【正体】
私は少女と共に家を出た。
さすがに一晩娘が帰って来なかったら、心配するだろう。
何があったかも説明しておきたい。
服を見る限り、結構いいところのお嬢様っぽいし…………
「名前を聞いて良いか?」
私が聞くと少女は少し考え、「では、シャルとお呼びください」と言った。
なんだろう。
間があったせいで偽名に聞こえてしまう。
まぁいい、この少女を家まで送れば、もう会うこともないだろう。
暫くするとシャルは貴族階級の者たちが住む区画に入っていく。
予想通り、高い身分のようだ。
だったら、呼び捨てはまずいか?
「ねぇ、ローランさん、あんたはこの国をどう思いますか?」
いや、本人がシャルと呼んでください、と言ったのだから良いか。
「私は他の国を知らないし、この国の事情だって良く分かっていない」
私のような下級騎士は貴族と違って、騎士号を子供に継承できない。
一代限りの身分だ。
それに何か特別な武勲を立てなければ、昇級もない。
「この国の門閥貴族と呼ばれる方々は好き放題ですよ。その権力には国王様だって敵いません。門閥貴族が悪いこと、例えば麻薬の売買をしていても取り締まれないのが現状です」
そんな噂を聞いたことがある。
「だとしても、出来ることなんて何もない。国を相手に戦うなんて馬鹿か、それとも魔王か、それか……英雄だろう」
「でも、ローランさんは英雄になりたいんですよね?」
「なんでそれを?」
「昨日、自分で言っていたじゃありませんか」
そうだったか?
私は酒を飲むとそんなに饒舌になるのか。
「なりたい。……なりたかった。でも、私はこんなところで燻っている。冒険者ギルドに就職した私の親友は毎日、意味のあることをしているようだ」
「リスネさんでしたっけ?」
「んっ? ああ、そうだ」
私はそんなことも話したのか?
「私もいずれは冒険者になろうか」
「冒険者ですか? 危険な職業だと聞いています」
「それでも人の為になれるなら今よりもいい。今の私は民の税で支払われる給料を消費するだけの寄生虫のようなものだ」
「ローランさんは本当に真面目ですね。それにしても寄生虫……面白い表現ですね。じゃあ、この国の国王は寄生虫の王、と言ったところでしょうか?」
シャルはクスクスと笑う。
面白い表現をする子だな。
「そうかもな」と私は返した。
なんだろう、この子は人の心に入ってくるのが上手い。
油断するとなんでも話しそうになる。
「それにしてもシャル、どこまで行くつもりだ?」
もうこの辺りは上級貴族が住んでいる区画だ。
シャルは「もうすぐですよ」としか答えなかった。
黙って付いていくと、
「ここって……」
ここは貴族の屋敷ではない。
王族の住む屋敷だ。
屋敷の主は確か、第二王女のシャルロッテ・ロキア様。
かなり病弱な方で王宮で行われるパーティーなどにも欠席している、らしいとレアード先輩が言っていた気がする。
んっ?
シャルロッテ。
シャル……いやいや、まさか、そんなことはないだろう。
「シャル、君は私をからかっているだろ? 早く本当の家を教えてくれ」
半分は願いだった。
シャルはフフフ、と笑って、答えない。
そして、シャルは門を警備している兵士に声を掛けた。
「すいません、王女殿下がこの方をお呼びしたんで、連れてきました」
兵士にそう説明する。
「そうなんだね、いつもお疲れ様。通っていいよ」
兵士の口調からするとシャルとは顔見知りのようだ。
ただ、同時にシャルロッテ王女でないことも分かった。
それが分かり、ホッとする。
この屋敷の使用人、と言ったところだろう。
それにしても私にお礼でもするつもりなのだろうか?
だとしても、王女殿下が呼んだなんて嘘を言ったら、後で叱られるんじゃないだろうか。
「屋敷の外の人は私の正体を知らないの」
「…………えっ?」
シャルが屋敷の扉を開けると屈強な男性が出迎える。
頬に傷のある男性だ。
えっ、もしかして……
「エ、エルメック将軍?」
「私のことを知っているのかい?」
知らないわけがない。
魔王軍との戦争で竜騎兵隊を率いていくつもの武功を立てた本物の英雄だ。
「君は一体……?」
エルメック将軍は首を傾げる。
ただ純粋な疑問を聞いただけだろうが、威圧感が凄い。
「は、はい。王都駐留軍第七中隊所属のローランです!」
私は敬礼した。
「ローラン……ああ、君がえらく強い女騎士か。噂には聞いている」
どんな噂ですか? と聞くのが恐ろしい。
正直、軍の中での私の素行はあまり良くない。
いや、それよりも……
「シャル、君はこの屋敷の使用人だよな?」
そうであってくれ、と願う。
「いいえ、一応、この屋敷は私の所有物です。私のお父様、ロキア王国国王様から貰った物です。申し遅れました。私、シャルロッテ・ロキアと申します」
終わった。
国王様の娘の前で国王様を寄生虫の王と言ってしまった。
いや、言ったのは私じゃないけど……
それにシャルロッテ様をシャルと気軽に呼んでしまった。
クビだろうか?
いや、拷問?
もしかして、死罪!?
「わ、私はこれで……」
国外逃亡の準備をしよう。
「待ってください。一泊させて頂いたお礼にお茶をご一緒しませんか?」
冗談じゃない。
ここにいたら、胃に穴が開きそうだ。
「シャルロッテ様もこう言っておられる。礼をさせてくれ」
エルメック将軍に言われて、私は体が硬直してしまった。
逃げたい、と思ったが逃げたところで未来はない。
「分かりました」と私が答えるとシャルロッテ様は笑顔になる。
私は憲兵に連れて行かれる犯罪者の気持ちが少しだけ分かった。




