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地獄世界のヘルヴェルト  作者: 生獣屋 芽怠
第二章 消失の裏舞台
10/75

魔手に掴まれて

 土曜日はあっと言う間にやって来た。今日しゅーが帰って来る、そう思うだけで嬉しくて顔がニヤけてしまう。

 あれから何事もなかった、不安はあるけど彼となら乗り越えて行ける。


「何ニヤけてるのよまこと、キモいぞ?」


「キモいって何よ! 失礼な!」


 私は野口愛花の部屋で一緒に学校の宿題をやっている最中だ、授業中に騒いだから余計な宿題を出されたので二人で終わらせようと休日の朝からわざわざ頑張っている訳だ。


「なんで休日に宿題なんか……あ~あ、やる気ない」


「ちょっと、宿題しようと言ったのあいかでしょ! 本人がやる気ないってどういう事かな、ほら頑張れ頑張れ」


「う~、ちくしょうやってやる!」


 早く終わらせて、しゅーからの連絡を貰って、直ぐに会いに行こう。

 そう決心すると宿題が捗った。


「終わった! そして疲れた~! まこと、やっぱり二人でやると捗るね!」


「……殆ど私が教えた様な気がするけど? まいっか、終わったし」


 宿題を終えて幸福に浸っているとノック音にドアへと意識が向かう、入って来たのはケーキと飲み物を持ったあいかの保護者、野口あずみさんだ。あいかには両親がいない、よくは知らないけど事故で亡くしているらしい。

 あずみさんはあいかの母親の妹だ、一人になったあいかを女手一つで育てて来た。そんなあずみさんを私は尊敬している。


「いらっしゃいまことちゃん。宿題はどう?」


「もう終わりました。あいかは殆どやってませんけどね」


「な、何よ、そんな風に言わなくても言いじゃん……あずみさん、ケーキありがとうございます」


 あいかはあずみさんと他人行儀に呼ぶ、きっと二人には色々あるのだろう。寂しそうにしているあずみさんの顔が痛々しいな、でも家庭の事情に私が口を挟めない。

 その後勉強が終わってあいかとお喋りをして過ごした、ふと時計を見ると気が付けばもうすぐお昼になりそうだ、今日はしゅーが帰って来るんだ、もう帰ろうかな。


「あいか、私帰るね。ちょっと用事があるから」


「用事って佐波くんの事? 一途なまことって可愛い~」


「か、からかわないでよ。と、とととにかくじゃあね!」


 急いで部屋を脱出、扉の向こうで「佐波くんにうんと甘えなさいよ~!」とあいつは言って来る始末。顔を真っ赤にしながら外へ出た、途中であずみさんに何かあったの? と訊かれたから焦ったよ。


「まったく、あいかの奴め……」


 でも、甘えて良いのかな? 良いなら本当にそうしちゃうぞ! なんてね。

 とにかく早く帰ろう、連絡してくれると言っていたから待っていよう。

 自然と足が歩みを早め、走り出していた。不安な毎日だったけど、しゅーが側にいてくれたなら私は頑張るから。だから早く会いたい、その気持ちが足をはやし立てた。

 商店街を抜け、ようやく私の家が見えて来る。部屋に入ったら多分じっとケータイを見詰めるに違いない、まだかまだかと願いながら。

 そんな事で頭がいっぱいな中、ドアノブ握り回した。


「ただいま!」


 直ぐに靴を脱ぎ、廊下を進む。早く二階へ。階段を上ろうとして、ふと違和感を感じる。

 あれ? おかしいな、ただいまと家に入ったらどんな時だってママが出迎えてくれるのに。買い物にでも行ったのかな? ちょっと気になってリビングを覗く事にした。

 リビングに行ってみると私はその光景に体と思考が固まってしまう。


「え? ……何これ」


 家族の楽しい時間を過ごすはずのリビングが目茶苦茶だった。ソファーはひっくり返り、テレビは粉々、棚は倒れ、そこに置いていた家族の写真が床に落ちていた。


「……ママ、ママ! 何処にいるの! 心! いるなら返事して!」


 何が起きているんだ、これは何? まさか泥棒? それとも……。

 そうだ、そんな事よりママと心を探さなきゃ。そう思い、リビングを出て行こうとした時に視界に何かが写るのに気が付く。

 場所はキッチンだ、リビングにはそこへの入口があって、あるものが顔を覗かせている。

 私はそこに意識を集中させる。

 得た結論は手だった。

 入口に手が見える、多分、床に置いてあるんだ。

 床に置いてある?

 手を?

 混乱するな、手が置いているはずは無い。

 入口が小さいから見えないけどつまり、“誰かが倒れている”。

 心の奥底に沈めた筈の恐怖が沸き上がる、手を生やし、足を生やして勢い良く纏りつく様に私の体に絡む。あの腕はどう見たって大人のものだ、まさか、まさか。

 駆けた、確かめたくて。キッチンへ迷う事無く到着し、そこには考えたくなかった事態が起きていた。


「あ、ああ……嘘だ、嘘だ……ママ!」


 キッチンもリビングと同様に目茶苦茶になっている。その中にママが裸同然で倒れていた、服を無理矢理脱がされたのか、服がバラバラに破かれて床に散らばる。

 直ぐに安否を確認すると肌は温かい、脈もある、小さいが息もしている。

 生きている、ママは生きているんだ。


「ママ! ママ! 一体何があったの! ママ!」


「しばらく起きないから呼び掛けても同じだと思うよ?」


 心臓が跳ね上がる、今の声は誰?


「だ、誰!」


「初めまして、ワタシの名前はロゼリア、えっとね、簡単に言うと……敵かな。キヒヒヒ」


 私の背後にそいつはいた。ショートの青髪、前髪で右側を完全に隠している片目、晒された瞳は鋭き眼光、身長は150cmはあるかないか、小柄の女の子だ。

 初めて会うけど、何故か初めての感じがし無い。異様な感じ、あの人に似ている気がする。私を襲って来たメイディア、まさかこの子は……。


「あ、気が付いたみたいだね? そう、お前を襲ったメイディアの仲間だよ。驚いた?」


「……まさか、ママをこんな風にしたのは……」


「ワタシだよ? キヒヒヒ! この女は面白かったな、ワタシがお前の友達だと言うと直ぐ家に入れてくれたよ。お前が帰って来るまで暇潰ししてたんだよこの女で! キヒヒヒ! 殴り、蹴り、服を引き裂き、淫らな行為をたくさんしてやったし! ああ今でもそれを思い出すと笑いが止まらないし……キヒヒヒヒ!」


「ふざけないで! 許さない、あなたを許さない!」


「わ、怖いな~。でも、その顔も堪らないよ。大切な者が傷つけられ、怒りに狂う顔。その顔最高! キヒヒヒヒヒヒ!」


「あなたの笑い方、可憐さに欠けますわ」


 第三者の唐突の声に我が目を疑う。ロゼリアと名乗った少女の横に、いつの間にかあの夜出会った女が現れた。メイディア、あの異常な女がここにいる、今まで居なかったのに。


「何だよ、ワタシの笑い方を貶さないでよ。メイディアの喋り方だって丁寧過ぎて気味悪い」


「あら、言ってくれますわね? わたくしのこの口調、優雅で美しい調べなのですわ……さて、あの方の為にそろそろ……」


「そうだね、あの方が首を長くして待ってるもんね。キヒヒヒ、それじゃ皆川真、ワタシ達と来てもらおうか?」


 私を狙っている、ゆっくりと近付いて来る。どうして、私はただ毎日を幸せに暮らしたいだけ。

 それだけなのにこいつらはそれを阻む。


「……何で、何で私を狙うの! 私はただの人間なんだよ! ただ幸せに暮らしたいだけなのに……どうしてそれを壊すの! 私が何をしたって言うの!」


「ふふっ。やはり可愛い子ですわね」


「キヒヒヒ、理由が知りたいんだ、何で狙われるのか教えてあげるし。それはね……あんたが“皆川真”だからだよ」


 私が皆川真だから? 意味が分からない。


「分からなくて良いんだよ。だって普通、この意味を理解出来ないんだから。キヒヒヒ、ま、運命だと受け入れれば少し楽かな」


「さ、いらっしゃい。わたくし達と行きましょう? おいでなさいな、皆川真……」


 二人の魔手が伸びて来る。


「理不尽極まりないですね。そんなあなた方にお仕置です!」


 突然の声に二人は私から距離を取る、その刹那、視界が突然現れた者に遮られた。

 真っ赤な長い髪、上下の漆黒のスーツ。地獄の番犬ケルベロスこと、ルベスさんが現れた。


「すいません真、遅れました。邪魔が入ったもので」


「まぁ、赤髪さんではないですか。……足止めは無理だったみたいですわねロゼリア。あなたの可愛い子達じゃ時間稼ぎにならなかったみたいですわよ」


「勝手に言ってろし。別に良いもん、ワタシの(むし)達の本当の力は出させて無かったし。キヒヒヒ、今から見せてあげようか?」


 どうやらここに来る前にルベスさんと戦ってたみたいだ。


「ルベスさん、ママが……ママが……」


「大丈夫、彼女らを片付けてから診ます。真は母親から離れないで下さい」


「は、はい……」


 助かった、きっとルベスさんが何とかしてくれるはずだ。でも、相手は二人、大丈夫だろうかと考えていた時だ、私の耳が妙な音を掴む。ズルズルと引きずる音、それを複数。


「な、何、あれ……」


 床にソレが数十匹蠢く。それは蟲、真っ黒なイモムシみたいな形で5cmほどの大きさのものが床一面に散らばっている。蟲が動いた後はナメクジの様に濡れていて気味が悪い。


「あれは使い魔でしょう。先程大量のアレに襲われました」


「ワタシの可愛い蟲達はどう? これを相手にするには厳しいでしょ? キヒヒヒ、下手に触ったら皮膚を食い破って体内に入り、中身を全部ぺろりだし。キヒヒヒ!」


「確かに厄介ですね。……ああ、どうやら“彼”が殺りたがっていますね」


 “彼”が殺りたがっている、この言葉に二人は怪訝な表情をする。

 でも私は分かる、この言葉の意味が。

 ケルベロスとは本来三つの頭を持つ地獄の番犬だ、三つそれぞれに独立した人格がある。人間の姿になる時にさすがに頭を三つにする訳にはいかず、三つの人格として人間形態に変化する。

 人格を変える事が出来、変わる際に体の構造も変わるのだ。簡単に言うなら女の子の人格に変わると体も女の子になる、と言う訳だ。


「では“ゲイズ”に任せます」


 するとみるみると顔が凶悪に変わり、髪型断髪となり、体が一回り巨大となり筋肉質な体となった。優男だった顔は目がつり上がった男へと変わる。

 これがケルベロスの人格を変えると言う事だ。


「……ふぅ、久し振りに出てこれたぜ。オレ様が出たからには暴れるぜ~? よう女、久し振りだな」


「お、お久し振りですゲイズさん」


 彼はゲイズ、ルベスさんとは違い暴力的な男だ。でも優しいところもあるけど私はゲイズさんが苦手だ、その理由が……。


「うひょう、女が敵か! 背の高い方は巨乳じゃねーーか! チビの方もロリっぽくて良いぜ! オレはオールマイティーだからな!」


 この人(じゃ無いけど)はとにかくドスケベなのだ、一度私を押し倒して変な事をしようとした事があった。ま、その時は男の急所を思い切り蹴ってやったけど。


「待ってろよ女、この二人と遊んでから母親を助けてやるぜ!」


「何てデリカシーの無い方かしら。不愉快ですわ!」


「ワタシをチビって言ったな! 許さないし!」


 ロゼリアが手を差し出した瞬間、床を這っていた蟲が一斉にゲイズさんに飛び掛かった。

 ニヤリと彼は笑い地面を蹴った、たった一歩でロゼリアの懐に滑り込み透かさず殴る。食器を目茶苦茶にしながら彼女が壁にめり込んだ。

 ゲイズさんはメイディアに目を付ける、空気を切る様に蹴りを発動、遠心力一杯の一撃が彼女の溝に集中し、彼女も吹き飛び壁の中へ。


「オレは接近戦だけならルベス以上なんだぜ? ま、あいつの場合は遠、中距離攻撃も出来るからな、それと接近戦も混ぜる万能型だ。ち、接近戦だけならあいつには負けない自信あるぜ? 凄いだろ女!」


「えっと……凄いです」


「がはははは! そうだろ、そうだろ!」


 本当に嬉しそうに笑ってる、こんな場面で。でも強い、あっと言う間に二人を吹き飛ばした。

 ケルベロスの名は伊達じゃ無いんだな。


「ふふっ、やってくれますわね」


「吹き飛ばしたくらいでいい気にならないで欲しいし。メイディア、手を出さないでよ、この馬鹿はワタシ自らが殺っちゃうから」


「構わなくてよ? わたくし、こんな野蛮な方よりも、皆川真、あなたと肌を重ねる方が良いですわ~」


 熱い眼差しが私に集まる、するとゾクリと背中を言い様の無い不安が這う。気持ち悪い、あの人はゲイズさん以上に苦手だ。


「ふふっ、その恐怖する顔も堪りませんわね。ロゼリア、早くその下品な方を片付けてもらえて? そうすれば皆川真に触れられますから。……いろんな場所を」


「ふざけんなよ、この女の体はオレのものだぁ!」


「誰があんたのものよ!」


 と叫んだ時、いつの間にか蟲が床全体に這っている事に気が付く。蟲はさっき全部ゲイズさんに飛び掛かったはずなのに床いっぱいに蟲がいる。


「けっ、どこから出してんだよ」


「知りたいの? キヒヒヒ、絶対あんただけには教えないし」


「ま、知りたくもねーーがな。だが、さっきも見たろ、蟲じゃオレは倒せ無いぜ?」


「確かにあんたの力はウザイ。でもね、ワタシを見くびると痛いし。キヒヒヒ、泣いて謝ったって許さないから!」


 ずずずずと蟲が這う音がする、床とは別の場所から。聴覚を集中させてその場所を特定した、そこはロゼリアのズボンからだ。所々が膨れて、下に動いている。足首からそれが出て来る。そう、蟲だ。


「けっキモいな、ズボンの中から出て来てたのか」


 あれだけの数がズボンだけにいるとは考えにくい。きっと仕掛けがあるに違いない、足から這い出した蟲で更に床が覆われる。


「数を増やしたってダメだぜ?」


「なら来てみれば? ワタシに触れられるかな? キヒヒヒ、絶対にさせないし!」


「なら行ってやるぜ! 覚悟しやがれ!」


 体を纏う赤い光が一層と増し、炎の鎧を強める。そして突進、今度はこちらから仕掛けた。飛び掛かる蟲、一斉に蠢く黒色。まるで意思を持った絨毯みたいだ。


「はっ! 利くかよ!」


 手で降り払い鎧に触れた瞬間、蟲は次々に燃え散る。その手を抜けたとしても体は常に炎を纏っているから無論、燃え散る。


「ほれ! 全部焼いたぜ? テメェは可愛いが、敵だ。焼失させてやる。食らいやがれぇ!」


 右拳に炎を集中、巨大な炎弾となり、ロゼリア目掛け放たれた。空気すら焦がすかの様な炎の塊、凄まじい。

 でも、ロゼリアの笑みは消えない。


「キヒヒヒ“射程圏内”だし」


 射程圏内と宣言した瞬間、前髪で隠れていた右目が現れる。眼球はどす黒く、真ん中は赤く光っていた、気味が悪い程に。

 どう見ても人間の目では無い。


「キヒヒヒ、侵入開始!」


 ロゼリアの右目がゲイズさんを捉えた、精確にはゲイズさんの目だ。二人の視線が掴み合う、すると燃え上がっていた炎は衰え、最後には鎧すら消えてしまった。

 ここまで一秒経ったか、経たないか。


「……な、何を……しやがった?」


「キヒヒヒ、ワタシの力は蟲を操るだけじゃ無いんだよ? この右目は特別、目を合わせた相手の精神世界に入り込める。今ワタシの分身がお前の中で暴れてるんだよ、もうすぐお前の精神を封印してしまうし! キヒヒヒヒヒヒ!」


「なんだ……と? 馬鹿な、こんな力……人間には…………そうかテメェ、まさか」


 ガクンと膝が地に、全身からは汗が異様に噴き出し、片手が頭を抱え、苦しんでいる。


「ゲイズさん!」


「ちぃ、しくじったか。……悪いなルベス、オレはリタイアだ。……ちくしょうが……」


 体が一回り小さくなり髪が長髪に、つまりルベスさんに戻ったのだ。

 ゲイズさんがあっさりと倒されるなんて、ロゼリアって子はそんなに強いの?


「くっ、ゲイズがやられるとは予想外ですね。しかし、わたしに貴女の目はもう利きませんよ? 一度受けた技はわたしには利きません!」


「ふ~ん。一度受けた技は利かないんだ。じゃ、もうこの目は無駄かぁ。でもさ“もう一度しなくても良いし”」


 言葉の意味が分からず顔をしかめる、ルベスさんは飛び、私の前に。嫌な予感がする、見ている私が感じるほどの嫌な予感。


「言ったよね、精神世界に入り込むって。ワタシはさ目を使う時、こう言う効果を発動したんだよ。あのエロ馬鹿野郎の精神を封印したのなら“もう一人の精神も封印しろ”って、キヒヒヒ!」


「まさか……」


 ふらりとルベスさんがよろめく。頭を押さえながら大量の汗を噴き出していた。

 震え出す体、苦痛の声を上げながら苦しんでいた。


「ぐっ、く……まさか、わ、わたしまで……ぐっ!」


「あんたの精神も封印してやるし。キヒヒヒ、さて、いつまで持つかな~?」


「ルベスさん!」


 何て無力、私は叫ぶ事しか出来ない。このままじゃルベスさんも、私も、ママも危険な目に。

 今にも倒れそうなルベスさんに近付いてくる影が一つ、それはメイディアだった。ニコリと笑いながら接近する。


「ふふっ、苦しいでしょう赤髪さん。本当はジワジワと苦しむ姿が見たかったのですけれど、わたくし達は急いでますの。だから、もう殺して差し上げますわ。優しいでしょわたくし、一瞬で殺してあげますから、もう苦しまなくても良いのですわよ? ふふっ」


 彼女は自分の中指を噛み切り、モグモグと食べ始めて飲み込む。どす黒い球体が手の平の上に出現、確かあれは飛び道具の様に黒い弾を撃ち出すものだ。

 それをルベスさんに向ける、まさかあれを撃つつもりなんじゃ。


「この前はこれを千切って弾にしていましたわ。今回は千切りませんの。この魔力全てを赤髪さんにぶつけて差し上げますわ。そうですわね、どんな効果かと申しますと……レーザー砲かしら。ふふっ、ふふふっ!」


「ぐぅ……ま、真、に、逃げなさい、逃げ……」


「バイバイ、ですわ」


 貫く様に黒い閃光が天井を突き破り、空の彼方へ。天井の破片が床に落ちて行き、私は目の前にいたはずの人物を探すしか出来ない。

 一瞬で、ルベスさんが目の前から消失した。


「う、嘘。ルベス……さん? ルベスさん! ルベスさん!」


「ふふっ、無駄ですわ。だって赤髪さんは消失してしまったのだから」


「メイディア急ごうよ。早くしないと“パルテス”に勘づかれるかもしれないし」


「そうですわね。それは厄介です」


 逃げなきゃ、ママを連れて。でもママを背負って逃げられる自信がない。それでも逃げなきゃと思い立った時、どうして失念していたのだろう、弟の心がこの場にいない事を。

 だから、玄関から聞こえて来たドアの開閉音が幻聴ならどれだけ良かったか。


「ただいま~! ママ、お買い物して来たよ!」


「あ、ああ、し、心! こっちに来ちゃ駄目ぇーー!」


「あら、皆川真の弟ですわね」


「キヒヒヒ、ちょっとだけ遊んであげようかな。キヒヒヒ!」


 ロゼリアがキッチンを出て行く。本能が言う、心に彼女を近付けてはダメだ。直ぐに追いかけようとするがメイディアが阻む。


「大人しく、ですわ。ふふっ、その顔も堪らない。大切な人の危機ですものね」


「退いて! 心に、心に酷い事をしないでぇ!」


 力の無い私は叫ぶしか出来ない、無力を感じていると、短い悲鳴と激しい物音が。

 それからシンと静まり返る。静けさから帰還するロゼリアの手は真っ赤に。


「キヒ、キヒヒヒ! これな~んだ?」


 真っ赤な手の平を私に向け嘲笑う。まさか、そんな、嘘だ!


「あんたの弟、可愛かったね~、キヒヒヒ!」


「あ、ああ、嫌あああああああああ!」


 真っ白に頭が塗られ、何も考えられない。心が、心が……殺された?

 嘘だ、私は信じない、絶対に信じない。


「あら? 何の音かしら?」


「これは……ああ、携帯電話だし。こいつのだよきっと」


 私のケータイ鳴る、この電話が誰からなのか 分かった気がする。きっとしゅーだ、助けて、助けてしゅー。直ぐにスカートのポケットに入れていたケータイを取り出す。

 しゅーの声が聞きたい。助けて、助けてと何度も心の中で繰り返す。震える手で持ったケータイにはしゅーの名前が出ている電話に出ようとした。

 が、手からケータイが消える。


「キヒヒヒ、あんたの男からかな?」


「あ、やだ、返して! 返してよぉ!」


「厄介ですわねロゼリア」


「分かってるし。今は小さな障害でも避けたいもんね」


 ロゼリアは右目で私の目を覗く、ゾクリと嫌な感じに支配された。まるで私の中を手探られている感覚。


「キヒヒヒ、捜索完了。模倣開始」


 まだ鳴り続ける電話の通話ボタンをロゼリアが押し、彼女が出てしまう。そのまま会話を始めた。


「“あ、しゅー! 久し振り! 帰って来たの?”」


 理解出来ない、だってその声は……私だ。ロゼリアが私の声で、口調で、電話に出ている。

 微かに彼の声が聞こえて来る、私が待ちわびた優しくて、温かな声が。

 私ではない女がそれを聞いている。


『ああ、ついさっきな。……えっとさ、実は……』


「“ええ! スミスちゃんの子供がしゅーの家に居るの!”」


『本当は今からそっちに行きたかったんだがそんな訳で動けないんだ。ごめんな』


 止めろと叫ぼうとしたが、メイディアの指が私の口の中に侵入させて塞ぐ。


「お静かにですわ。ふふっ、凄いでしょう? ロゼリアの特技ですわ。右目で相手の心を覗き、記憶、声、口調までも模倣出来ますの。ふふっ、皆川真の記憶を見たから相手の話が分かりますのよ?」


 そんな。


「“良いよ、良いよ。それよりスミスちゃんと連絡取れないのは痛いね。私もそっちに行きたいんだけど、今日学校の宿題が多いから片付けないと行けないの”」


『そっか、それは残念だ』


 止めて、私の声でしゅーと楽しく会話しないで! 楽しそうに話さないでよ、私が皆川真なんだよ? 気付いてしゅー。今喋っているのは偽者なんだよ。私じゃ無いんだよ、違うの、違う!

 口を塞がれながら一生懸命にもがく。その間もロゼリアはしゅーと楽しそうにお喋り。涙が出る、段々と溢れて滝の様に次々と頬を伝い落ちて地面に。


「“……そっか。なら待ってるよ。明日、楽しみに待ってるからね!”」


『ああ、必ず行くよ』


 電話が終わる。ニヤリと笑いながら私を見つめるロゼリア。

 私から全てを奪うつもりなの? 幸せだった生活も、ママも、心も、そしてしゅーまでも。

 私が何をしたの? どうしてこんな事を……。


「キヒヒヒ、良い顔。幸せを打ち砕かれた顔だぁ、堪らないね、キヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!」


「もうロゼリア、遊びはここまでですわよ。早くこの家を直しませんとパルテスに気が付かれる恐れがありますわ。わたくし、貴女のせいで厄介事に巻き込まれるのは勘弁願いますわよ」


「ちぇ、良い所なのにな~。でもさ、天井に穴開けたのメイディアだし。まいっか、どうせこれからは好きなだけ皆川真を苛められるから。キヒヒヒ! じゃ、皆川真、しばらく眠っててね?」


 近付いて来る。逃げなきゃ、でもメイディアに束縛されて動けない。

 嫌だ、助けてしゅー。私を助けてよ、助けて。


「ふふっ、これからずっと可愛がってあげますわ。わたくしのベッドの上でね?」


「不潔だよメイディア。女同士で何が良いんだかだし。さてと、しばらくバイバイ、皆川真……」


 視線が重なる、それはロゼリアの右目。グラリと視界が振れ、ノイズが広がる。

 ママ、心、ルベスさん、しゅー、私……。

 ノイズは闇に変り、意識はその奥底へと落ちて行く。

 果てしなく。


 



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