53.朝霧さん、Vtuber活動を終了する記念に一曲だけレコーディングしてみます
『それじゃ、これからもよろしくお願いします!』
「ばいばいティ!」
春野セカイの家で私、朝霧透子はレコーディングに参加していた。
ふざけた喋り方をずっとしていたので頭がおかしくなりそうティ。
「て、手前味噌ですけど、いい曲じゃないですか?」
「……そう思うわ」
春野セカイは嬉しそうだ。
まだ仕上げ作業はしていないと言うが、ほとんど完成品と言ってもいい曲ができてしまっていた。
途中からゆめめ様が編曲に参加してくれたのも大きい。
最初に想定していたもの以上の楽曲ができたと思う。
「もう一度、聞かせてくれる?」
ヘッドフォンを借りて、曲を再生する。
すごい曲だ。
たぶん、この曲はゆめめ様のチャンネルをもっと大きく成長させると思う。
ひょっとしたら、100万回再生の大台に乗るかもしれない。
まさにチャンネルにとってのターニングポイント。
そんな瞬間に裏方として立ち会えたのはラッキーだった。
マイクの前で歌う彼女は、まるで光の中にいるみたいで、私はその姿を一生忘れないだろう。
だけど、私はプロのボイストレーナーでもなんでもない。
今日でボイストレーナーVtuber、ミスティは終わりになるのだ。
ゆめめ様はこれからはプロのもとでレッスンを受けるべきだと思う。
もっともっと彼女は成長する。
そして、ゆうなさんも、きっと遠くなっていく。
当たり前のことなのに、少しだけ胸の奥がズキズキとする。
最初に彼女の正体に気づいた時には、一緒の空間にいられるだけで幸せを噛みしめていたのに。
私はきっと贅沢なんだろう。
ファンは近づくことさえできない、顔もわからない、それがVtuberであるはずなのに。
曲の盛り上がりに合わせて、私の涙腺も痛み始める。
これ以上、聞くと号泣してしまいそうだ。
慌てて再生をストップするのだった。
「あれれー、とーこ、どうしたの? 感極まった?」
エリカが私のことをからかってくる。
まぁ、確かにその通り。
変に感情的になってしまったのかもしれない。
時計はもう夜の8時を過ぎていて、帰宅して頭を冷やすにはちょうどいい時間だ。
私が荷物を整理し始めた時のことだ。
「とーこ、せっかくだし歌を一曲ぐらい歌って帰りなよー!」
「はぁ? なんでせっかくだし、なの?」
「だって、今日でミスティちゃんやめるんでしょー? もったいないじゃーん」
「もったいないも何もないわよ、そんなの」
エリカは私が今日でボイストレーナーをやめることを残念に思っていると想像したのだろう。
そんなわけないのに。
「わ、私も透子さんの歌、もっと聞いてみたいです! 簡単なのでよければミキシングもやりますよ!」
「ミキシング……」
春野セカイのミキシングの腕はかなりいいんじゃないかと思う。
もしも、誰かとの意思疎通がまともにできるなら、スタジオ所属のエンジニアにならなれるんじゃないだろうか……早い話、なれないわけだけど。
とはいえ、ミキシング処理までしてくれるとなると興味は湧いてくる。
子どもの頃に私が歌っていたのは、そういう加工をしてもらえるタイプじゃなかったから。
あくまで、のど自慢大会だった。
「い、一回だけよ……セカイさん、カバー曲を歌うわ。準備できる?」
「は、はいっ! 用意しますので、ヘッドフォンをつけてスタンバイしてください!」
「頑張れー! 記念すべき第一曲だよー!」
「ら、LIVE2Dの立ち上げ、OBS、オッケーです!」
春野セカイとエリカが見守る中、私はマイクの前に立つ。
エリカはカメラを私に向けて嬉しそうな顔。
記念撮影のつもりだろうか、そんなもの見返すつもりはないのに。
ヘッドフォンから前奏が流れてくる。
何十回、いや、何百回も聞いたあの曲の。
「それじゃ、私はもう行くわ。歌わせてくれて、ありがとう」
「お疲れ様でした。ゆめめ様の曲はできるだけ早く仕上げますんで、また連絡します!」
「おつかれー!」
驚いた。
私はまだ、歌えていた。
たぶん、ピッチもリズムも、外すことなく歌えていた。
昔取った杵柄というべきなのだろうか?
それとも最近、ゆめめ様に教えていたからだろうか。
私の歌ったものが出来上がるのは、ゆめめ様のMVができるまで当分先の話だろう。
レコーディングが終わった日の記念として、私の宝物になりそうだ。
この時の私はまだ知らなかった。
エリカと春野セカイがとんでもない企みをしていたことを。
◇ 加賀見ふみさん、禁じ手に出る
「ぬわぁあああああ!」
加賀見ふみは頭を抱えていた。
彼女が引き受けたのは、MV用のイラスト。
それをできるだけ早く用意しなければならないのだ。
さきほど、エリカからレコーディングが完了した旨を知らされる。
つまり、これから動画作成に入るわけでイラストがなければ作業を進めることができない。
しかし、加賀見ふみのペンタブレットは完全に止まっていた。
確信的なアイデアが出ないのだ。
彼女はプレッシャーがあると極端に描けなくなるタイプだったのである。
「このままじゃ、まずい……かくなる上は……!!」
加賀見ふみは「禁」と書かれた箱を取り出す。
それは彼女にとっては黒歴史を秘蔵している箱だった。
追い詰められた彼女は箱の蓋を固定しているガムテープをびりびりと剝がすのだった。
【☆★読者の皆様へ お願いがあります★☆】
引き続き読んで頂きありがとうございます!
ぜひともページ下部の評価欄☆☆☆☆☆から、お好きな★を頂ければ非常に励みになります!
ブックマークもお願いします。
ご感想などもすごく楽しみにしています。
次回もお楽しみに!




