42話 精唱祭
「精唱祭は年に一度。此の世に満ちる精霊に巫女が歌と舞を捧げ、感謝を伝えるお祭りで我が国にとって重要な祭事なのです」
そう俺と姫さんに話すのはライレイと名乗ったダークエルフの国、ネネイル王国からの使者だった。
線の細い体にメガネを掛けた風体でなんとなく頼りない印象を受ける野郎で褐色の肌に大きく尖ったを持っているが、その髪と瞳は同じダークエルフのルリルの薄紅色とは違い濃い朱色をしていた。
「その様な大切な祭事ににお招きいただけるなんて、フィロール王国の代表としてお礼申し上げます」
「いえいえそんな! 寧ろフィロール王国の方々が招きに応じて下さるなんて。交渉役がワタクシなんかじゃ上手くいくものも上手くいきっこないと思っていたのですが。重ね重ねになりますがこの度は我らの招きに応じていただいて本当に本当に本当に本ッッッッ当にありがとうございます!」
ライレイがもう何度目になるかも分からない御礼の言葉を口にしながら腰骨がへし折れるんじゃないかと思うほどの角度で頭を下げる。
「ライレイさん、そんなにかしこまらなくても、きゃっ!」
「おっと」
突然足場が揺れて姫さんがバランスを崩しかけたんで、魔導をちょちょいと使って支えてやった。
「大丈夫か?」
「はい、おかげさまで。守護竜様とっても格好良かったですよ。よしよし」
「別に大したことはしてねぇって。てかしれっと頭を撫でるな」
「ああ、お気を付け下さい。この辺りは海流が激しく船が揺れるんです。申し訳ありませんもっと早く言えばよかったですよね、ボクなんかのせいでアンヌ様を危険な目に」
「いいえ、お気になさらないで。見ての通り私は怪我一つありませんから」
「そうですか、よかった本当に……ところで――」
その時ライレイのメガネがキラリと光った……ような気がした。
「守護竜様、一つお聞きしたいのですが。今、倒れそうになるアンヌ様を咄嗟に庇われましたがいったいどういった方法で? ワタクシには、アンヌ様が空中で一瞬制止されたように見えたのですが?」
「い? んあ~あれはこう、空気を集めてクッションみたいにしてだな」
内心しまったと思うがもう遅い。ライレイがずいっと俺に顔を寄せて早口で質問をまくしたて始める。
「空気をクッションに? しかしいくら魔導で空気を集めて圧縮したところであのような現象はおきないはずですが?」
「いやそれはまぁそうなんだが、本当に空気集めてるという訳じゃなくて、なんかそう言うもの作ってる感覚というか」
「なるほど、クッションというのはあくまで感覚的な比喩という事ですか。とすると実際は局所的な上昇気流のような物を起こす事で体を支えている? そういう理屈なら理解は出来るか? いやでも人の体を支えるほどの突風が吹いたような痕跡をワタクシは感知できなかったのですが、そのあたりはどうなのでしょうか?」
「それはだなあー、空気とは言ったけどどっちかという空間? をどうにかしてるのかも」
「空気、空間? ……! 空間そのものに反重力の様な力場を作ったのだとすれば? あるいは先程の上昇気流との合わせ技という可能性も。その辺りどうなのでしょうか? 守護竜様」
「んぐぐ……だぁー! もう知らん! 勝手に想像してろ。正直感覚でやったからよく分からねぇんだよ、こっちは!」
とうとう面倒になってつい不平を口にすると、そこでライレイはようやく我に返ったのかハッとした様子で慌てて頭を下げる。
「もももも、申し訳ありません! ワタクシの様な下賤の輩が守護竜様にズケズケと。ワタクシ気になる事があると何が何でも知らないと気が済まない質でして」
それはよーく知ってるよ、と口には出さず返事を返す。
ライレイはさっきからことあるごとにこの調子で、普段は卑屈というかネガティブというか常におどおどビクビクしている癖に時折何かスイッチが入ったようになる時があり俺は正直、そんなこいつにちょっと辟易していた。
ぺこぺこと頭を下げながらライレイが去って行って見えなくなたっ所で思わず疲れから小さくため息をついてしまった。
「もう、守護竜様。ライレイさんだって悪気があるわけではないのですから、メッ」
「……わーてるよ、そんなこと。だから途中までは頑張ってたろうが」
「そうですね、でも次はもう少し丁寧に断らないといけませんよ」
と言いつつ姫さんはどこか嬉しそうに俺の頭をやさしく撫でる。この人はこの人で相変わらずのマイペースだ。
俺達は今、島国であるネネイル王国へ向かう船の上にいる。
フィロールの首都から陸路を会わせてここまで五日、もうすぐ目的地であるネネイルの港が見えてくるという話しだが水平線の向こうにはいまだそれらしきものは見えていない。
「まったく俺が運べばものの数時間もかからねぇってのに」
「ごめんなさい。ただ、かの国への訪問となると、外交上の手続きや準備などもありますので」
「それは前にも聞いたがよ。その準備と手続きのおかげで肝心の祭に間に合うかどうか分からねぇなんて本末転倒じゃねぇのか?」
ネネイル王国で行われる精唱祭とかいう祭り。
国を上げた祭事であるそれに俺達は今回招待客として招かれた訳なんだが、その精唱祭の開催日時がなんと今日の夜、時間で言えばだいたい六時間後というギリギリすぎるスケジュールになっていた。
どうしてこれだけギリギリの日程になったかといえば、そもそも今回のネネイルからの招待に応じるかどうかで城の大臣や領主達と揉めに揉めたからだった。




