60.エピローグ:ライブをやりきったはず、⋯⋯だったのに
『それではただ今、爆伸び中の楽曲です! 悠木ゆめめでWhisper Slave!』
MCさんの声。
マイクを心臓にあてる。
聞こえてくるのは、私の鼓動。
よし、ほどほどに緊張しているけど、いい感じ。
続いてASMR用のキーボードを連打。
きっかり10回。
最後はスライムを操りながら、ささやく。
上手く拾ってくれるといいけど。
以上、10秒。
ブレスを入れると私は歌い始める。
頭の中が真っ白になりそう。
だけど、堪えるのだ。
Spring Worldさんや、ミスティ先生を思い出して。
私のMVを支えてくれた、私のワガママを叶えてくれた、みんなのために。
姿勢を正して、行こう。
『素晴らしいパフォーマンスでしたぁあっ! 生で聞けて鳥肌ものですっ!』
気づいたら、歌い終わっていた。
途中の高速ささやきも、サビの高音も上手く行ったと思う。
正直言うと、収録の時よりも声が出たかもしれない。
マイクをオフにして、その場にへたり込む。
防音室の中は私の熱気でいっぱいだった。
あぁ、楽しかったな、なんて思ってしまう。
『神業でしたよっ!』
『ASMRを生でされるなんて驚きです!』
Spring Worldさんとミスティ先生からのリアクションも上々だ。
二人に褒められたのなら、十分だ。
チャット欄はまだ怖くて見られないな、勇気が出なくて。
『それではラストは朝比奈ぴなの新曲! 美影ミレイも参戦しますっ!』
興奮もさめないまま、ヘッドフォンから聞こえてくるのはお姉ちゃんの新曲だった。
しかも、一緒に歌うのは私がASMRを始めるきっかけになった、美影ミレイさんだった。
「うはぁ、すごい。お姉ちゃん……尊敬しかない」
画面の中の姉は美影さんと抜群のコンビネーションを見せた。
姉の陽気な高音と、美影さんの力強い低音のハーモニー。
美影さんすごいなぁ、ASMRも神業なのにアイドルもできるなんて。
そして、何より、お姉ちゃんだ。
私の憧れの人と歌って踊れるその能力。
その背中はいつまでも大きくて、本当に憧れる。
今回のMVだって、お姉ちゃんがいなければ私は一歩踏み出すことさえできなかったのだ。
あの時、お姉ちゃんが私の手を握ってくれたから、歌のイベントに出れたともいえる。
本当に、ありがとう。
お姉ちゃん。
涙腺がじわじわと熱くなってきた。
いけないいけない、せっかくライブが上手く行ったっていうのに。
あとで振り返り配信をするためにも勉強しなきゃいけないのに。
『ぶいぱらの夏が始まるよー! それじゃ、最後にぴな、何か一言!』
お姉ちゃんたちのパフォーマンスも終わり、締めの挨拶みたいな場面に差し掛かる。
画面には有名Vの皆さんが集まって、わいわいと賑やかにしている。
お姉ちゃんはどんなことを言うんだろうな?
身内だからというのもあって、少しだけ気恥ずかしい気分。
しかし。
次の瞬間。
私の思考は凍り付いた。
『え!? あ、えと、ゆ……じゃなくて、ゆめめちゃん、一緒のステージに立ててお姉ちゃんは嬉しいよぉっ! もう、マジで感激! あ、私、今、お姉ちゃんって、へ』
「は?」
ラストとは言え、同時接続数は5万人以上。
その前で、姉は言ってしまったのだ。
私を、悠木ゆめめのことを妹だと。
私の高一の夏が、波乱の中、始まろうとしていた。
◇ 音葉うたうの葛藤
「……やっぱり出てきたか」
ライブ配信に悠木ゆめめが参加すると聞いて、私は奥歯をかんだ。
私は彼女の出したMVを聞いた。
それも何度も。
だからわかる。
これをライブでやられたら、かなりヤバいことになるのだ。
正直言うと、今回のライブで最大の目玉になるのは私の曲だと思っていた。
実際に再生回数も伸びているし、注目度も高いはずだ。
ぶいぱらの技術力を生かして、ピアノ演奏を再現するのはたぶん史上初だろう。
音楽は序列や勝負ではない。
楽しむものだ。
建前ではわかっている。
だけど、20代後半になるまで芽が出なかった私はわかっている。
そんなものはきれいごとだと。
どんな分野でも人は競争している。
少なくとも私は競わなければ、表に出ることさえできない。
救いがあったのは、悠木ゆめめは2Dで配信すると言うことだ。
機材トラブルなのか、うちの事務所にこれないのか、理由はわからない。
彼女が私の直後に控えていないことを知ったからか、私はのびのびとパフォーマンスできた。
よかった、これならきっと、悠木ゆめめに勝てるはず。
ASMRならともかく、音楽って言う土俵で私と競おうなんてまだまだ早い。
なんせ私は天才演歌少女だった経歴をかなぐり捨てて、ここに立っているのだ。
ま、もっとも、あの時、もう一人の天才少女(それもかなり年下の)に叩きのめされて、演歌の道は諦めたのだけど。
『それではただ今、爆伸び中の楽曲です! 悠木ゆめめでWhisper Slave!』
いよいよ、悠木ゆめめの楽曲が始まる。
控室に戻った私はチャット欄を開きながら成り行きを注視する。
『悠木ゆめめって誰?』
『知らね』
『ASMR系だろ』
『アバター2Dのままで歌うのか?』
チャット欄での認知は今一つと言ったところか。
リアルライブでもない限り、私たちは観客の反応を見て歌うことができない。
悠木ゆめめはどんな気持ちで臨んでいるんだろうか。
個人Vにとって、ここはおそらくは完全アウェーな状況だろうに。
「頑張りなさいよ」
彼女を思ってつい口を滑らせてしまう。
相手の失敗を願ったりはしない。
だけど、くれぐれも私を超えないでほしいなんて黒い願望を感じたりする。
「はぁああああ!?」
しかし、その数秒後、私は思わず声を上げてしまっていた。
悠木ゆめめは冒頭から生でASMRをしたというのだ。
普通なら、色んな器具を用意して、別録りして構成するべきものを。
それからのパフォーマンスもすさまじく、高音の伸びは、朝比奈先輩を彷彿とさせた。
『脳がやられる』
『ファンになってもうた』
チャット欄も大盛り上がり。
私は怪物が生まれるのを目の当たりにした気分だった。
悠木ゆめめ、恐るべし。
だけど、これで終わりじゃない。
次のイベントの時には、絶対にあなたより目立って見せるんだからっ!
◇ 朝比奈ぴな、やらかす
「ゆうな、あんた、すごいよ……」
うちの妹はVtuberをしている。
名前は悠木ゆめめ、個人勢だ。
彼女は小学生から中学生まで体調が悪い時期が多かった。
友達も少なく、いつも家にいた。
私は自分の道を歩き始めたけど、それでも気がかりだったのだ。
だから、妹がVチューバーに関心を持ってくれたのがすごく嬉しくて、私は彼女を応援した。
結果として生まれたのが悠木ゆめめだ。
妹はまるで水を得た魚のように活躍し始めた。
チャンネル登録者10万人以上を達成し、ミュージックビデオを出し、しまいには私と同じステージでライブまでこなしてしまう始末。
我が妹ながら末恐ろしい。
だけど、私はそれ以上に感動していた。
あの引っ込み思案な妹が、病弱で友達のいなかった妹が、vtuber とはいえ歌っているのだ。
もちろん、ゆめめが私の妹だなんて公言することはなかった。
あらぬ憶測を呼ぶし、ユウナ自身に迷惑がかかるから。
それぐらい、Vチューバーのプライベートというものは厳格に管理しなければならないのだ、特にうちの事務所は。
それなのに、それなのに。
あまりにも感動して口を滑らせてしまった。
お姉ちゃん、などど。
ど、ど、ど、どうしよ!?
第二章 終わり
////////作者より/////////
お読みいただきありがとうございます。
これにて、第二章はおしまいとなります!
お話し的に、お姉ちゃんがやらかしてしまったので、第三章はもう少し波乱含みになりそうです。
その時、ミスティとその仲間たちがどう動くのか、とても楽しみです。
明日以降は下着回含めてSSをいくつか書いていきます!
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