51話 こう言うときは素直に謝罪するに限る
「あー姫さん? そろそろ離してほしいだがよ」
「プイッ……」
「さっきは悪かったよ。本当にちょっと話してすぐに戻ってくるつもりだったんだ。ただそれが思ってたよりも長引いちまって、それでまぁ、ほら、なぁ」
「プイッ……」
「……あの、そろそろ口ぐらい聞いてくれても?」
「プイッ、プイッ……」
……はぁ困った。さっきから目すら合わせてもらえない。
戻ってすぐ、姫さんは怪我はないか、なにかあったんじゃないかと過剰な心配をした後、俺が何ともないと分かると今度はひしと抱き抱えて椅子に座り、そのままかれこれ一時間近くずっとそのままだった。
俺を抱くその手は普段よりも力強く、絶対に離さないという執念にもにた頑な意思を感じさせる。
前にも一度こんなことがあった。あれは誘拐事件があった直ぐ後くらいだったか、やることもなかったんで姫さんになにも言わず城の中を散策していた。
そうしていると血相を変えた衛兵がすっ飛んできてどうしたかと思えば、守護竜が行方不明になったと姫さんが酷く心配していると言う。
一応言っておくが散策していたのはたかだか二十分程度の話しで、行方不明だなんて大袈裟もいいとこな訳だが姫さんにはそうではなかったみたいで。
あの時も姫さんは戻った俺のことを捕まえて頑と動かなくなって、結局二時間以上俺は姫さんに抱えられっぱなしだった。
別に叱られる訳でも無くましてや怒鳴ったりすることも無く、ムスッとした顔で何も言わない相手にいつまでも抱っこされていると言うのもそれはそれで応える。
「なぁ、姫さん」
「……私すごく心配しました、すっごく心配したんです……」
何度目かのチャレンジでようやく返事が帰ってくる。ただ姫さんの表情は未だムスッとした不機嫌なもののまま、ここで下手をこいたら黙殺コースに逆戻りだ、選択肢は慎重に選ばなければ。
「約束しましたよね? もう勝手に何処かへ行ったりしないと。お忘れになられてしまったのですか?」
「忘れてない、忘れてない。ただあん時は姫さんも風呂に入ってたし、わざわざ声を掛けるのも悪いかと思って」
「それはあの時お風呂を頂いていた私が悪いと、そう仰りたいのですか?」
「いや、そうじゃなくて……声を掛けるのを横着して勝手に行動しました、ごめんなさい、もうしません」
経験上こう言うときは素直に謝罪するに限る、そうして数秒沈黙が続いた後ふわりと姫さんの手が俺の頭に乗った。
「……もう勝手に居なくなってしまわれてはいけませんよ」
そう柔らかな声で言いながら、姫さんが俺の頭を優しく撫でた。
「私こそごめんなさい意固地になってしまって」
「良いって今回は俺が悪かったんだからよ」
良かった一時はどうなるかと思ったが、これでようやく仲直りだ。
「……所で守護竜様、結局お風呂に入られたのですか?」
「ん? ああいやそれはまだだけど」
「まぁそれはいけません! 今すぐにでもお風呂に入らないと」
「そうだな、それじゃ早速……姫さん? 離してくれないと風呂に行けないんだが」
俺がそう聞くと姫さんがニコリと優しげな笑みを浮かべるが、俺を抱き抱える腕の力は一向に緩む気配がない。
「セリスにお願いして湯浴み着を着替えなくてはいけませんね」
「は? いや待て俺は一人で入るっていったじゃねぇか」
「守護竜様が先に約束を破られたのですから、私だって約束を破る権利があります」
「いやだから、それは悪かったけどさ! てかあんたはどうしてそこまで俺と風呂に入りたがるんだよ!」
「守護竜様と一緒にお風呂だなんていったいいつ以来でしょう。大丈夫、隅々までしっかり綺麗にして差し上げますから」
「だから聞けって! 人の話をさぁ!」
あーれーと姫さんに風呂場へと連行されていくなか俺は精肉所へ運ばれる家畜ってこんな気分なんだろうかと、そんな事を考えていた。
翌日の朝、俺があくびを噛み殺していると姫さんの眉根が寄って窘める顔になる。
「もう、夜更かししてはいけませんと言いましたのに」
「しょうがなぇだろう。くぁ~むぐぅ」
昨日は結局一睡もしてない、あの後あった姫さんとのあんなことやそんなことが頭の中をチラついたことが原因な分けだが、全く俺としたことがなんて軟派なありさまだ情けない。
なんであれこの体になってもやっぱり睡眠は必用みたいで、正直今は眠くてしょうがなかった。
「これからスバル様の元へと向かいますが、せめてその道中だけでもお休みになられてはいかがですか?」
「いや、でもよぉ……」
「お眠なら大人しくおねんねしてたほうが良いんじゃないですかぁ? 守護竜サマぁ」
そう言ってクスクスと嫌味に笑うルリルに一睨みくれてやるが、思いのほか真面目な表情を返される。
「役に立たないから寝てろって言ってんの、昨日来たような奴程度ならルリルだけでどうとでもなるしぃ」
「私もルリル新人メイドと同意見です。アンヌ様の警護は我々が引き受けますので、守護竜様はどうかしばしの間お休みを」
「ね? 二人もこう言ってくれている事ですし」
……んだよ、寄ってたかって。
「わーたよ、寝るよ寝れば良いんだろ、これで満足か?」
「ええ、とっても」
府には落ちなかったが仕方なく目を閉じると、背中の辺りをポンポンと姫さんの手が優しく叩いたかと思うと、囁くような声が耳元で響く。
「ね~ん、ね~ん♪ よい子だねんね~し~な~♪」
普段ならガキ扱いすんなとやめさせているところだが、どうも自分で思っていた以上に俺は疲れていたらしい。
姫さんの刻む緩やかなリズムと歌声がただただ心地よくて、それを振り払おうという気が起きずなすすべなく俺の意識は微睡みの中へと溶けていく。
「あらあら、これなら偶には夜更かししてもらうの悪くないかしら」
ぽつりと姫さんが何かを呟いたような気がしたが、そんなもん考える前に俺は眠りへと落ちていった。




