は奴へと届く前に消えてしまった。
デインの守護竜を包んでいた光が徐々に弱まって消えると、デインの守護竜はスバル女王を覆い隠していた翼をゆっくりと広げていく。
翼が開くと、そこにいたはずのスバル女王の姿はどこにもなく。
そして。
デインの守護竜の胸元には、煌々と輝く聖痕が刻まれていた。
「あれは……なんです?」
姫さん怯えるみたいな声でつぶやく。
デインの守護竜の体にに突如現れたそれは、間違いなく姫さんやスバル女王が持つ聖痕と同じ者だったった。
「……フッ…クフッ! アッハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」
突然デインの守護竜が笑う。
「すごいな! まさかこれほどだなんてッ! この世界に来て、いや、元の世界に生きていた頃から今までこんな気分は初めてだよッ! すごい! すごいや! アハハハハ!」
異常なほどに気分が高揚としているのが分かる、その声には興奮と恍惚があふれていた。
喜びよりも狂気を感じる笑い声が不気味に響く。
一体なにがおかしいっていうのか、天を仰ぎ狂ったみたいに笑い続けるその姿は恐怖を覚える程だ。
「スバル? ……スバルを一体どうしたの!」
切迫したアカネの声にデインの守護竜がぎょろりとその視線を向ける。
「あぁ~どうしたかって? 知りたいかい? なら教えてあげるよ。僕は今、ネネイルの巫女を自身の体に取り込んだのさ。そうだなぁ~、あえて野蛮で残酷な言い方をするなら――」
デインの守護竜はその口元を邪悪に歪めて笑う。
「僕は今、たった今、彼女を食ったんだよ」
その時、爆弾が爆発したみたいな爆音が響き地面が揺れる。
それはアカネがデインの守護竜めがけて、大地を蹴り上げた衝撃だった。
目にもとまらぬ速度で突撃するアカネをデインの守護竜は避ける事はせず真っ向から受け止める。
二人が激突した瞬間、目の前に雷が落ちたみたいな爆音と衝撃波が走り、空気がビリビリと震える。
「スバルを返せ!」
「君は返せと言われて一度食べたものを吐き出すかい? そんなみっともない真似するわけがないだろう?」
デインの守護竜がアカネを投げ飛ばし地面に叩き付ける。
負けじとアカネは魔導の雷をデインの守護竜へと飛ばすが、雷はまたデインの守護竜へ届く前に霧散し消えてしまった。
怒りで我を忘れたアカネはそれでもかまわず雷を放ち続けるが、そのどれもがデインの守護竜へ届くことはない。
その光景には見覚えがあった。前にルリルの奴と初めて戦ったとき、俺の魔導はあいつに届かなかった。
魔導の主導権を奪われ無効化される、それが意味するのは相手との埋めようのないほどの力量差。
「――古代ネネイルの人々は守護竜を特別な存在だと考えその力を自分たちの物にしようとした……しかし、果たして僕らは本当に特別なのだろうか?」
唐突にデインの守護竜が語り始める。
「不思議に思ったことはないかい? 僕ら守護竜は強大な力を持ちながらその力は普段は封じられている。その上、手綱を握るのは仕えるはず巫女の方だ、これじゃあ主従があべこべだ」
高揚し恍惚とした声で得意げに話しながら、デインの守護竜は自身の目の前に蝋燭程度の青白い小さな炎を出した。
「僕らは特別なのか? 答えはノーだ! 真に特別のは僕らじゃない! 特別なのは聖痕をその身に刻んだ巫女! 異界の魂を呼び寄せ竜の形を与えこの世界にとどまらせる彼女達の力のほうさ!」
今もなお放たれ続けているアカネの雷を気にも掛けずにデインの守護竜が語り続ける。
「それこそがこの世界の根幹に関わる力! 僕達は所詮その力から生まれた副次物に過ぎないのさ! でも僕は今! そんな巫女の力を取り込み真の意味で完全な力手に入れた! もう僕は何者にも縛られない! 僕は!」
デインの守護竜に刻まれた聖痕が輝きを増し、青白い炎がまるで水滴みたいに地面へと落ちていく。
そして――。
「最強無敵の存在になったんだ」
その時、世界が真っ白に塗りつぶされた。




