40.春野先生のお手伝いをしようとしたら、挙動不審すぎるんですが
「そ、それでは、今日はこれで終わりですぅ」
春野先生は帰りのホームルームで司会をすることがある。
最初の頃は目が泳いでいたのだが、最近は私と目が合うようになった。
気恥ずかしさを覚えて目をそらしたくなるけど、それはできない。
春野先生は頑張っているのだ。
私もそれに応えてあげたいと思って、できるだけ見つめ返すようにしている。
コミュ障同士の固い絆を感じる私なのだった。
うぅ、でもやっぱり恥ずかしい。
「それじゃ、ゆうなさん、ごきげんよう」
「じゃーねー、ゆうなちゃん!」
「また明日なのじゃ!」
今日の放課後、透子さんたちは何やら急用があると言っていなくなってしまう。
私も廊下に出ると、荷物をたくさん抱えている春野先生と遭遇する。
どうやら授業で使用した備品をどこかへと運んでいるようだ。
両手に大きな紙袋をもって、一人で運ぶには大変な量に思える。
「あ、あのぉ、お、お手伝いしましょうか?」
私は思い切って春野先生に声をかけることにした。
もちろん、私はそんな柄ではない。
電車でお年寄りに席を譲るのもすごくすごく勇気がいる性分だ。
だけど、今日は勇気を出すことにした。
先日のコラボ配信から、私はちょっとだけ大胆になっているのかもしれない。
それと、少なくとも、春野先生とは同じ波長を感じるのだ。
そう、陰の者の波長である。
そんな人が人前に立つ教師っていう仕事を選んだのだから、応援してあげたい。
「ひぃいいいい!? あぅは!?」
「ひぇえぇえ、大丈夫ですか!?」
私の話しかけかたがまずかったのか、春野先生はその場で尻もちをつく。
絵に描いたような盛大すぎる転び方。
その場に教材が散乱してしまう。
あわわわ、ダメだ、私、声をかけるための手順みたいなのを守ればよかったのかも。
普通の人はどうするんだろ、ウインクで合図でもおくるんだろうか。
いや、まさかそんなことはない。
わけのわからないことを考えながら、とりあえずバラバラになった教材を拾い集める。
私、全然、変わってないみたいだなぁと少し反省。
「ご、ごめんなさい、考えごとをしていただけで。いや、すいません、変なことは考えてないですけども」
春野先生も私と一緒に教材を拾い集める。
相変わらず声が小さいけど、考えごとで上の空だったらしい。
そんな時に話しかけられたらびっくりするよね。
本当にごめんなさい。
「先生、あのぉ、私、荷物運ぶのお手伝いしますけども」
「ひ、ひぇ、そんな、お、恐れ多いです。……お、お金をいくらお支払いすればいいのですか?」
「お、お金!? そんなのいらないですよ!? いえ、その、先生の荷物が多いので大変かなと思って」
春野先生からはまさかのリアクションだった。
最初の頃の朝霧さんもそうだけど、どうしてお金を払おうとするのだろうか。
そういった言い回しがこの学校では流行っているとか?
「ぅあ、そうですか! そ、それじゃ、お、お願いしてもいいですか?」
「はい!」
「そ、それじゃ、資料室に行きましょう! えへへ⋯⋯」
春野先生は顔をぱぁっと明るくして、荷物持ちに同意してくれた。
すごくきれいな笑顔だった。
基本的にうつむいていることが多いので、あんまり顔をみることはなかったけど。
メガネの印象が強すぎて、その奥の瞳に気づかなかったのだ。
「あれ? 鍵が……」
資料室の前に到着すると、先生はドアを開けようとする。
しかし、どうやら鍵がかかっていて開かないようだ。
「あ、あのぉ、私が鍵を持ってきますので、荷物はそこらへんに適当に置いておいてください。そ、それでは! ふ、藤咲さん、ありがとうございましたっ!」
「へ? えええ!?」
先生は職員室かどこかに鍵をとりに走り去ってしまう。
荷物を置いておいてと言われたけど、誰もいないところに放置するのは心配だ。
私は時間もあるし、先生が戻ってくるのを待っていよう。
私は荷物を置くと、廊下の壁にもたれかかる。
廊下越しに聞こえる生徒たちの声、窓の外からは初夏の日差し。
空気が澄んでいて気持ちいい。
気づけば、鼻歌を歌っている自分がいた。
この間、YouTubeで偶然見つけた、あのボカロ曲の影響だろうか、少しだけリズムを取ったりして。
「あぅ、藤咲さん、その、えぇと」
「ひぇ!?」
窓の外の景色に夢中になっていたのがいけなかった。
気づいた時には春野先生が戻ってきていたではないか。
私は無意識に自分の体を叩いてリズムを取る癖があるのだ。
鼻歌も聞かれていたかもしれない。
非常に恥ずかしい。
「い、今のは⋯⋯」
「あぅ、私、そのぉ、体を叩くのが好きでしてごめんなさい」
「いえいえ、その、声だけじゃなかったんだっていうか、いや、別にそのえと、……やっぱり、お金をお支払いしましょうか? それとも、飴いりますか?」
「お金はいらないです! えと、飴なら……頂きます」
「あ、ハイどうぞ」
先生に釈明するも、また斜め上の反応をされる。
いや、もしかしたらユーモアのつもりでやっているのかもしれない。
手渡された飴はのど飴だった。配信者としてはすごく嬉しい。
「いや、それぐらい素敵だったってことです! ふ、太もも叩くのとか、その、いいですね! すごく、いい音です!」
「ぇう、そこまで言われると恥ずかしいです」
かなり食い気味に褒められる。
どうやら叩いてる様を見られていたらしい。
うはぁ、私の癖、変だなぁ。
直さなきゃって思ってるのに、ついつい出てしまう。
顔から火が出そう。
「あっ、資料室の鍵ですよね! よし、はい、開きました! それじゃ、適当に置いておいてください。後は私がやりますので!」
「あ、はい」
「あ、えーと、ふ、藤咲様!」
「⋯⋯様?」
「あ、いえ、藤咲さん、ありがとうございました!」
やたらと、お礼を言われた。
その後は何事もなく私は普通に荷物を置いて、普通に帰宅するのだった。
春野先生のリアクションはちょっと謎だったけど。
うぅう、誰かに癖を見られるのって恥ずかしい。
◇ 悠木ゆめめの雑談配信
「こんばんは、悠木ゆめめです。えっと、皆さんは癖ってありますか?」
そんなわけで今日も雑談配信をする。
お題は今日の出来事についてだ。
もちろん、私が高校生であるとか、そんなことは言わない。
恥ずかしさを紛らわすためにも雑談したかったのだ。
『貧乏ゆすりとか』
『あるよー、つい食べちゃう』
『それって癖なのか?』
『大食い』
『ひどーい、みんながいじめる』
リスナーさんたちが思い思いに会話する。
ちょっとだけ空気がぴりつくのを感じる。
確かに、癖って言うのは他人から見たら変に思われるものもあるかもしれない。
「じ、実は私もそのぉ、癖があって。暇な時とか、手持ち無沙汰な時に、そのぉ、体の一部をかるく叩くというか、タッピングするみたいなことをしちゃうんです」
そこで私も自分の癖を開示することにした。
なくて七癖なんて、ことわざもあるぐらい、人には癖というものが備わっている。
まぁ、私の癖なんて気づいている人は少ないだろうけど。
『知ってる』
『鼻歌歌いながらやってそうだなーって思った』
『とんとんやってるよね』
『リズムを取る時とか』
『あと、何かを始める前に「よし」って言う』
『ゆめめ様の癖は世界一ィィィィーーーー!』
「ひぇえええ、気づかれてたんですか!? うっそぉ」
衝撃の事実が判明する。
リスナーさんたちはとっくに私の癖に気づいていた。
うはぁ、顔から火が出そうだよ、再び。
Vチューバーのアバターでそんなことに気づくなんて、すごい察知能力だ。
『焦るのかわいい』
『3Dになったら見放題だな』
『でも、どこ叩いてるんだろ』
『あー、それは気になる』
『どこでもいいだろ。いや、よくない』
チャット欄はどんどん進んでいく。
どうやら叩いている場所が気になる様子。
不思議なことを疑問に思うんだな。
「えっと、基本的にはどこでもぺしぺしするんですけども、太ももとか、胸元とか、えっと、二の腕とか、ですかね? いや、何か面白いことがなくてごめんなさい」
自分の体をあれこれ触りながら推理する。
触りやすいところを軽くタップしてるだけな気がする。
思い返すだけで変な癖である。
『ほうほう』
『えー、あんまりよくわかんないなー』
『ゆめめのタッピングASMR聞きたい』
『何だそれ』
リスナーさんからヘンテコなリクエストが飛んでくる。
ようは体をぺしぺしやっている音が聞きたいってことらしい。
まぁ、別に減るものじゃないし、構わないかな?
「えっと、こんな感じです。叩いている場所は、ご、ご想像にお任せします」
そんなわけで、マイクを寄せて、私は体をタッピングする。
太もも、二の腕、胸元、鎖骨の下みたいな感じで。
服を着ているし、そんなに面白い音がするわけじゃないと思うけど。
『おっほ』
『いい音』
『俺氏、自分をタッピングしてもこんな音にならないことに気づく』
『泣くな』
『確かに、ゆめめはそうらしいからな』
『あー、脂肪が多いと音が違うっていうよね』
『ゆめめ様、これ以上は危険です』
リスナーさんたちはやたらと盛り上がっている。
何かは警告を発する人さえいる始末。
あ、この人、よくスパチャを投げてくれる人だ。
「うぅ、ちょっとだけ恥ずかしい気もしてきました……。そ、それじゃ、今日は読み聞かせ朗読でおやすみしちゃいましょうね」
恥ずかしさを紛らわすためにも、私はASMRに移行する。
やっぱり癖の話って恥ずかしいなぁ。
モヤモヤした気持ちを抑えながら朗読するのはちょっとだけ大変だった。
◇ そのころ、加賀見ふみさんは?
「音が違うんだが……」
加賀見ふみは愕然としていた。
ヘッドフォンから聞こえてくる、悠木ゆめめのタッピングASMRと、自分の胸元を叩いた時の音が違うのだ。
音が、ぜんぜんっ、違うのだ。
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