第1話 冤罪を掛けられて
「――アスカ・ウィスフィール。あなたから皇太子妃内定者の資格を剥奪します」
きらびやかな宮殿の大夜会で。
その中心で、私の将来の結婚相手である皇太子・デイバール殿下は冷酷に言い放った。
周囲の貴族たちは、信じられないものを見る視線で一斉に私たちを見詰めている。
「デイバール殿下……。それは、どういうことでございますか? 私に何か不手際が……」
私の言葉にデイバール殿下は汚いものを見る目で私を見て。
こう言ったのだ。
「白々しいですね。あなたが不貞を働いていることは調査済みです。観念するのです」
(えっ)
一体、何を言われているのか理解できなかった。
私は由緒あるウィスフィール家に生まれた貴族の女だ。
そして私は家柄的に、生まれながらにしてこの帝国の国母になる可能性がある女だったのだ。
父上にそのことを教えられたとき、私は必ず国母になると心に誓い、そのための修練を積み、そして恋を捨てて来たのだ。
国母になる女が皇帝以外の他の男性と通じ合った経験があるなど許されない。当たり前の話だ。
そして17才になったとき、次期皇太子妃内定が出たとの通達が来て。
その日私は天に昇るような気持ちを味わった。
その後はじめて皇太子であるデイバール殿下に引き合わせていただき、初対面で。
「赤く長い髪が非常に美しく、強さと美しさを兼ね揃えた素晴らしい方ですね」
そう言っていただいたとき、嬉しくて涙が出た思い出がある。
デイバール殿下は黒髪の美青年で、知性と優しさ、気品に溢れた男性で。
こんな男性に選んで貰えた自分は最高に幸せだと思った。
だからこそ、そこから3年間、さらに一層国母として相応しい能力と精神を持つために己を高め続けて来たつもりだった。
それが今、ガラガラと崩れていく……
「そんな、それは間違いです。陰謀です! 信じないで下さい殿下……!」
必死で泣くまいと努力しながら、そう言い切る。
心当たりなんて全く無い。
皇太子妃内定者である私に声を掛ける男性など皆無だったし、私の方も意識的に男性との接触は断って来た。
あらぬ疑いを持たれるわけにはいかないからだ。
だから100%言いがかりであると言い切れた。
しかし、だけど
「この期に及んで見苦しいですよ。言い訳は無駄です。あなたは言い訳を入念に準備してきたのかもしれませんが、騙されませんよ」
殿下は一切聞き入れて下さらなかった。
殿下は続けた。
「皇太子妃内定者になっておきながら不貞など、本来は処刑ものの大罪ですが……」
「殿下!」
そのとき。
その場に私と同じ赤い髪を持つ武人然とした男性……私の父が飛び出して来た。
(父上が助けてくれる……?)
ウィスフィール家は由緒ある貴族の家。
皇后を何人も出している家だ。
その家の当主の言葉であるなら、殿下も無視できない……!
そんな希望を持った。
しかし
「申し訳ありませんでした! 私の教育が完全に間違っていたようです!」
その思いは即座に打ち砕かれた。
私の父がその場で膝を折り、跪いたのだ。
貴族にとって、これは相手への完全な屈服、服従を意味する。
どうやら父は、私を庇う気が無いようだった。
(父上も私を信じて下さらないのか……!)
私は目の前が真っ暗になった。
絶望する私に、殿下は言う。
「ウィスフィール侯、許します。今回の件についてあなたには罪はありません」
その声には気遣いが満ちているように感じた。
まるで父に同情でもするような。
あなたは悪くない。
全てはアスカ・ウィスフィール本人1人が悪いのだ……
そう、殿下の目は言っていた。
私の父は
「御寛恕、感謝いたします!」
そう、消え入りそうな声で言った。
そこに私に対する弁護の意志なんてどこにもなかった。
私は……
涙が溢れて来るのを抑えきれなくなった。
まずい……
この状況で泣くなんて不名誉の極みだ……!
やってもいない不貞をやったと言われ。
それを誰も庇ってくれない。
しかも告発して来たのは、心からお慕い申し上げて来た皇太子殿下……
その事実で目の前のものが何も見えなくなった。
わけが分からなくなった。
だからその後
「……本来死罪であるところを、あなたの父君の謝罪に免じて辺境蛮族の討伐の任を与えることで許します」
殿下が私に向かって冷たい視線を向けながら言ったことは
「あなたはもう皇太子妃内定者では無く、ただの兵士です。その罪を身を粉にして働いて償うのですよ」
私はどこか、それを他人事のように聞いていた。




