50.カラオケに行くと意外なことが自分を縛っていたことに気づく
「今日で、春野先生の赴任は終わりです」
「ぅ、こ、この度はありがとうございましたっ! 大変貴重な経験になりました!」
春野先生が赴任してきてから2週間。
早いもので彼女の教育実習は本日で終わってしまった。
最初の頃はガチガチに緊張していた春野先生だったけど、今日は少し違っていた。
ちゃんと生徒をよく見て挨拶をしていたのだ。
「セカイちゃーん、おつかれー!」
エリカさんがそんな声をかけると、クラスメイトたちも拍手をして修了を祝っている。
春野先生、頑張ったんだなって思う。
いい先生になってほしいな。
「ゆ、ゆうなさん、ちょっといいかしら?」
「はい、何でしょう?」
帰宅しようとした時のことだ。
透子さんに声をかけられた。
彼女は最近は放課後になるとすぐに帰宅してしまうから、ちょっと珍しい。
「も、もし、お時間があれば、今日、そのぉ……」
透子さんがもじもじと指先を動かす。
顔もほんのり赤い。
「じれったいなぁー、ゆうなちゃーん、今日、カラオケいこっ!」
「ひゃ!? カラオケですか? い、いいですけど……」
何か言いたげな透子さんの後ろから、がばっと抱き着いてくるのはエリカさんだ。
相変わらず、スキンシップが激しい人である。
女同士とは言え腰に手を回されると、なかなかドキドキしてしまう。
慣れなきゃって思ってるけど、美人が近くにいると緊張するよね。
「よぉし、歌うのじゃ! 透子、おぬしも行くんじゃろ?」
「い、行くわよ!」
なるほど、透子さんは私をカラオケに誘いたかったらしい。
それならもっと気軽に言ってもらえればよかったんだけどな。
そう言えば、以前、カラオケの後に風邪をひいたので、心配してくれてるのかもしれない。
「透子さん、私、最近、すごく調子いいですから、誘ってもらえて嬉しいです!」
「は、はひぃいい……頑張りましゅ……」
普段はクールビューティを地で行く透子さんなのだが、時おり、春野先生に似たリアクションをすることがある。
顔も赤いし、風邪じゃなければいいけど。
◇
「こ、こんにちわぁ! 今日はお誘いいただきありがとうございます、えへへ!」
「セカイちゃーん、おつかれー! 今日はお疲れ会をやろーねー!」
カラオケ屋さんの前に到着すると、そこにいたのは春野先生だ。
どうやら、教育実習を終えた春野先生を労うためのカラオケパーティらしい。
エリカさんだけでなく、ふみさんや、透子さんも気兼ねなく言葉を交わしている。
どうやら、三人とも春野先生と仲良くなったらしい。
結構意外だ。
「わ、私、誰かとカラオケ行くの、人生で二度目なんですぅ! 一度目は中学の時で、無理やり歌わされたけど誰も聞いてくれなくて、うっ、その時のトラウマが……」
部屋について早々、春野先生は胸を抑えて苦しみ始める。
大げさだって思う人もいるだろう。
しかし、気持ちはよくわかる。
私だってお姉ちゃん以外とカラオケに行ったことがなかったもの。
「大丈夫、今日はしっかり聞いてあげるねー!」
「うち、たこ焼き食べる! 揚げ物盛り合わせも!」
かくして、カラオケパーティは幕をあげる。
エリカさんたちがワイワイと盛り上げてくれて、すごく楽しい。
「そ、それじゃっ、歌わせていただきますっ! 春野セカイで、Dead or Living Dead!」
春野先生は「こんなのよくカラオケに入っているな」みたいな不気味な楽曲を歌っていた。
いや、歌うというより、叫んでいた。
結果、一曲でオーバーヒートしてしまい、ソファに崩れ落ちる。
「うぅう、今日は皆さんとこうして過ごせて、本当に嬉しいです……っ、このジュース、美味しいですねぇ」
それでも春野先生は幸せそうだ。
トラウマを払拭することができただろうか。
それにしても、春野先生の飲んでるドリンクは変わった色をしていた。
何のジュースなんだろう?
「お次はとーこの番だよー」
「はいはい」
以前にカラオケに行った時も思ったけど、透子さんの歌唱力は本物だ。
すらりと伸びた背筋が凛々しくて、思わず見ほれてしまうほど。
いいなぁ、こんな風に歌えたらいいなぁ。
最近、歌を練習中の私は思い切ってコツを尋ねてみることにした。
「透子さん、すごいですねっ! えと、歌で気をつけてることってあるんですか?」
「そ、そうですね、……腹筋は意識したほうがいいですよ?」
「なるほど、腹筋ですか! 勉強になります!」
透子さんの歌唱力は腹筋のたまものだったのだ。
今日から私も腹筋を頑張った方がいいのかもしれない。
「お次はゆうなちゃんだよー」
「が、頑張ってください」
そうこうするうちに、私の入力したボカロ曲のイントロが流れ始める。
透子さんが応援してくれるけど、すこしだけ不安そうな顔をしている。
大丈夫。
ここ最近、私は歌の練習を続けているし、焦らずにやれば……!
「ふひゅぅ……ダメだったぁ……」
4分32秒後、燃え尽きた私はソファに倒れ伏した。
全然、上手く歌えなかったのだ。
呼吸も長く続かず、どうしてもリズムを外してしまう。
お風呂で歌っている時の方が、よっぽど芯から声が出ている気がする。
どうして私はこうなんだろう。
コミュ障具合が歌にも表れてしまうなんて。
「あ、あのっ、ゆうなさん、悪いけれど、ちょっと歌を歌う姿勢になってもらえますか? こんな感じで」
「え、えと、こんな感じですかね?」
沈んでいる私を励ますためか、透子さんは姿勢のお手本を見せてくれる。
すらりとした姿勢だ。
頭のてっぺんからつま先まで意識が行き届いているのが分かる。
改めて、私のお友だちをしてくれてるのが嘘みたいな美人さんである。
私は少しだけ緊張しながら、立ってみるのだった。
「……えっと、ゆうなさん、ごめんなさい、少しだけ触りますね?」
「あ、はい。だ、大丈夫ですけど、ひゃ」
「喉を開くためにも骨盤はしっかり安定させて、そして、ここ、猫背にならないように顎を引いて、肩甲骨に注意するといいですよ」
「は、はいっ」
透子さんの手が私の二の腕をもって、胸をぎゅっと開こうとする。
私は少し猫背気味のため、巻き肩が癖になっていると思う。
それにしても、姿勢が少し良くなっただけで呼吸も変わった気がする。
「透子さん、すごいですねっ! 歌の先生みたいです!」
「あ、あはは、そ、そうですねっ! 私は下手の横好きのお節介でしかないですけどっ!」
透子さんは謙遜するけど、いいアドバイスをもらった。
よぉし、歌の練習をするときは特に気をつけるようにしよう。
「でも、もうちょっと肩が開く気がするんですけどね……、えっとこんな感じで胸を一旦、開いてみてもらえますか?」
「こ、こうですか? ふにゅ」
透子さんは、ぎゅっと胸を反らす様な姿勢を見せてくれる。
なるほど、こうするとさらに背骨が伸びて気持ちいい。
「もう少し! もう少しいけそうです!」
透子さんは真剣な顔をして私を励ましてくれる。
しかし、私は気づいていた。
今の状態ではいい姿勢が取れないってことを。
……言うべきかな?
女の子同士だし、別に恥ずかしくなんかないよね?
「あ、あのぉ、私、ちょっとタイトな下着をつけてて、それもあって背筋が伸びないのかもしれません」
中学三年生になると私の胸は急成長を遂げた。
身長は伸びてないのに、胸ばかりが大きくなっている今日この頃である。
その胸を目立たないようにするための下着を身に着けていたのだが、最近ではその下着さえ窮屈になり始めていたのだ。
「ちょっと息苦しいみたいなのもあって⋯⋯、変ですよね、ごめんなさい」
下着事情を話すと少しだけ耳が熱くなるのを感じる。
いや、自意識過剰すぎるよね。
「な、なるほど……! まさか成長しているなんて……、さすが私の推し、成長は無限なのだわ」
透子さんはへたりとソファに座りこんでしまう。
その後に顔を抑えながら何やら独り言を言っている。
「ゆうなちゃん、ちゃんと体に合ったブラをつけないとダメだよー! 形が悪くなるしー、姿勢も悪くなるんだよー?」
ここに乱入するのがエリカさんだ。
現役でモデルをやっていて、砂時計みたいな体型の彼女が言うのだから説得力がある。
そうか、下着で変に締め付けてたら姿勢が悪くなるのか。
ひょっとして、お風呂でちゃんと歌える理由ってそれかも?
「よーし、これも何かの縁だし、私が計ってあげるよー! うふふ」
「え、ひゃあああ!?」
「大丈夫、痛くしないからー、天井のシミを数えてればいいからー!」
エリカさんが私の前で手をもにゅもにゅさせる。
これはさすがに恥ずかしい。
そもそも、そういう触り方で大きさが計測できるのだろうか。
「のわー! ストップじゃ! 透子、この変態を取り押さえよっ!」
「はっ!? エリカ、座りなさいっ!」
透子さんとふみさんの二人がかりでエリカさんは静まるのだった。
「冗談だったのにー」というけど、やけに目が血走ってた気もする。
いや、冗談だったとは思うんだけど。
「それじゃ、明日、ブラ買いに行こうね!」
「は、はい。ありがとうございます……」
「最強に似合うの選んであげるからっ! なんなら私のつけてもいいよっ!」
「い、いやぁ、さすがにそれは入らないと思いますし」
エリカさんは私の手を取って、真剣な顔をする。
友だちと一緒に下着を買いに行くなんて、恥ずかしいけど楽しみかもしれない。
「……あ、あのぉ、わ、私も連れて行ってくださいっ!」
「春野先生!?」
ここで私の手をがばりと握るのは春野先生だった。
「わ、私、通販でしか下着買ったことなくてっ! でも、なかなか合わなくて困ってたんですよぉっ! 最近はブラトップばっかりでっ! ほら、見てください!」
「ひぇええ、ちょっと!?」
春野先生は何を思ったのか、シャツのボタンをはずして胸を突き出してきた。
お、大きい!?
これ、エリカさんと張るぐらい大きいんじゃないだろうか!?
鼻先まで突き出されると非常に困る。
「あはは、セカイちゃん、酔っ払いすぎー!」
「って、この人、アルコール飲んでるのじゃ!」
「ほとんど飲んでないのに、なんで酔っ払ってるの!?」
どうやらアルコールのせいで脱ぎ出した模様である。
普段は大人しい性格なのに、お酒って言うのはここまで人を変えるのだろうか。
「よぉーし、それじゃ、みんなで買いに行こうねっ! とーことふみも一緒に来る? 似合うの選んであげる」
「しょうがないわね、行くわよ」
「正直、何にも困ってないけど行くのじゃ!」
話はさらに膨らんでしまい、結局、いつものメンバーで下着屋さんまで行くとのこと。
どんな下着が買えるのか、今から少し楽しみな私なのであった。
「それじゃ、再開するよー! ふみ、がつんと歌ってー!」
「お任せあれい!」
かくして楽しいカラオケは再スタートするのだった。
その後、私は何度か歌う時の姿勢について透子さんから教えてもらうことができた。
姿勢一つで喉の開きが全然違う。
透子さんは本当にすごい。
それと、もう一つ大事なのは腹筋への意識とのこと。
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