46話 朱い龍
街には背の高いビルが立ち並び、アスファルトで舗装された道路には車が走る。信号機や横断歩道でインフラは無駄なく綺麗に整備され、街の中に緑があると言うより緑と街が一体になったようなその景色はスタイリッシュでどこか未来的な印象を受ける。
「驚きました。ネネイルには独自の文化が根付いていると言う話しは風のうわさで窺っていましたがまさかこれほどだなんて……」
車窓から高速で流れていく風景を眺めながら姫さんがぽかんとした顔で感嘆の声を上げていると、興奮した様子でライレイの姿勢が僅かに前のめりになる。
「そうでございましょう! そうでございましょう! 他国からのお客様である皆様が驚くのも無理はありません、なんせかくいうワタクシ自身も未だに夢でも見ているのではないかと思う程なのでですから! ですが夢ではないのです! この乗り物を含めた魔導具をはじめとしたネネイルの技術発展はほんのここ二十数年程で急激に進んだものですから。 これも全ては、女王スバル様と偉大なる守護竜様のお力と叡智あっての事なんです」
物珍しそうに外を見る俺達をみながら口にしたライレイの声は普段気弱な雰囲気のこの男にしては珍しく少しだけ誇らしげだった。
しかしその気持ちは正直分からんでもない、なんせ余所の国が中世やってる中でこの技術力だそりゃ自慢もしたくなるだろうよ。
「ワタクシも技術開発主任という立場ではございますが、我が国の守護竜様の話す知識と技術はどれもこれも驚く事ばかりでして!」
ライレイが早口モードへ移行したのに対して俺は話しを聞き流すモードに移行してぼんやりと車窓の外の景色を眺める。
ビルに道路に車にと本当にここの技術は進んでいる、こうしているとまるで元の世界にかえってきたんじゃないかと錯覚しそうになる。
この世界観の差は単純な技術力の差もあるんだろうがそれ以上にこっちに転生してきた守護竜がもってる知識量の差じゃないかと俺は思った。
例えばの話、俺は車という存在を知ってはいるがその仕組みや作り方を詳しく知ってる訳じゃない、だからこっちで再現することは出来ないし正直やろうと考えもしていなかった、だがネネイルの守護竜はそうじゃなかったんだろう。
車の仕組みを理解して再現するだけの知識と行動力それを持っていたからこそ俺たちはこうしてリムジンに乗って移動しているし、今目の前にある景色も全てそうやって作り上げられたもんなんだろう。
それに比べてうちはスク水だのセーラー服だの……なんだか情けなさと申し訳なさで涙が出そうだ。
「なんか、ほんとすまねぇな、いろいろ」
突然の俺の謝罪に姫さんたちは皆小首を傾げていたが別にそれでいい意味を知る必要もないし俺も話したくはない。
これだけの技術と文化をこの世界に生み出したというこの国の女王、そして俺と同じ転生者であるはずの守護竜二人はいったいどんな奴なのだろうか、こうなってくると俄然興味が湧いてくる。
そうして狭い車内で耳に穴が開くんじゃないかと思うような勢いでしゃべり続けていたライレイの話しを聞き流しながら車が走ること十数分、俺達を乗せた車がやたら曲線の多い鳥の巣みたいな建物の前で停車した。
その場所こそが俺達が招待された精唱祭、その会場だった。
会場の中は暗闇に包まれた広大な空間、その中でも俺たちが案内されたのは二階に用意されたVIP席で階下を一望することが出来た。
会場の中は熱気が渦を巻いていた。
何千いや何万の期待と高揚が籠もった大勢の息づかいに満ち、これから起ころうとしていることを今か今かと待ちわびる静かな高揚を肌で感じる。
まるで肉食獣が獲物見据え息を潜めて隙を窺うような緊張感が漂う中、いったいこれから何が始まろうと言うのか。
俺が思わず生唾を飲み込んだ、その時だった。
バンッッッッ!
暗闇の中央に光が灯る。
四つの照明によって一人の女が照らし出されたその瞬間、歓声が爆発した。
「きゃーーーー!!!!」
「スバル様ーーーー! コッチ見てーーー!」
「女王様ーーーー! ウォォォォ!」
観客たちが叫んだスバルという名前。それはリムジンでライレイが話していたこの国の女王の名だったが、正直そんなことは頭から抜けていた。
ライトに照らされた一人の女、その姿に不覚にも俺は見惚れた。
朱色の髪に併せたようなスタイリッシュなパンツルックの衣装は格好良く華やかで褐色の肌によく映えて、切れ長の瞳は鋭くどこか狼を思わせる。
会場の中央でライトに照らされながら佇んでいるだけなのに、その場に居る全ての人が彼女に惹き付けられていた。
それは何も見た目がいいからとかそう言う話しじゃない。ルックスで言えばたとえば姫さんだって負けないほど美人だが、なんというか種類が違う。
姫さんを綺麗な自然石だとするのなら、今目の前にいる女は加工された宝石だ。
煌びやかな衣装やメイク立ち姿に至るまで、人に見られ魅せることを追及して研磨したようなそんな人を引きつけ魅せる為の美しさとカリスマ性。
それが今この会場にいる全ての人間の心を絡めとって離さない。
「――――」
スバルの口から詠唱の旋律が響き、それを追いかけるようにどこからともなく流れる楽器の演奏が重なる。
魔導で空気の伝導率を弄っているのか、少し低い心地のいい声がマイクでも使ってるみたいに遠くにもハッキリと響く。
詠唱に併せるようにスバルを中心に赤、青、緑、黄色と、カラフルな光の玉が一つ二つと宙に浮かび始める。
光の玉が増える度、辺りの熱気がふくれあがり演奏も激しさを増してそれが頂点に達したその瞬間、スバルが奏でる詠唱が熱を帯びて加速する。
「――――♪ ――――♪」
耳をつんざくような歓声と絶叫の坩堝の中心で、スバルがを歌い踊る。
彼女の魔導で生み出された火が水が風が雷が、歌と踊りを彩っていく。
俺やルリルがのものとは違う戦う為じゃなく人を魅了するための魔導に観客のボルテージが上がっていく。
気が付くと俺を抱いていた姫さんの体が音楽に合わせて揺れていた。
視線を巡らせてみれば、ルリルはぶっちょうずらしながら体がリズムは刻み、セリスは入場時に渡されたサイリウムの様な光る棒を無表情で振り回している。
かく言う俺も周囲の熱気に当てられて、内から溢れる興奮を感じずにはいられない。
やがてスバルのパフォーマンスはクライマックスを迎え、派手な演出と共に決めポーズを決めると曲が止み代わりに観客の歓声がまた爆発する。
「オレの可愛い妖精さん達ー! 今日は精唱祭に来てくれてありがとー! 楽しんでくれているかい?」
スバルの問いかけに、会場の観客達が絶叫で応える。
「精唱祭はまだ始まったばかりだ! 可愛い妖精さん達にオレから最高のステージを!」
腕を天高く上げた女がパチンと指を鳴らすとさっきとは別のメロディーが響き初め、次の歌が始まっていく。
今、目の前で繰り広げられている光景はいったい何なのか、俺はそれを知っている。
実物を見たことはない、ただ元の世界に居た頃テレビやネットで見たことがある。
今目の前で繰り広げられている光景はまるで――。
「アイドルのライブみたいだな」
「アイドル? ライブ? もしかしてこれも守護竜様達の世界にある文化なのですか?」
「まぁ一応な。俺も詳しい訳じゃねぇけど」
「こんなに煌びやかで楽しいものがるだなんて、やっぱり守護竜様がいらっしゃった世界はとてもすごいです」
目をキラキラ輝かせる姫さんだったが、正直驚いているのは俺も同じだ。
異世界でアイドルライブ、しかも歌ってるのはこの国を統べる女王ときている。
いったいこの国は何なんだそんなことを考えていると。
「どう? アタシがプロデュースしたライブは楽しんでもらえてるかしら?」
突如聞こえた声に振り向くとそこには朱い龍の姿があった。




