【岐路】
私は屋敷の中庭へ案内された。
そこにはテーブルと椅子が置いてあった。
シャルロッテ様とエルメック将軍と一緒に腰掛ける。
暫くして、侍女が高そうな紅茶とお菓子を持ってきた。
「どうですか? この紅茶とお菓子、私のお気に入りなんです」
「……とても美味しいです」
正直なことを言えば、緊張で味なんて良く分からなかった。
何を話せばいいんだ?
というより、国王様を侮辱した私は生きてここから出られるのか?
いや、考え過ぎか。
ほんわりした雰囲気で紅茶を飲むこの少女が私に厳しいことを言うとは思えない。
「気に入ってもらえて良かったです。では、あなたをここへ連れて来た本題を話しますか」
一瞬でシャルロッテ様からほんわりとした雰囲気が消えた。
あっ、もしかしたら駄目かもしれない。
こういう時、天涯孤独は安心だ。
誰にも迷惑をかけずに済む。
「あの、私はどうなるのでしょうか?」
「はい? 質問の意味が分かりません」とシャルロッテ様はキョトンとした。
「国王様を侮辱した私は処断されるのでしょう」
「お父様を侮辱? ああ、お父様を寄生虫の王と表現したことですか?」
「一応、言いますけど、そう表現したのはシャルロッテ様ですよ」
心臓を鷲掴みにされるとはこういう感覚なのだろうか?
というより、この場で本当に心臓発作を起こしそうだ。
いや、むしろ、起こして楽になって、全てから解放されたい。
見るとエルメック将軍は気にせずに紅茶を口にしていた。
何も言わないのが、逆に怖い。
「別に私は気にしていませんよ。というより、我ながら、的確な表現だと思います」
シャルロッテ様は微笑んだ。
えっ、怒っていない。
いや、安心はできない。
上げといて落とすつもりかもしれない。
「そんなに警戒しないでください。私がローランさんをここへ呼んだのはですね……」
シャルロッテ様は持っていたカップをテーブルに置いて、私を真っ直ぐに見た。
「私に仕えませんか?」
突然の勧誘だった。
「はい? えっと、ご冗談ですよね?」
「冗談ではありません。本気です。あなたを第七中隊から引き抜いて、私の近衛にしたいのです」
「待ってください。あれですか? 昨日、あなたを助けたからですか? それは偶然です。正直、ストレスが溜まっていて、その発散をしたくて、暴れたんだと思います」
「昨日はそうかもしれませんね。でも、私はあなたのような真っ直ぐな人を探していたんです」
「真っ直ぐな人って、昨日会ったばかりのあなたに何が……」
「ローランさんは22歳、戦争孤児で、5歳の頃に魔力の才能に目覚め、6歳で幼年学校へ入学、10歳の時に無償で学問を学ぶ為に士官学校へ入学。リスネさんという方と常に成績を競い、最後は次席で卒業。卒業後はいくつかの就職先からロキア王国を選択し、精鋭部隊に配属される。魔法については土魔法が得意で、固有自然魔法の雷魔法が扱える。近・中・遠距離の攻撃手段を持つ万能型」
シャルロッテ様はスラスラとしゃべる。
さすがにおかしいと思った。
こんなことを調べる時間はないはずだ。
「あなたがどうやって、私のことを調べたか分かりませんけど、だからって私の人柄まで分かるものではないでしょう?」
シャルロッテ様は「分かりますよ」と即答する。
王女とはやはり世間知らずなのかもしれない。
昨日会ったばかりの人間をそこまで信用してはいけない。
「あっ、まだ疑ってますね。良いでしょう。私があなたを信用する根拠を教えますね」
そう言うとシャルロッテ様は私に近づき、額を人差し指で、トンと叩いた。
「…………!?」
その瞬間、眩暈がした。
堰き止められていた水が流れるように、昨日の記憶を思い出す。
そうだ、私はシャルロッテを助ける為に暴れたんじゃない。
クスリを使っている怪しい酒場を摘発するために暴れたんだ。
シャルロッテ様とはそこで出会って、今みたいに額を人差し指で突かれて、気絶した。
「思い出しましたか? 昨日はごめんなさい。あの酒場は結構面倒な人が関わっているから、あなたの為にはああするしかなかったのです」
「はぁ……」
蘇った記憶を整理する。
でも、ということは気絶させた私をシャルロッテ様は一人で私の家まで運んだのか?
とてもじゃないが、そんな力があるようには見えない。
それにまだ疑問がある。
なんで私の家を知っていた?
今ならはっきりわかる。
私は名乗っていないし、家の場所なんて教えていない。
英雄になりたかった話やリスネの話もしていない。
謎が増えるばかりだ。
「あなたはまだ疑問に思っていますね。士官学校へ行っていたなら、開心魔法と閉心魔法は知っていますね?」
知っている。
開心魔法は複雑なので会得できなかったが、閉心魔法は会得した。
開心魔法は相手の記憶に入り込み、情報を盗む魔法。
閉心魔法は開心魔法の対抗策として、それを拒絶する魔法。
「あの時、一瞬で私の記憶を覗いたのですか?」
開心魔法は相手の頭部に触れる必要がある。
「私は別に触れなくても相手が魔力を持たない者なら記憶を覗けます。そして、並の閉心魔法は突破します。もう一つ、教えますね。私は触れた相手の記憶を弄れるんですよ」
信じられない、とは言えなかった。
さっきまで私は昨日のことを忘れていたのだ。
「これが私があなたを信用する根拠です。あなたには英雄願望があるようですけど、それ以外は特に問題はないです。精神は高潔、といって良いと思います」
英雄願望が問題?
それに私が高潔なんて……
「ローランさん、この国は門閥貴族の権力が強すぎます。昨日の酒場だって、門閥貴族が関わっているんです。ローランさんが憲兵隊へ彼らを突き出しても、何も解決しません。それどころか、あなたに危険が及ぶかもしれません」
「だとしたら、どうするんですか? 諦めて傍観するのですか?」
「今までの王はそうでした。お父様も私たちに危害が及ぶのを嫌って、門閥貴族の顔色を窺いながら、国政を行っています」
ロキア王国がそこまで腐食しているなんて知らなかった。
私に誘いがあった国の中では一番、まともだと思っていた。
「でも、私はそんな国を変えたいんです。私たちの為じゃない。この国に住む民たちの為にです」
シャルロッテ様の言葉が強くなった。
そして、私の手を取る。
「ローランさん、あなたの記憶を覗いておいて、不信に思うかもしれません。事実、私はあまり性格が良い方ではないと思います。それに力も権力もありません。だから、今は信頼の出来る仲間を集めたり、門閥貴族の収入源になっているお店に嫌がらせをするくらいしか出来ません。ローランさん、あなたの思い描く英雄像とは違うと思います。でも、私はあなたの誠実さが欲しいんです」
考える時間は……無さそうだ。
ここで答えを出さないといけないだろう。
シャルロッテ様は門閥貴族を敵に回すつもりだ。
私のような身分の人間には分からない複雑な宮中の思惑、というものがあるのだろう。
危険なのは分かる。
多分だが、断れば記憶を消されて、私は元の生活に戻るだろう。
金銭には不自由しないが、やりがいの無いの生活。
いずれは全てがどうでも良くなって、貴族と結婚して民衆のことなんて何も考えず、暮らすようになるかもしれない。
そんなことになったら、私はリスネと会えない。
リスネの手紙を思い出した。
あいつは前に進んでいる。
私だけ止まっているわけにはいかない。
この偶然の出会いが私の岐路だと信じよう。
「分かりました。私はあなたの近衛になります」
「本当ですか? ありがとうございます!」
なんだか、私がこう答えるのは知っているようだった。
もしかしたら、今も思考を読まれているのかもしれない。
だとしても、この少女の志に運命を委ねる。
その結果、私が破滅するなら、実力か、運か、人を見る目が無かった、と諦めるさ。