9、最終試験
キョウちゃん? キョウちゃん?
俺を呼ぶ声がする。
「何だよ?」
応援……してるから。
「え? 待って? ちょっと待ってよ」
こっちへ来ちゃだめよー。
「まちるださん……まちるださあああん!」
――そんな夢を見た。
目覚めた、朝だった。扉は半開きだった。そこから入ってくる風が冷たい。時計を見る。午後七時。外は真っ暗。体を起こす。
「いててててて」
また倒す。
「いてててて」
どっちにしろ痛かった。体中痛い。昨日あったことを思い出してみる。
「あぁ……そりゃ痛いわ」
運動自体久しぶりだったし、足から血出るまで走って、全身が軋んでいるみたいだった。キュッキュて鶯のこえみたいな音が鳴りそうなくらいに。
「まことちゃん、今嘘いくつ?」
《あい、時田まことです。今ですねぇ、七百八十七ですー。で、七百八十八になりましたー》
可愛い声が、携帯から聴こえていた。
「今日で、終わりなんだよな」
《はい》
「何か最終試験みたいなのあるの?」
《はい。実はあります。簡単な質問をしますので、それに答えていただいて、本日の二十三時五十九分から零時になる瞬間に嘘が八百を過ぎなければ生き残れますー》
「そうか……」
☆
《あと五分でおわりですー》
「やった……やっと解放される」
《さて、それでは最後にいくつか質問させていただきますー》
「何問だ?」
《時間の許す限りですー。難問ではないので気楽にしてくださいー》
「はぁ」
《では、ルールの説明ですが、今まで通りです。嘘を吐いてはいけない。八百を超える嘘を吐いたら死ぬ。それだけ。それじゃあいきますね》
「おう、ばっちこい」
《じゃじゃん、この世界の命とあなたの命。大事なのはどっち?》
「…………」
《じゃじゃん、好きな人はいますか?》
「いません」(ヴ)
《はっきり言って時田まことちゃんは憎い》
「はい、憎いです……あの、これって何かのアンケートか何か?」
《黙って。叶えたい夢がない》
「…………」(ヴ)
「ちょっと待って待って。今嘘なんか吐いてないどころか何も言ってないよ!」
《すぐ答えないからですー。以前ちゃんと言ったです。沈黙は肯定ですぅー》
「なんと……」
《残り時間が気になりますか?》
「そりゃあ気になるよね」
《親友はいますか?》
「…………」(ヴ)いないと思っているらしい。
《今、死んじゃいたいですか?》
「…………」(ヴ)死にたくはないらしい。
《今、何問目でしょう?》
「え? えっと……」
《ぶぶー時間切れー。私もわかりませんー》
「あのなぁ……真面目にやってる?」
《……真面目にやって欲しいですか?》
「え?」
《わかりました。真面目にやりましょう》
「え? いや、あの――」
《あなたは……自分が好きですか?》
「……よく……わかりません」(ヴ)
《キョウスケさん。ここから灰色ねずみ色回答は全部嘘なので、イエスかノーかだけ言えれば良いです。むしろそれ以外いりません》
「…………」
《続けますよ?》
「ああ」
《あなたは、嘘を吐いたことがありますか?》
「はい」
《嘘は罪だと思いますか?》
「別に」(ヴ)
《自由になりたいですか?》
「なりたいような、なりたくないような……」(ヴ)
《この一ヶ月間、楽しかったですか?》
「楽しかったね!」(ヴ)
《ちなみにあと五回で嘘八百回です》
「知ってるよ」(ヴ)
《ぁ、四回になりました……》
「…………」
《続けます》
「ああ」
《働く意思はありますか?》
「無いね。誰が働いてやるもんか」(ヴ)
《自分のせいで、誰かが犠牲になってると考えることがある》
「無い」(ヴ)
《どうして、つまらない嘘吐くですかー?》
「嘘が好きなんだよ」(ヴ)
《……まぁいいです。次です。あなたに友達はいない》
「…………」(ヴ)いるらしい。
《自分は最低だ》
「最低だろ」
《人生一人で歩いて行けますか?》
「それは、無理だ」
《もう二度と嘘吐きませんか?》
「それも無理だよ」
《どうして?》
「どうしてって……社会で生きる以上、嘘も構成要素だろう?」
《……あなたは、社会に復帰する気はありますか?》
「ある。とても」
《……さて、最後の質問です。あなたは、この一ヶ月間、本当に生きていたと言えますか?》
「…………」
《…………》
「……っく…………あぁ、もう! 生きてたわけねえよ! 死んでたよ!」
《…………》
「何の夢もなくて! 希望もなくて! 自分から何をするでもなくて! ただ寝転がって死んだ目して! 腐って! 最低な日々だったよ! できるなら! やり直したいよ。こんな……こんな腐った日々なんか!」
「………………」
「…………」
「……」
「あれ? まことちゃん?」
返事が無い。
「時田まことちゃーん?」
また、返事が無い。携帯に向かって話しかけても何も返って来ない。
時計を見た。零時を回っていた。
「………………寂しくなんか、ねえよ」(ヴ)「あ、鳴るんだ」




