姫君
時間はあっと言う間に過ぎて行った。一週間、父さんに付いていろんな事を学んだ。覚える事が多過ぎて頭がパンクしてしまう、やって行けるのか俺は。
本当に忙し過ぎて、まこちゃんに電話する事が出来なかったな。でも、もう終わったんだ。今から帰る、まこちゃんがいる町へ。一週間暮らした自分の部屋を後にして一階に降り、父さんに挨拶してから帰る予定だ。
「お、もう行くのか峻」
「ああ、早く帰りたいんだ」
「お前の本当の家はここなんだけどな。ま、それより峻、教えた事を忘れるなよ? 帰ったら復習する様に」
はぁ、頭痛い。
「わかってるよ……じゃあ行くから」
「ああ。身体に気をつけるんだぞ?」
「父さんも気をつけろよ」
そう言ってやると父さん苦笑していた、こうして我が家を後にする。
電車に乗り、離れて行く町を窓から眺めて電車の振動に身体を預けていた。そう言えばスミスの奴、子供は見つかったのだろうか? 一週間前に地獄に帰ってから会って無い。
無事に見つかったと願いたい。
数分後、ようやく到着し電車を降りる。たった一週間なのに街並みを見ていたら何故か懐かしく感じてしまう。
さてと、まずは自分のマンションに向かって荷物を置こう、それからまこちゃんの家に直行だ。
マンションに付いたのはその数分後、十階建てでエレベーターが無いから上るのも一苦労だ。部屋に到着し、中へ入り荷物を置く。
「さてと、まこちゃん家に行く前に腹ごしらえしとくかな」
気がつけばお昼時、何を食べようか。キッチンに向かい冷蔵庫の中身を確認すべくドアを開けた。
「……あれ?」
ここで質問だ、冷蔵庫を開けたら普通何が見える? 当たり前だったら答えは簡単で冷蔵庫に入っているのは食材だ。
普通ならそのはず。
「……えっと、なんだこれ」
冷蔵庫を開けて見えたのは赤色、中が全て赤色に光輝き、まるでそこに鏡が貼られている様に赤色の光に覆われていた。この光、どこかで見た事がある。嫌、確かに見ている。
空間に出来た亀裂から漏れて来る光とまったく同じなんだ。
と言う事はつまり……。
「亀裂……ゲートがここに開いてるのか」
この光の向こうには地獄、こちら側の世界と向こう側の世界が繋がっている。でも何でこんなところに? このマンションに出来たゲートは全て閉じたはずなのに。
赤色を見詰めていると、向こう側から何かが出て来た。
それは人の形をしたもの。
赤い光が薄れ、現れた者の姿がはっきりと見えて来る。黄金色の長い髪に大きな瞳、少し尖った耳に小さな口。そこには小さな少女が現れた。多分、五歳前後だと思う。
「……だ、誰だよお前は」
「にゅ~? ここはどこ? もしかしてニンゲンカイ? おにいたんはニンゲン?」
「あ、ああ人間だ。お前は一体……」
少女は部屋を見回し、珍しげに眺めていた。
邪気は感じない、多分悪い奴じゃない気がする。
「ちっちゃいおへや。……そうだ、おにいたんはサナミシュンってなまえ?」
「な! 何で俺の名前を知ってるんだお前! 何者なんだ!」
「あ、じこしょうかいしなきゃいけないんだよね? わたちはテネリタース! みんなはネリスってよぶよ!」
ネリス? この名前どこかで聞いた気がするな。
誰かが言っていた様な気がするが、誰だったっけ。
ネリスと名乗った少女は不思議そうに部屋を見回していた。
「ネリス……だっけ? お前は何で人間界に来たんだ? それにゲートは簡単には開かないはずだぞ?」
「にゅ~? せいしきなゲートをつかって、ほかのばしょにつなげたんだよ? ……あれ? エティオは?」
エティオ? なんだそれ。ネリスは冷蔵庫をしばらく見詰めると溜め息を。なんだ? 事情が飲み込めない。
「エティオって?」
「エティオはネリスのおとうと! いっしょにゲートをこえたはずなんだけど……はぐれちゃったみたい。きっとほかのばしょにでてるよ。……ねぇ、わたちおなかすいた」
突然現れた謎の少女がなんのお構いもなしに、俺とフレンドリーに話をし、お腹が空いただと?
俺はどうしたらいい?
「ねぇ、おなかがすいたんだよ~?」
「お前、良くこんな状況でお腹空いたなんて言えるよな」
「にゅ~……おまえじゃないもん。ネリスだもん。わたちネリスだもん……」
シュンと元気無く下を向いていじけてしまった。
ちょっと待てよ、地獄から人間界に来てるんだぞ、これだけでも大変な事だ。何をしに来たのかは知らないが、地獄の住人が人間界に干渉してはならない。
と言って向こうに帰そうと考えたのだが、地獄の住人とは言えまだ小さな女の子だ。何も分からなくて来た可能性だってある。
でも、何で俺の名前を? ま、後でちゃんと訊き出してやるか。
「はぁ。ネリスって呼べば良いのか?」
「……うん! わたちネリスだよ! じゃあ~、おにいたんは、おにいたんってよぶ!」
「好きに呼んでくれ。……何か食べるか?」
そう言ってやるとハニカミその笑顔に心が癒された。可愛らしいな。
さてと何を作ろうか。冷蔵庫の中は元に戻り、赤い光が無くなっていた。
ゲートは閉じたか、開いたままだったらどうしようかと思ったぞ。ただ消えたとは言え妙な違和感を感じ取れる、もしかしたらまた開くかもしれないな。まあネリスが帰るときに使えるか。
料理は得意、と言うわけでは無い。作れると言っても野菜炒めくらいなもんだ。
と言うことで野菜炒めで良いか。そう言えば前にも同じ事があったな。スミスと初めて会った時も野菜炒めを作ってやったっけ。
「ん? スミス? ……確かあいつには子供がいるって……名前は……え? ま、まさか」
窓の外を眺めているネリスを一瞥する、もしかしたら、嫌、でも……。
「な、なぁ、ネリスのお母さんの名前って……スミスか?」
「にゅ~? おかあさまはスミスだよ? あれ? おかあさまはわたちのこと、おにいたんにいってなかったのかな~?」
う、嘘だろ、こいつスミスの子供じゃないか! 確か地獄でいなくなったって。なんで家にいやがるんだ。
と言うかちょっと待てよ、ネリスはスミスと地獄の王の子供だ、と言う事は目の前にいるこいつは、地獄のお姫様? なんだよこの状況、俺の部屋に地獄のお姫様がいるなんて。
「ネリス、どうして人間界に来たんだ?」
「おなかがすいたんだよ~」
「……ネリス、何で……」
「ごはん、ごはん、ごはん!」
どうやら飯を食べさせないと質問に答えてくれないらしい。なら良いだろう、腹いっぱい食わせてやる。
直ぐに調理を開始、数分後には俺特製野菜炒めが完成しそれを目の前に置いてやる。
「ほら出来たぞ」
「これがニンゲンカイのごはん?」
じーっと野菜炒めを怪しい目付きで睨むネリス。初めて見るものだから警戒しているんだろう。
「睨んで無いで食ってみろよ。毒は入って無いから」
「う、うん」
恐る恐る野菜炒めを手で掴み、口に運んだ。味を噛み締めている。
そして飲み込むといきなり俺の方へ顔を向け言葉を放つ。
「にゅ~! にゅ、にゅ、にゅ~! おいちーーい! こんなのたべたことないよ! おかあさまのいったとおりだ~! にんげんのたべものすごくおいちーーよ!」
地獄では木の実しか無いらしいからな、お世辞にも旨いとは言えない野菜炒めを凄く美味しそうに食べる訳だ。スミスの時も同じ様な反応だったな、さすがは親子と言う訳か。
ネリスは次々口に運び満面の笑みをこぼす。よっぽど腹を空かせていたんだな。
「おかわりもあるからな、ゆっくり食べないと喉に詰まるぞ?」
「うん、わかった!」
と言って食べるスピードを落とした。なんだ、こいつ素直なんだな。
あっと言う間に野菜炒めを完食。俺も一緒に食べてはいたが、こいつの食欲には負けるよ。ニコニコしながら野菜炒めを掴んでいた手をペロペロ舐めている。ここも母親と同じだな、後で箸の使い方を教えてやろう。
「そんなに旨かったのか?」
「うん! あのね、おうきゅうではいつもきのみばっかりなんだよ? でも、おにいたんがつくってくれたタベモノはすっごくおいちーーかったよ?」
「そうか、ありがとうな。でも俺はそんなに料理は得意じゃない。もっともっと旨く作れる奴だっているんだ」
「にゅ~! まだこれいじょうにおいちーーのがあるの~? にゅにゅ、すごいよ」
本当にびっくりしてるみたいで、空になった皿を見つめている。さてと、そろそろ訊かなくちゃな。何故人間界にやって来たのかその理由を。
「ネリス、そろそろ教えてくれないか? どうして人間界に来たんだ?」
「……わたち、おかあさまにあいたかったんだもん。わたちとおかあさまは、たんじょうびしかあえない。おかあさまとずっといっしょにいたい……うぐっ……ニンゲンカイにくれば、ぐすっ、おかあさまにあえるとおもったもん、おかあさまとずっといっしょがいいんだもん! うええええええん!」
大粒の涙を流し、叫ぶ様に泣いていた。ずっと一緒にいたい、そんな理由で地獄の王宮を飛び出したんだな。
きっと、ずっと我慢して来たんだろう。お母さんと一緒に居たいと。
俺の母さんはもういない。ネリスのお母さんはまだ生きているんだ。もう会えないのと、生きているのに会えないのでは、どっちが苦しいだろうか?
「そっか、お母さんに会いたかっただけなんだな。……なら、しばらくここにいても良いぞ? 本当はスミスに知らせてやりたいんだが、方法が分からない。ルベスがいてくれたなら何とか出来そうなんだがな。あいつも何処にいるのか分からないし……もしかしたらここにいればスミスが来るかもしれない。どうだ?」
「ぐす、ぐすっ……ほんとにいいの?」
「ああ、好きなだけ居ろ」
だけど、地獄の王宮は必死になって探しているんだろうな。スミスだって探している。ちくしょう、連絡手段があれば良いのにな。
「ほら、泣きやめ。泣いてたらスミスが悲しむぞ?」
「うん、ぐすっ、なきやむ。……ぐす、……おにいたん、ありがとう」
「気にするな。さてと、ネリスの弟ってのはどうするかな、はぐれたんだろ?」
「それならだいじょうぶ! ネリスとエティオはふたごだからどこにいるのかなんとなくわかるもん!」
「そうなのか? 探さなくて良いのか?」
「えっとね、エティオはニンゲンカイにきょうみがあるから、もしはぐれてもこっちからさがしにくるって。ニンゲンカイをみてあそぶんだって」
人間界で遊ぶだと? いくら子供と言えど地獄の住人なんだぞ?
嫌な予感しかしない。探しに行くか?
「さがさなくてだいじょうぶだよ。そのうちあっちからくるもん。それよりわたち、おにいたんとおはなししたい! ねぇ、いいでしょ?」
「……分かった、分かった。でもその前に電話させてくれ。まこちゃんに話しておかなくちゃな」
「にゅ~? でんわ?」
「後で説明する」
はぁ、まこちゃんの家に行く予定だったがネリスを一人にして置けないからな。ケータイを使いまこちゃんへ電話を掛けた。
『あ、しゅー! 久し振り! 帰って来たの?』
「ああ、ついさっきな。……えっとさ、実は……」
事情を話す。ネリスの事を。やっぱりまこちゃん驚いてるよ。
『ええ! スミスちゃんの子供がしゅーの家に居るの!』
「本当は今からそっちに行きたかったんだがそんな訳で動けないんだ。ごめんな」
『良いよ、良いよ。それよりスミスちゃんと連絡取れないのは痛いね』
全くだ。スミスに会いたくてネリスは人間界に来って言うのに、肝心のスミスは地獄だもんな。
入れ違いになってしまったんだ。
『私もそっちに行きたいんだけど、今日学校の宿題が多いから片付けないと行けないの』
「そっか、それは残念だ」
「にゅ~? だれとおはなししてるの~? あ、わかったぁ! おかあさまからきいた、ミナガワマコトとおはなししてるんだ! コイビトなんだよね?」
『今の声がネリスちゃん? 可愛い声だね、あ~あ、きっと姿も可愛いんだろうな。一目見たかったよ。……あ、ごめん、ご飯だってママが呼んでる。明日行くから!』
「嫌、俺が行くよ。何ならネリスを連れて行くし」
『ん~ネリスちゃんが良いなら。大丈夫かな? スミスちゃんがもし、しゅーの部屋に来たら?』
「なら置き手紙をすれば大丈夫だ。まこちゃん家あいつ知ってるからな」
駄目だな俺は。彼女に会いたくて、会いたくて仕方ない。
まったく情けないな俺は。
『そっか。なら待ってるよ。明日、楽しみに待ってるからね!』
「ああ、必ず行くよ」
そして電話が終わる。明日会えるんだ、そう思うだけで嬉しい。
ネリスを見てみると退屈そうにしていた。
「おにいたん、ひまだよ」
「……じゃあテレビでも見るか?」
「てれびぃ?」
テレビを点けてやると、予想通りびっくりしついるな。
「にゅにゅにゅ! はこのなかにひとがいるよ!」
取りあえずチャンネルを変えて行くと、その度に驚く姿は愛らしいものだった。しばらくはテレビに夢中になるネリス、何かのアニメをずっと集中して見ている。
爆発音や戦闘シーンになる度にネリスは騒ぎ出す。見終わる頃にはそのアニメの真似を始めてしまうネリスだった。
「ひとのこころをこわし、おびやかす、まものども! わがなはジャスティスエンジェル! かみのさばきをおまえたちにあたえ、むにかえす! ゆくぞぉ~!」
と何やら熱いセリフを叫んでポーズをキメた。地獄のお姫様がアニメの世界に感化されてしまった。大丈夫だよな? こんな事になってスミスとかに怒られないよな?
「ネリス、取りあえずテーブルに乗るのはお行儀が悪いぞ?」
「にゅ~! でたなばけもの! ひっさつ、ジャスティーーブレードトンファー! てんじょうてんが、むてきアタックぅううう!」
強そうな名前だが、そのまま俺に飛び蹴りし顔面にヒット、そのまま倒されてしまった。しかも痛い。
「しょうり、しょうりぃ~! ……あれ? おにいたん、どうしてこわいかおしてるの?」
「痛かった。ごめんなさいは?」
「にゅ~……ごめんなしゃい」
良し、謝れば良いんだ。スミスと違って素直な子だな。スミスだったら謝るどころか、もっと凄い事をしてくるに違いない。
時間が経ち、外は暗くなって行く。夜飯を作り食べさせるとまた旨そうに口に運ぶ。旨そうに食ってくれるから作り甲斐があるな。
さてと、風呂に入れたいのだが、こいつ一人で入れるだろうか?
「ネリス、お風呂は一人で入れるか?」
「はいれるもん! わたちこどもじゃないもん!」
「そっか、なら入ってこいよ。沸かしといたからさ」
風呂の使い方を教えてネリスは風呂に向かって行った。そしてその数分後、風呂場で悲鳴が鼓膜を殴り付けた。
「にゅーー!」
「な、なんだ!」
突然の悲鳴、慌てながら風呂場を目指す。その間ネリスが苦しそうな呻き声が聞こえて来る。
一体何があった? 分からないまま風呂の扉を開けた。
「どうしたんだ!」
「にゅ~! あわがめにはいっていたいよ~!」
どうやらシャンプーの泡が目に入った様だ。まったく人騒がせなお姫様だな、しょうがないのでシャワーで頭を流してやる。
「ふう、大丈夫か?」
「にゅ~、まだいたいよ……あ、ああ! おにいたんのえっち!」
「はぁ?」
ああ、そうかこいつ裸だからな、恥ずかしいんだろう。ガキの裸見たってどうと言う事は無い。俺にはそんな趣味は無い。
でも、こいつも女の子だ、恥ずかしいんだよな、それは悪い事をした。
「あ~悪かったな、すぐに出るから」
風呂場を出て扉を閉めた時だ。中からネリスの声が聞こえて来た。
「にゅ~、はだかみたのはゆるさないけど……た、たすけてくれてありがとう」
風呂から上がったネリスは先ほどの事は無かったかの様に振る舞う。
そのまま何事も無くネリスはテレビを見続け、就寝の時間に。
「にゅ~、まだてれびみたかったな」
「良い子は寝る時間だ。明日また見れば良いだろ? じゃあベッドを使えよ、俺は床で寝るから」
と言ってベッドから離れようとしたのだが、後ろに引っ張られる感覚が。ネリスが俺の服を掴み引っ張っていた。
「いっしょにねよ?」
「なんだ怖いのかよ?」
「……うん。わたち、いつもエティオとねてた。ひとりでねたことないもん。おねがいおにいたん、ネリスといっしょにねよ?」
初めての人間界、いつも一緒にいる奴はいない中での就寝は心細いのだろう。
「仕方が無いな、分かった、寝てやる」
「ほんと!? ありがとうおにいたん!」
布団に入ると子猫の様にネリスが抱き付いて来る。するとすぐに寝息が聞こえて来た。疲れたんだろう、初めての人間界で知らない物ばかりで興奮の連続だったから。
「にゅぅ……おかあさま……」
母親に会わせてあげたい。ネリスの寝顔を見て俺はそう思った。
翌日、今日はまこちゃんの家に行く予定になっている。早く会いたくてうずうずしてた。
日曜日の朝、眠そうに手で目をこするネリスと一緒に朝食を済ませ、しばらくしてから一緒に家を出た。
一人でおいて置くのは心配だからな。置き手紙をしているから、もしスミスが部屋に来ても大丈夫だろう。そんな心配をよそにネリスは人間界に興味津々のご様子。
「にゅ~! そらがあおいよ~! ふしぎぃ~!」
「不思議? なら地獄の空はどうなってるんだ?」
「まっかっか! じごくのそらはいつもまっかっか! あたりいちめんあれはてただいち! ときどきしかきはないの」
真っ赤な空に荒野か。聞いただけで地獄って感じがするな。そんな世界でこいつは育って来たんだ、青い空が珍しいのは当たり前か。
歩きながらネリスにいろんな事を教えて行く。そこら辺を走る車や信号機。その他にもたくさんの事を。ネリスは楽しそうに耳を傾けていた。
そうこうしている間にまこちゃんの家が見えてくる、二階建ての青い屋根が特徴的な家が。
きっと首を長くして待っているだろう。早く会いたい。まこちゃんに。まったく俺は情けない男だな。
玄関まで行き、チャイムのボタンを押す。すると中からまこちゃんの母親、皆川真美さんが現れた。
「あらあら! 峻さんじゃないですか! お久し振りですね!」
「はい、久し振りです真美さん」
高校生の子供を持つとは思えない程の若い人だ。ショートカットの髪、口の下にはホクロがあり、美人だ。どう見ても二十代後半にしか見えない。
でも、高校生の娘と小学生の息子を持つ母親だ。
「良く来て下さいました、中へどうぞ……あら? 峻さん、この子は一体」
「えっと……親戚の子なんですけどしばらく家で預かる事になって。ネリスって言います、えっとハーフなんですよ」
日本人には見えないからな、そういう設定にしておこう。
「そう、こんにちは。ネリスちゃん」
するとネリスが俺の後ろに隠れてしまう。どうしたんだ? 初めて合うから人見知りか?
「ネリス、悪い人じゃ無いんだぞ?」
「にゅ~……わ、わたちネリス」
「ふふっ、可愛い名前ですね。初めまして、私は真美です。よろしくね、ネリスちゃん」
真美さんの笑顔に悪意が無い事を知り、ようやく後ろから出て来た。それにしても俺と会った時とは態度が違う様な気がするな。
家の中へ入りリビングへ。ソファーに座り真美さんはキッチンへ。
「なあネリス、俺の時はどうして普通にしていられたんだ?」
「にゅ? だっておかあさまがサナミシュンはいいヤツだっていってたよ? おかあさまがいうんだからまちがいなんてないの」
そう言う事か。スミスの事を信頼し、尊敬しているんだな。
それから直ぐに真美さんは冷たい麦茶を持って来てくれた。ネリスは興味津々に麦茶を一口、すると顔をしかめてしまう。
「にがい~。わたちこれいらない」
「そんなに苦かったのか?」
地獄の住人は麦茶苦手なのかな?
「あらあらごめんなさいね、ならオレンジジュースならいいかしら?」
そう言ってオレンジジュースを持って来てくれた。今度は満足そうに飲んでいる。まこちゃんはどうしているのかを訊こうとした時に一人の男の子がリビングに入ってくる。
まこちゃんの弟の皆川心だ。
「おっす、元気してたか心」
「お~、峻だ~! 久しぶり~!」
小学生の子で、男から見ても可愛いと思ってしまう容姿をしている。真っ赤なホッペが特長だ。
「峻~、あそぼあそぼ!」
「あはは、また今度な」
チラッとネリスを見るとジュースに夢中になっていて心に興味が無さそうだ。
さてと、そろそろまこちゃんの事を訊かないとな。
「真美さん、まこちゃんは今どこにいますか? 自分の部屋ですか?」
「え? まこ……ちゃん?」
「ん? えっとまことですよ、自分の部屋ですか?」
そう言うと何故か真美さんは難しい顔をする。どうしたんだ? 俺何か変な事を言ったのか? それともまこちゃん何て馴々しいと思ったのだろうか? でも昔からこう呼んでたしな、真美さんもこの呼び方を知ってるはずなんだけど。
難しい顔のまま真美さんは俺に問い掛けの答えを口にする。
「えっと、その……峻さん、“まことって誰ですか?”」
コトバノイミガワカラナイ。
「……え? あ、あはは嫌だな、真美さんの娘の事ですよ。冗談がキツいですよ」
「娘? 私にですか? えっと、私には息子はいても“娘はいないのですけど”」
え?
「な、何を言ってるんですか? 真美さんには皆川真って言う娘がいるじゃないですか」
何を言ってるんだ、おかしいな、真美さんはこんな嘘は言わないはずなんだけどな。
なんだこれ、胸の奥が苦しい。なんだよこの痛みは、何か嫌な予感がする。
「皆川真? えっと……峻さん、こんな風に言うと気分を悪くしてしまうかも知れませんが、何か勘違いしてませんか? 私の子供はこの心だけですよ?」
「え? ま、真美さん? まこちゃんは……え? な、何を言って……」
訳が分からない。だって昔から俺はここに来ているんだ。何回まこちゃんと遊んだだろうか。これはきっと嘘だ、嘘に決まっている。
「まこちゃんは……そ、そうだ! 部屋に行けばいいんだ!」
駆け出す。
彼女の部屋へ。階段を上がってすぐ見える扉がまこちゃんの部屋だ。きっと親子になって悪戯をしているんだ。まったく何を考えてるんだ。本当に質が悪い。
ゆっくりとドアノブを回す。開いた向こうに見えた景色は……。
「なんだよこれ……」
そこには物が何もない部屋だった。ベッドもタンスも机もない空っぽな部屋。
え? ここはまこちゃんの部屋だ、部屋のはず。
「あそこにベッドがあったはずだ、あそこには本棚が……あそこには俺が子供の頃にやった巨大なくまのぬいぐるみが……あったはず」
「峻さん、ここは何年も前から使ってない部屋ですよ?」
追いかけて来た真美さんがそう言った。そんな、まこちゃんが……消えた?
俺は頭の中がグチャグチャで訳が分からない状態だ。待てよ、まこちゃんはいたはずなんだ、昨日だって電話で話したんだ。
電話? そうだ、電話してみたら良いじゃないか、まこちゃんのケータイに。ケータイを出しボタンを押す。あれ? なんだこれは。探せど探せど皆川真の情報が携帯に無い。
「そんな馬鹿な!」
「し、峻さん、少しお疲れみたいですね、下でゆっくりとしてみて下さい、そうすれば……」
今までの記憶はどうなっているんだ、まこちゃんとの楽しい記憶が今だって。
「あれ? ……あれ? 何でだ、何で……顔を思い出せない?」
ほら、あの可愛らしい笑顔だ。何で思い出せない。
なんだよこれ、なんなんだよ!
この家を隅々まで調べた。すべてのドアを開け確認して行く。でも、まこちゃんはいなかった。
「俺は一体どうしてしまったんだ?」
まさか、まこちゃん何て最初からいなかったのか?
今までの事は全て妄想? そんな馬鹿な。
「なんだよこれ!」
咆哮、今出来るのはこれだけだった。




