63話 禁忌
「そもそも太古の昔、帝国が後に大陸エルフと呼ばれる彼らの祖先を何のために保護したのか? 答えは簡単、秘密裏に禁忌を研究するためのモルモットとしてさ。何時だって他を出し抜こうとする悪い人はいるって事だね」
まるで夏休みの自由研究を発表でもするみたいな口調で話されたその事実は、この世界に転生したばかりの俺にはどれだけのことなのかは正直言ってよく分からない。
「なぜ、そんなことをあなたが知っている?」
ただ、そう問いかけるスバル女王をはじめとしたこの世界の住人達の驚いたような反応を見ればそれがどれだけ衝撃的な事実なのかは察しは付いた。
「以前から禁忌については調べていたのだけれど、最近その過程で当時の研究資料を偶然見つけてね、少し前ようやく解読が終わったんだ。いやなかなか興味深い内容だったよ」
「ほう! それは是非ワタクシも一度観てみたいものですね」
デインの守護竜の横で一人場違いにテンションを上げるライレイとは反比例するようにそれ以外の表情は険しい物になっていく。
「禁忌に付いての研究は――」
「大陸法で禁止されている、かな? 知っているよ、そんなことくらい」
姫さんの言葉を待ち構えていたみたいに遮ってデインの守護竜は言葉を続ける。
「僕は守護竜だからね、そんなもの隠蔽するのはそう難しくなかったさ。もっとも公に漏れないように色々と手は回していたけれど」
色々と、それが何を意味してるのかは言葉にせずとも碌なことじゃねえことが透けて見えた。
「さて、話がそれてしまったね、研究資料を手に入れて僕は太古の禁忌その真実を知った。それはまさに神への冒涜に等しい行いだったんだ」
そう言ってデインの守護竜は俺とアカネへ順繰りに視線を向ける。
「君達も知ってる通りこの世界は僕達よりも前の世代の守護竜達が形作ったものだ。当時は今以上に守護竜は絶大な影響力を持ち神に等しい存在だった、でも当時のネネイルの民達はその神を超えようと巫女を捕らえあまつさえ、それを人質として国の守り神であったはずの守護竜を実験材料として研究を始めたのさ」
体を切り開き内蔵を引き釣り出され、あらゆる薬や魔導の反応を観察され、ただそれでも決して殺す事はしない、生かさず殺さず実験は長い事を続けられた。
デインの守護竜が淡々と語る当時の実験の内容は聞いてるだけで気が滅入る様な胸くそ悪い物で、聞くに堪えなかったのか姫さんは堅く目をつぶってデインの守護竜から顔を背けた。
「いくら守護竜と言えど巫女を押さえられてしまっては本来の力を発揮する事は出来ない。まともな抵抗をすることが出来ぬまま日々が過ぎる中、当時の研究者は守護竜の力を自分たちに取り込むことは出来ないかと考え、実に単純かつ原始的な方法でそれを実現しようとした、さてそれは何だと思う?」
「ふむ、力を取り込む……魔導による融合でしょうか? 実際過去にはそういった試みがあったというのは聞いたことがあります。もっともそれは鉱物と言った無機物同士を対象とした物でしたし、生物しかも守護竜との融合など聞いた事もありませんが」
まるで授業中に担任が生徒に問題を振るみたいなノリで飛ばされる質問に、長年欲していた知識にテンションが上がってるのか、わずかばかし興奮した様子でライレイがそう答えた。
「惜しい。大体あってるいけれど、いっただろう実に単純で原始的な方法だって」
もったいぶる様にそう言ってデインの守護竜はそのくちばしみてぇな口を不吉ににやりと歪めながら、その答えを口にする。
「食ったのさ。守護竜の血肉を文字通りね」
告げられたその常軌を逸した事実にライレイを除いたその場の全員が表情を引きつらせる。
……つい考えてしまう。
見知らぬ世界に飛ばされたあげくとっ捕まって実験動物として扱われて。それは同じ守護竜としてこの世界に転生してきた俺にもあり得たかもしれない出来事だ。
おぞましい実験のモルモットにされたというその守護竜がどんな奴なのかなんて検討も付かないが、そいつが当時なにを思って生きていたのか、そう考えるだけでも胸くそが悪くなりそうだった。
「結果としてその行為はある一定の成果を見せた。守護竜の血肉を食らったネネイルの民達の肉体は変質しダークエルフと呼ばれる今の姿になった。とはいえ変化と言っても多少魔導適性が上がった程度で彼らが望んだような結果には至らなかった様だけれどね。その後、守護竜の事を憂いた一部の人々が捕らえられた巫女を逃がし他国へとその事実を伝え、当時のデイン、フィロール両国の手で研究を主導していた一派は粛正され守護竜は救出された。もっとも長年の監禁生活と実験が祟って守護竜、巫女双方それからまもなく亡くなったらしいけれど」
それから後は皆が知っている通りだとデインの守護竜は言った。
当時のデイン、フィロールの守護竜や王族達によって実験に関する資料は全て処分、厳しい箝口令を敷き事実を闇に葬った上で一部を除いたネネイルの民を国ごと大陸から追放した。
「以上が僕が知り得る太古の禁忌とその歴史さ、すまないね長々とご視聴いただいて」
「ええほんっとに――で? あんたは結局何がしたいの?」
明らかな苛立ちを込めてアカネが言う。それもそうだろう、デインの守護竜は今だにスバル女王捕らえたままなのだから。
「たらたらたらと、何かあるって言うのならさっさと言いったらどうなの。あたしはまどろっこしいのは好きじゃないのよ!」
再び朱い稲妻アカネの体の周りで弾け始める。
それはアカネにじみ出す苛立ちと怒りが視覚的に現れた様だった
だがデインの守護竜はそんな怒りなんて気にも掛けずに涼しい顔を崩さない。
「そうか――それなら、今こそお見せしよう。僕がこの世界に転成してから今まで研究を続け、そしてついに結実したその成果を」
徐にデインの守護竜が押さえているのとは逆の翼腕でスバル女王を覆い隠すその様はさながら手品を披露するマジシャンに似ていた。
――――。
その時、デインの守護竜が怪音を紡ぎ出した。




