32.プロローグ:悠木ゆめめ、一周年記念配信を行います!
「それでは、一周年記念配信を行います!」
私の名前は藤咲ゆうな、学校では教室の端っこにいる系の目立たない女子である。
だけど、マイクの前ではVtuberの悠木ゆめめに変わる。
ASMRや雑談をメインで行っている個人勢のVtuberだ。
でも今日は、ちょっとだけ特別な日なのである。
そう、延期していた一周年記念配信をついに敢行するのだ。
喉の調子もいいし、企画も考えた。
さぁ、行こう。やれるよ、私。
『ゆめめ様!』
『待ってました!』
『わくわく』
『あれー? 二度目の一周年記念配信?』
『それは言わないお約束』
チャット欄を見て、苦笑してしまう。
そう、私は二週間前、世界中に恥ずかしい姿をさらしたのだ。
書きかけの中途半端な台本で、一人芝居を繰り広げてしまった。
配信設定をミスってたなんて、まさかその時は気づかずに。
ネットニュースにまでなって、完全に黒歴史である。
実を言うと、私はそのアーカイブ動画を聞き返していない。絶対に恥ずか死ぬから。
「ぐぅ、ぇ、ぅと、その、今回はちゃんと一周年記念配信です! 前回のはそのぉ、事故というか、黒歴史というか」
『誰だゆめめ様を泣かせた奴 許さない』
『ゆめめ、困ってるからこのへんで』
『かわいそうはかわいい』
『なんかやばい人いない? 過激派?』
『こっわw』
『あれは事故』
私のリスナーさんはみんな、あったかい。
最近はチャットが早すぎて読めなくなることもあるけど、基本的には目で追うようにしている。
リスナーさんの温度が私たち配信者にとっては一番大事だから。
さぁ、始めるよ。
「えっと、今日はASMRをメインでやっていきますね! こんな感じのお品書きです!」
画面に今日やることをリストアップする。
・一周年記念!ささやき雑談:一年の振り返り
・今年の目標(?)を大発表
・お祝いにケーキを食べますASMR(クリーム多め)
・お疲れ様マッサージASMR
実を言うと、前回の台本からはがらっと変えた。
だって、流れがバレてしまってたら面白みが半減すると思ったから。
『おっほ♡ ケーキ♡ クリーム♡』
『一年間の振り返り嬉しい』
『発表ってなんだろ』
『後半ASMRで嬉しい』
『変態がいるんだけど?』
リスナーさんの反応もいい感じだ。
今年の目標として、ボイスとかグッズとかも出したい。
でも、そういうのって……ちょっと勇気がいるよね。
お姉ちゃんに、また相談してみようかな。
「あぅ……」
喉の調子もいいし、頑張ろう。
そんな時、私の目はとあるチャットを拾ってしまう。
『歌はやんないのー?』
そう、歌である。
前回の誤配信の際、私はウィスパーボイスで歌を歌ったのだ。
もともとはボカロ曲でかなりアップテンポなのだが、その時はしっとりした感じで。
お姉ちゃんいわく、「全然よかったよ! 普段よりいい!」なんて言われたけど、これも怖くて聞き返せていない。
実を言うと、最後まで歌うかどうか迷っていた。
せっかくだし歌ってみてもいいかな、なんて思ったりして。
それでも自分の歌に自信が持てない。
前回は囁くように歌っただけで、本気で歌ったわけじゃない。
ウィスパーボイスは得意だと思うけど、それは元の曲のテイストとは違うわけで。
ぐるぐると思考が回った結果、私は尻込みしてしまったのだ。
「今日は歌はそのぉ、外しました。これから歌も頑張りたいと思います」
喋りながら、一瞬、チャット欄から目をそらしてしまった。
責められるってことはないけど、なんだか苦しくて。
『ゆめめ様のお好きなように!』
『全然いいよー』
『かわいかったから残念』
『ゆめめは歌よりもASMRじゃん』
『それはそうだよな』
『歌も聞きたいけど』
歯切れの悪いことしか言えない私である。
それもあるのか、チャット欄も二分された感じだ。
「私の歌なんか期待してない」って言葉に、心が少しだけ引っかかる。
そうだよね、私は“ASMRの人”なんだから。
ASMRは大好きだ、それは変わらない。だけど……。
好きなことをしているはずなのに、「それだけじゃ足りないのかも」と思ってしまうのが少し怖い。
ダメだ、こんな風に内向的になってしまったら。
せっかく集まってくれたリスナーさんに声を届けるのが私の役目なんだから。
「それじゃ、始めますね! 今日は楽しんでいってください!」
同時接続数はなんと1300人を超えた。
実を言うと、新記録である。
少しだけ声を張って気合を入れ直す。
ふぅと息を吐いて、マイクに向かう。
その向こうにいるリスナーさんに届けよう。
「えっと、まずは一年の振り返りですね……」
ささやき声はすごく自然に出てくる。
そして、やっぱり実感するのだ。
私はASMRが大好きなんだってことが。
『歌、また聞きたいな』
『私もー!』
『前の誤配信の作業中に聞いてるけど、すごく好き』
ついついチャット欄の言葉を拾ってしまう
胸の奥がまたちくりと痛い。
ほんの少しだけ、歌ってみたい私が、たしかにそこにいた。
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いよいよ、第二部です。
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