53話 ぶれることのない言葉
木の軋む様な古めかしい音を響かせながら扉が開くとその向こうには巨大な円卓があり、スバル女王とその首元に巻き付いて肩に乗るアカネの姿もあった。
「皆様この度はオレの城へ足を運んでくれてありがとう。さぁどうぞ此方にお座りください」
相変わらずの演技がかった仕草に促されるまま姫さんと俺は円卓の席に着きその両隣にセリスとルリル最後に姫さんと向かい合う形でスバル達が座った。
「まず初めに、改めてにはなりますが遠路はるばる我が国へよくぞおいでいただきました、深く感謝いたします」
そう言ってスバル女王は頭を下げ、上げると同時に今度はアカネ口を開いた。
「さーて前置きとか嫌いだからさっそく単刀直入に言っちゃうけど、あなたたちをこの国に招待したのはズバリあたし達の技術を貴方達の国で買って欲しいからななの」
「技術を買う? それはフィロールとネネイルで交易を行いたい、と言う事でしょうか」
「その通り。具体的に言えばネネイルからフィロールへの自由航行権と自由交易権があたし達は欲しいの、今のままじゃ制限が多くて交易どころか自由に国から出ることさえ出来ないから、見返りはあたし達の技術の一部提供およびそれによって作られた物品の優先交易権。どう? 貴方達にも損はないと思うけど」
そそう言われてみれば、たしかデインの鴉野郎もネネイルは他国との交流を制限されているとか何とか似たような事を言っていたことを思い出す、こっちに来るとき俺が運ぶことが許されなかったり何かと手続きに手間取っていたのも、その制限が関係しているとかいう話だったはずだ。
「過去に我々の先祖達が犯した過ちから途絶えた大陸との交易、それをオレ達は復活させたい。どうか我々の望みを受け入れてはもらえないでしょうか」
そう言ってスバル女王が再び頭を下げたその時だった。
「ハァァァァ~ア」
あからさまでわざとらしい溜息ににその場にいた全員が視線を向けると、ルリルが心底つまらないとでも言いたげなの表情をしていた。
「ずいぶんと簡単にそんなこと言っちゃうんだぁ、ネネイルの女王サマは」
不機嫌を隠そうともしない、氷柱を差し込むような冷ややかで鋭い声をルリルはスバル女王へと向ける。
「ねぇ女王サマ? あんた、ただ歩いていただけで石を投げられた事がある? ただそこにいるだけで死ねって言われたことは? ないでしょ? ルリルみたいな大陸エルフと違って島に引きこもってのうのうと生きてきたんだからさぁ」
声を張り上げて怒鳴っているわけじゃないただ淡々と話しているだけだったが、その様子はまるで血が滴る傷口を見せているようなそんな生々しさと静かな怒りがあった。
大陸人のダークエルフに対する差別。ルリルのやつが今までどんな風に生きてきたのかオレはよく知らない。
こいつも話そうとしないし、正直オレもあまり聞きたいとは思わない。お互いにとって胸糞の悪い話しになることは分かりきってるからだ。
ダークエルフの現実っていうやつを今この場所で一番理解しているのはきっとこいつなんだろう。
ただ理由が何であれ相手は一国の女王様だ。口の悪さに関しちゃ人の事は言えないがさすがにこれはまずいんじゃないかとルリルを止めようとした俺の目の前にそっと姫さんの手が下りる。
「大丈夫です」
姫さんは一言だけそう言って視線をルリルの方へと向けている。
「禁忌を犯した汚らわしい呪われた種族、それが大陸人達のダークエルフに対する常識なんですけど。その辺分かってる?」
ルリルの言葉を受けてスバル女王が小さく苦笑する。
「解っている――とは言えないな。きっとオレでは想像も出来ないくらいの理不尽をキミや大陸の同胞達は受けてるんだと思う。もしかしたらこのまま島の中で静かに暮らすことがこの国にとって一番なのかもしれない、でも」
朱い瞳が、逃げずにルリルの事を見つめ。
「それは今オレ達が何もせず二の足を踏む理由にはならない」
まっすぐにぶれることのない言葉でスバル女王ははっきりとそう言った。
「先祖が犯した過去の過ちは許されるものではないのかもしれない、大陸の人々はオレ達を受け入れてくれないかもしれない、だけどそれを理由に島に引き籠ってるだけでは何も変わらない。他国と国交が開かれれば大陸で苦しむ同胞を救えるかもしれない、ゆくゆくはネネイル人に対する差別や偏見をなくすそのきっかけになるかもしれない、同じかもしれないなら僕は変わる可能性に賭けたい、それがオレの女王としてやりたいことなんだ」
「……ふんっ!」
その言葉にルリルは鼻を鳴らしてそっぽを向くがそれ以上は何も言おうとはしなかった。
納得したわけじゃないだろう、すねた子供の様な顔をしている。それでも何も言おうとしないのは単にスバル女王の言葉に対して反論する言葉が出てこなかったのかそれとも何かあいつなりに思うところがあったのか、その理由は俺には分からないし聞いたところで素直に答えるような奴じゃない。
「……スバル様。我が従者の非礼お詫びいたします、どうお許しいただけますか?」
「かまいませんよ、先ほど彼女が言ったことは我々が向き合わなければならない事実ですから」
話の頃合いを見計らって姫さんが謝罪すると、スバル女王も特に気にした様子もなく答えて見せた。
「改めてお願いします。夢見がちな図願いなのは理解しています、ですがどうかオレ達の願いを聞き入れてもらえないでしょうか」
スバルの願いを受けて、姫さんは熟考するように目を閉じる。
熱意と信念の籠められたスバルの真摯な言葉には正直俺も感じる物があった、だがしかしだ。
「……残念ですがこの場でその願いに答える事を私はお約束することが出来ません」
交易やら外交やらそう言った政治的な話しは俺にはよく分かんねぇが、きっとここでスバルの要望を飲めば面倒ごとに巻き込まれる事は目に見えてる、ネネイルに来ることを反対していた大臣共だって反対してくるに決まってる。
理屈で考えれば姫さんがスバルの要求を呑む理由はない。
……でもまぁ。
チラリと視線を向けてみれば姫さんと目が合う、それだけでどうしようとしてるのか俺にはすぐに分かった。
「いいのか? 大臣連中がうるさいぞ多分」
一応水を差をしてはみるが、案の定姫さんは俺に向かってニコリと微笑んでみせるそれ以上は何も言わなかった。
言葉には出さなくても言葉を曲げる気は無いとその微笑みは語ってる。
「じゃあ、好きにしろよ。あんたが覚悟決めたってんのなら俺は何も言わねぇさ」
やれやれまったくと俺は聞こえよがしにため息を一つ着いて見せるが、それ以上はなにも言うつもりはない言っても無駄だからだ、こう見えて一度決めたら頑固で我が儘なんだよこの姫さんは。
そうして二人からも特に反論がないことを確認して、姫さんは改めてスバル女王達へ視線を向ける。
「国の交易を私の一存で決めることは出来ませんのでお約束は出来ません。ですが貴方達の願いに少しでも答える事が出来るよう、私が出来うる限りの努力することはお約束致します」
そう言って姫さんは右手をスバル女王へと差し出し。
「ありがとうございます、今はその言葉だけで十分です」
スバル女王はその手を見つめて静かに握り返して答えた。
そっからはトントン拍子に話しが進んでいった。
ネネイル側の要望の細かい部分や、逆にフィロール側からの要望や実際に交易を行う上で必用になるあれやこれやに対する意見のすりあわせ。
なんやかんやでその会議は数時間続いた。
普段ならこんなお堅い話、とっとと席を外してとんずらをかますところだったが今回はそのタイミングも掴めず、結局、会議の間俺はあくびを噛み殺しながら二人の小難しい話しを聞き続けるハメになった。




